第2話/キラリ輝くヒロイズム
小学生時代、ある日の休日。
広翔おじちゃんが、仕事の合間を縫って
「ヒロトおじちゃん、いらっしゃーい!」
「やぁ、
申し訳なさそうに笑うおじちゃんに、ううん、とわたしは首を横に振った。
「わたし、もう小学校四年生だもん。さびしくないよっ」
「そっかぁ。スカイライトシアターの〈
「うん。ショーのザヴィーワンは、おじちゃんとはべつの人が変身してるんでしょ?」
「そうだよ。おじちゃんの後輩くんがね。でも、かっこよかっただろ?」
「うん! やっぱり、おじちゃんがいちばんかっこいいけどね!」
「ははっ、ありがとう。真広ちゃんに応援してもらえると、おじちゃんももっともーっと頑張れるよ」
茶色がかったわたしの地毛を、くしゃくしゃと撫でてくれるおじちゃんのてのひらも、わたしは大好きだった。
この力強い手や体が、いつも悪役とかっこよく闘ってくれているんだって、誇らしかった。
「わたし、将来の夢は変えないから。おじちゃんみたいに、ぜーったい、かっこいいヒーローになる!」
両親に何度も言い続けていることを、おじちゃんにも宣言した。満面の笑みで、胸を張って。
でも、おじちゃんは微笑んだままこう言った。
「いや、おじちゃんのことは目指さなくていいよ」
「え? どうして?」
わたしにとって、おじちゃんは一番高くて大きい〈目標〉だから、意外な答えにきょとんとした。
「真広ちゃんには、おじちゃんの真似っこじゃない、きみにしかできないヒーローになって欲しいんだ。世界に一人だけの特別な、ね」
おじちゃんの目にも声にも、熱がこもっていた。静かに燃える炎みたいな。
「ふーん、トクベツかぁ……」
その時は、おじちゃんの言葉の意味も、あんまりよくわかっていなかったけど。
おじちゃんがわたしの夢を応援してくれていたのは、心の底からうれしかったから。
「わかった、がんばってみるね!」
「うんうん、その調子だ。ヒーローは、絶対にあきらめない熱い
そうして、わたしは今も目指している。〈わたしにしかなれない特別なヒーロー〉を。
▼
ピンク色の戦闘スーツを着たヒーローが、構えた銃で何人もの敵を撃つ。
そのタイミングに合わせて、わたしは左手に隠し持ったスイッチを押す。
それだけでいいはずなのに。
「カーット!」
拡声器を口に当てて、嶽内監督はわたしを叱り飛ばす。
「こら、バカ
「すみませーん!」
おでこが
――またやっちゃった……嶽内監督が怒るのも、当然だよね……。
周りの先輩たちは、ドンマイ、って苦笑しながら声をかけてくれるけど。さすがに、何回もやらかしちゃってるからへこむ。
「三分休憩! 今の
嶽内監督の言葉を合図に、撮影チームは休憩時間に入った。
「……ぷはぁ」
わたしも建物の日陰に入って、マスクを外す。夜が明けたばかりの涼しい風が肌に当たって、頭も冷やしてくれる。
――やっぱり、
マスクを片腕に抱えて、空いた手で頬をべちんと叩く。気持ちを切り替えて気合を入れ直す、わたしのおまじないみたいなものだった。
足を引っ張っちゃっているのは、わたしだ。共演の先輩たちにも、これ以上迷惑をかけられない。
深呼吸していると、事務所の先輩の声がかかった。
「真広ちゃん、お疲れさま」
「あ、
スーツアクトレスの一人、
「ほんとすみません、NG出しまくっちゃって……」
「真広ちゃんは台詞を噛むこと以外じゃ、いつも大体一発オーケーなのに、珍しいよね。学校で何かあった?」
無駄にミスりまくっているのは、まさにそのせいだった。
心配そうな映理さんに、わたしは重たい口を開く。
「実は……昨日知り合った同じ学年の男子が、ちょっと
「そうなの?」
「特撮とかヒーローとか嫌いらしくて、わたしがスーアクをやってるのも、気に入らないみたいで」
「あらら。その子にきついこと言われちゃったのかな」
「はい、そりゃあもう……」
「そっかぁ」
映理さんは、苦笑いを浮かべた。
「まあ、三年前の戦隊に出た某俳優さんも、『こんな子ども騙しのオーディションなんか受けたくなかった』とか陰で言ってたって話もあったしねぇ」
「えっ、そんなこともあったんですか……!」
初耳だ。
ハイパー戦隊シリーズは、今じゃ『新人俳優の登竜門』って言われているし、芸能事務所の方針で仕方なくオーディションを受ける人もいるのかもしれない。
でも、俳優さんは〈正義のヒーロー〉として作品に出演するわけだから、そういうことは思っていても口に出してほしくない。子どもたちの夢も受け止めて、〈希望〉になる役柄なんだし。
昨日の
「表向きは仕事をきっちりこなしてたから、
「そうなんですか……」
「本人が特撮嫌いなら嫌いでいいし、私は何があってもヒーローを演じ切るだけだから。潔くかっこよく輝けるように、ね」
映理さんは、よく〈輝く〉って動詞を使う。もともと大好きな言葉らしい。
今もヒーローの一人として輝いている映理さんを、わたしもずっと尊敬する。
「わたしもですっ。特撮やヒーローが好きな人たちのためにがんばりたいですし、なんかもう『負けるもんか』って気持ちになりますね」
「うんうん、その意気。真広ちゃん、今日もバッチリ輝いてるよ!」
ぽんぽんと、映理さんの手が肩を優しく叩いてくれた。
「次のリテイクで、きっとオーケーもらえるから。お互いがんばろうね」
「はい、ありがとうございます! 今日の映理さんのオリジンピンクのお芝居やアクションも、しっかり勉強させてもらいます!」
「ありがとう。――あ、そろそろ休憩終わるね。行こうか」
「はいっ」
嶽内監督を中心に、また人が集まり始めていた。
映理さんと笑い合って、わたしはマスクを着け直す。
映理さんもわたしも、戦隊のレッドにはなれない。
でも、自分なりの〈ヒーロー〉になりたい気持ちは同じ。
大好きな先輩と一緒に仕事ができるのも、ほんとに幸せなことだった。
嶽内監督が、拡声器で声を張った。
「――よし、オリジンピンクの射撃の
途端に、場の空気がピリッと引き締まる。撮影開始直前の緊張感も含めて、わたしは毎回楽しんでいた。
映理さんと話せたことで、気持ちも軽くなっている。
今なら、きっとやれる。
「光山、台詞と上半身の使い方は、さっきよりもキレを出すくらいの勢いでやれ」
「はい、もっと輝きます!」
嶽内監督の指示に、映理さんもハキハキ答えた。
わたしも、自分の装備や動きをもう一回確認する。
立ち位置、よし。左手内側の弾着スイッチ、よし。
――今度こそ、成功させる!
