第二章   雷神   三

「孝一、しかめっ面してないで。じっくり見ろよ。ほら、龍神さまが織られてる。お前んちの守り神だろ? 迫力あるぞ」

 孝一は一気に酒を呷ると一瞬、視線だけを巻物に移し、再び所在なげにうつむいた。

「さては、孝一の悪い癖が出たかな。だんまりを決め込むときは、何かしら胸にいちもつかかえてるんだよね」

 お互いのことを知り過ぎているからこそ、ややこしいときもある。

「いや、別に……」

 敢えてそっけなく返し、やり過ごす。

 龍神さまがなんだ。もう、うんざりだ。

「しっかり見てやれよ。マコが俺たちのために織ってくれたんだぜ」

 恩着せがましい物言いが、孝一の尖った神経をさらに逆撫でした。

「わかってるって!」

 両拳で思い切り叩いたテーブルに並んだ小皿が、一斉に派手な音を立てた。

「なにイラついてんだよ‼︎」

 今にも掴みかかる勢いで武尊が立ち上がった。

「まぁ、まぁ、まぁ。いいのよ、私が勝手にしたことなんだから」

 いきり立つ武尊の肩を、力尽くで押さえ付けながら、慌てて真琴が割って入った。

「マコ、お前。龍神さまに何を願掛けしたんだよ」

 聞かずにはいられなかった。

 龍神さまは無情にも、祈りの代償をお求めになるのだ。

 切実な願いの大きさに応じて。

「そんな大袈裟なもんじゃないわよ。ただ、私は孝一と武尊が自分の決めた道を全うできますようにって、願いを込めたのよ。それだけよ」

 真琴は、改めて自身が織り上げた龍王の図を、感慨深く見つめた。

「ありがとな、マコ。大切にするよ。俺はさ、よく覚えてないんだ。両親のこと。いつも寂しかった。だから意地でも明るく楽しく、全てを笑い飛ばして生きてやろうって。でも、心が折れそうになることもあって」

 話を遮り、やたらと声高の中年女が狭いお座敷にあがりこんできた。

「お待たせしました、越乃寒梅になりま〜す」

 手際よくテーブル上を整えながら、徳利やお猪口をならべていく。

「お姉さん、越乃寒梅は熱燗じゃなくて冷やだいねぇ!」

 苛立つ武尊が悪態をついた。

「お兄さんの言う通り! 銘酒は冷やに限ります」

 酔っ払いの扱いには慣れている感の女は、あからさまな作り笑いを浮かべながら、そそくさと行ってしまった。

「まったく、どいつもこいつも分かっちゃいねぇや」

 大きなやんちゃ坊主をなだめるのは、真琴の役目だった。

「よかったね武尊。お目当のお酒があって。それじゃ隣の綺麗なお姉さんがお酌して差し上げましょう」

 澄まし顔で徳利を手に取った。

「自分で言うかねぇ」

 渋々とお猪口を差し出す武尊に「幸せ者だねぇ武尊は。高くつくわよ」と、真琴がやり返す。

 柿の紋様を施した有田焼の徳利から注がれる幻の銘酒は、ほのかに梨の甘い香りがした。

「マコんちの梨の匂いがすらぁ。マコが畑からチョンボしてきてさぁ、三人で渡良瀬川の土手に座って食べたいなぁ。美味かったいなぁ」

 

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