第二章 雷神 二
「でも、何事もなくてよかったわ。私のために我慢してくれたんだよね。武尊」
出鼻を挫かれた武尊は、拗ねた目でプイッと横を向いた。
「さぁ、気を取り直して。行こうぜ!」
孝一は、屋上まで続く、細く長い螺旋階段を見上げた。
クルクルと円を描きながら続いていく階段は、迷宮の入口へと誘うのか。
一歩を踏み出そうと手摺りを掴むと、錆びた鉄特有の匂いがした。
血の匂いだ。
あちこち剥げかかった、赤茶けた塗装が、要らぬ妄想を掻き立てた。
一段昇るたびにカツン、カツンと、固く冷たい金属音が響き渡る。
二つの円を描いたところで、ようやく二階の踊り場にたどり着いた。
地上を覗き込むと、地団駄を踏んでいる様子の武尊と真琴の姿が見えた。
「どうしたんだよ、早く来いよ」
何やら二人で話していたが、地上から吹き上げてくる風が邪魔して聞き取れなかった。
渋々ながら階段を昇り始めた武尊の背中を、真琴が後押ししている。
苦笑いしながら二人の様子を見ていると、一瞬、遠くの空が光った。
暫く間を置いてから、今度ははっきりと、漆黒の闇夜を切り裂く稲妻が見えた。
縦横無尽に伸びていく閃光の触手が、赤城山の稜線を浮かび上がらせる。
「珍しいな、この時季に雪なんて」
見惚れていると、いつのまにやら二人の弾む声が間近に聞こえてきた。
機嫌が直ったのか、武尊は軽快なジョークをとばし、真琴が絶妙な突っ込みを入れながら笑っている。
「どうしたん、孝一。何かいいもん見えたんか!」
先にのぼり詰めた武尊が、息を切らしながら興味深げに辺りを見回した。
「ほら、あれ」と、孝一の指差す方向をじっと見つめる。
「二人ともズルい、なんなん? 私にも見せてよ」
少し遅れて、真琴が二人の間に割って入ってきた。
「雷神さまだ……」
遠雷の轟に耳を澄ませる武尊の口元が、キュッと真一文字に結ばれた。
「なんだか、季節外れの花火みたいだね」
大きく見開いた真琴の目に一瞬、青白い閃光が光った。
湿り気を帯びた重く冷たい風が街路樹を揺らす。
「来るなら来てみやがれ」
叩きつけられた挑戦状に応戦すべく、武尊が吐き捨てるように言い放った。
「お〜っ、今日の武尊は怖い、怖い。風神さままで怒らせちゃったよ」
乱れた長い髪を手櫛で直しながら、悪戯っぽい目で茶化す真琴の頭を、武尊が軽く小突いた。
「冷え込んできたな。『越乃寒梅』は置いてあるかな」
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