第二章 雷神 三
黒く燻した重厚な木の扉を開けたのは、武尊だった。
店内から流れくる暖かな空気と喧騒が、三人を歓迎した。
「いらっしゃいませ! 谷川真琴さんですね。お待ちしておりました。ご予約、いつもありがとうございます‼︎」
まだ二十歳そこそこにしか見えない店長が、親しみを込めた笑顔で真琴に一礼した。
「なんだよ、マコ。お前、常連なん?」
武尊が皮肉を込めた口調で尋ねた。
「そうだよ、なんか文句あんの?」
澄まし顔でサラリと答える姿に、武尊と孝一は顔を見合わせ苦笑いした。
狭い敷地を最大限に活かした店内の通路は、迷路みたく入り組んでいた。
加えて細かく区切られたお座敷は、どこも満席でごった返していた。
通された部屋には、座布団が四枚敷かれていたが、三人でも少々窮屈に感じられた。
テーブルを挟んで真琴と武尊が腰を落ち着けると、孝一は注文を待つ店員に『越乃寒梅』は置いてあるかと尋ねた。
豊富な地酒が売りとあって、幻の逸品にも容易にお目にかかれた。
「熱燗にしますか?」の問いかけに「冷やに決まってんべぇ」武尊が無愛想に答えた。
露骨に嫌な顔をする店員に、真琴がお愛想笑いを振り撒く。
無言で立ち去ろうとする店員の背中に、武尊が舌打ちで応戦した。
真琴は呆れ顔でおもむろにお絞りで手を拭くと、バックの中から二つの巻物を取り出した。
「少し早いけど、私からのクリスマスプレゼントよ。渡良瀬川の龍神様に願掛けしながら織ったの。御守り代わりにしてね」
手渡された銘仙織りの巻物は、鮮やかな紺桔梗色をしており、白い絹の紐で括られていた。
孝一の心が騒めき立つ。梅吉は自分の命と引き換えに、願いを叶えたのだ。
願掛けなら、もうたくさんだ。
「孝一、広げてみて。デザインは勿論のこと、色使いとか考えるのは、大変だったのよ」
真琴に促されたが、躊躇う気持ちが手の動きを止めさせた。
「どうしたの? 固まっちゃってるよ」
眉根を寄せ、首を傾げる真琴を横目に見ながら、孝一は見て見ぬ振りを決め込んだ。
「じれってぇな。いいよ、俺がやっから」
武尊がそそくさと紐に手を掛け、狭いテーブルの上に大胆に巻物を広げた。
孝一の様子を気にかけながらも、真琴は織り上げた模様についての説明を始めた。
「まずは表側からね。ベースの色は深く青く澄んだ渡良瀬川をイメージして染め上げたの。綺麗でしょう? 何本かの交錯する白い曲線は、穏やかな川の流れを表現したのよ」
美しく織り成された銘仙の紋様を、色白の細い指がゆっくりとなぞっていった。
「なるほど。一つ一つにきちんと意味があるわけか」武尊が頻りに感心している。
「でね、でね。裏側も見てよ」
身を乗り出して熱心に語る姿には、自信が漲っていた。
「どれどれ、拝見いたしましょう」
切れ長の細い目が、眩しそうに視線を向けた先には、上毛三山に降り立つ龍王が色彩豊かに織り上げられていた。
裾野が長い赤城山には黄龍が、切り立つ奇岩が神秘的な妙義山には青龍が描かれている。
榛名山の麓に描かれているのは、渡良瀬川の守り神といわれている、伝説の白龍であった。
「ほう、見事じゃねえか!」
切れ長の細い目が大きく見開かれ、感嘆の声をあげた。
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