終章(2)
霧のような雨が、静かに降り続いていた。
厚い雲は星も月も覆ってしまっていて、空は世界中の闇を集めたかのように真っ暗だった。
その下の斎場では、静かに通夜が執り行われている。紺色のブレザーを着た学生が多く見られた。泣き声がそこここから聞こえる。
祭壇の脇で、参列者に挨拶をしている四十を少し過ぎたあたりの女性は、絶えず口元をハンカチで押さえていた。その横に夫であろう男性が立っていて、支えるように彼女の肩を抱いていた。
その死はあまりに突然で、不可解なものだった。
故人が未成年で、また殺人事件という類のものではなかったため、あまり大きく騒がれることはなかったが、それでもセンセーショナルなものであったためか、斎場の外には数人の報道関係の人たちが待ち構えていて、参列者を捕まえてはインタビューをしていた。
遺影の中の人物と同じ制服を着た参列者が大半で、違う制服を着ている者も合わせて、ほぼ高校生が占めていた。雨が、紺色のブレザーをより濃い色に変えていく。雨と同じように、静かな暗い空気がたちこめるその場所で、場違いに忙しなく動いている記者が、また一人、紺色のブレザーを着た男子生徒を目ざとく見つけて駆け寄った。
「ねえ、きみ、桐原くんの友達かな。ちょっと話を聞かせてほしいんだけど――」
背の高いその生徒の張りつめていた表情が、その声で脆く壊れるかのようにぐしゃりと歪んだ。しばし言葉を失っていた彼の唇が震えるように動いて、「帰れよ」と掠れた声が漏れた。目を丸くした記者に向けて、上擦った声で繰り返した。
「帰れよ。こんなところまでなにしに来たんだよ」
語尾は震えた。怒りで頬は紅潮している。彼の隣にいた髪の長い女子生徒が、そっと彼の腕を掴んで「健太郎」と囁いた。同い年くらいに見える彼女もまた、紺色のブレザーを着ていた。彼女は彼の腕を支えるように掴んだまま、蔑むような無表情で記者を見つめた。
「何も、お話することはありません」
彼女は、静かな、それでも有無を言わせない凛とした声でそう言い切ると、彼の腕をより強く掴み、記者の横をすり抜けていった。
雨が、少し強くなった。斎場の屋根や駐車場に並んだ自動車、参列者のさす傘を雫が叩く音がいっそう大きくなる。
先ほどの一連のやり取りを、少し離れた場所からじっと眺めている二人の男女がいた。彼らもまた、同じ紺色のブレザーに身を包んでいる。明るい色をした女子生徒の髪を雫が伝い、先から地面へこぼれ落ちた。ひどく静かな目をしていた。何の感情も帯びていない瞳を、今度は違う生徒を見つけて近寄っていく記者に向けて、彼女は「あーあ」と小さく呟いた。
「だから嫌だったんだ。柚ちゃん」
記者に向けているガラス玉のようなその目は、しかし記者を通り抜けたどこか遠くを見ていた。目と同じ作り物のような無表情は崩すことなく、淡々と彼女は言葉を続ける。
「こんなことになるなら、やっぱり隠しちゃえばよかったな。誰にも触らせないように、誰にも見せないように、みなだけの傍に置いて、閉じ込めとけばよかった」
彼女の隣に立つ男子生徒は、何も言うことはなかった。ただ、彼女とよく似た温度のない瞳で、地面を叩く雨を見ていた。
彼女の声は、その場に一瞬でも留まることはなく、淡く雨に溶けていった。
第一章「箱庭」完
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