スタッフさんが、カウントを始めた。
「リテイク五秒前ー! 三、二……はい!」
オリジンピンクが、銃を構える。
「オリバイザー、ガンモード! はぁッ!」
水平に円を描くように、銃口が戦闘員に素早く向けられていく。
自分の番が来た瞬間、わたしは叫んでスイッチを押した。
「グギャア!」
パンパンパンッ!
ほかの戦闘員たちと同じように、スーツの胸に取り付けられた火薬が弾ける。
そのままドサドサと倒れていって、オリジンピンクが最後に決めポーズをした。
「カーット! オッケー!」
嶽内監督の声は、今度はちょっとうれしそうだった。
ほっとして、わたしは立ち上がる。
「やっと元の調子に戻ったな、
「ありがとうございます!」
心の中でガッツポーズした。
――やったー! このままもっと輝いて燃えるぞー!
まだまだ、ヒーロー役を任せてもらえるくらいの実力なんてない。
けど、ヒーローにやられる戦闘員だって、立派な〈役〉のひとつだから。
台詞がたったひとつでも、カメラにはちょっとしか映らなくても、わたしはいつだって本気で演じ切るんだ。
▼
今日の撮影は、わたしがあの場面でNGを連発しちゃったこと以外は、大きいトラブルもなしで終わった。
――反省点山積みだけど、今回もよくがんばったなぁ、わたし。
やりきってすがすがしい気分で、撮影所の更衣室へ歩く。
その途中、男性スーツアクターさんが前から来るのが見えた。
「おっ、
「
十作品以上もハイパー戦隊シリーズのレッド役を演じ続けている、古堀
特撮ファンの間でも〈
古堀さんにあこがれてスーツアクターを目指す人も、事務所の養成所にはたくさん来ている。わたしの同期にも、そういう人が何人かいた。
オリジンレッドのスーツ姿も似合いすぎていて、わたしはあいさつするたびにきゅんとする。
ちょっとした立ち姿も歩き方も、剣みたいにキリッとしてまっすぐで、ヒーローを演じるために生まれてきた人なんじゃないかって思う。
古堀さんは、からかうようにわたしの腕を肘でつんつん小突いた。
「今日も
「あはは……ほんと、皆さんに助けられまくりでした」
「けど、弾着タイミング以外の動きはよかったぞ」
「ありがとうございます!」
古堀さんの足元にも、まだまだ遠く及ばないけど。ご本人からほめてもらえるのも、最高のごほうびだ。
「映理のやつも、よく褒めてるけどさ。頑張れば、おまえも広翔の実力に追いつけるかもな」
「えへへ。ほんと、そうなりたいですね」
「夏にまた
「はい、もちろんっ。いつも皆さんのことも話してるので、喜んでくれると思います」
「そうか。あいつには色々と世話になったからな、ほんと」
ちょっとしんみりして言った古堀さんは、なにか思い出したのか、また明るく笑った。
「お、そうだ。今日は土曜だから、この近くの競馬場で、オリジンジャーショーが何回かあるはずだぞ。帰りに観て行ったらどうだ?」
「そうなんですか、ぜひ行きますー!」
ハイパー戦隊シリーズの公式ヒーローショーは、毎年〈シアターミライト〉っていう劇場で開催される。それ以外は、全部版権を管理する企業〈
けど、規模の大きさなんて関係ない。デパートの屋上や商店街、競馬場でのヒーローショーも、わたしは大好き。今は特に、自分の芝居の参考にもできるから。
「それじゃ、次の撮影もまたよろしくお願いします!」
「ああ。気をつけて帰れよ」
笑顔で手をひょいと挙げてくれる古堀さんに、わたしはぺこっとおじぎをして、更衣室へ急いだ。
▼
撮影所を出て、ファーストフードショップで早めのお昼ごはんを食べた。動き回ったあとに味わうハンバーガーやチキンナゲットも、最高においしい。
ついでに学校の宿題をちょっと片付けてから、わたしは競馬場へ向かった。
オリジンジャーショー特設ステージの前には、親子連れの人たちがたくさん来ていて、わいわいしていた。
地面に敷いたレジャーシートに座って、家族でお弁当を食べたり、ゲームをして遊んだり。
そういう光景を眺めるだけでも、わたしはいつもじーんとする。
――オリジンジャーも、やっぱり人気高いんだなぁ。うれしいっ。
けど、ここでもだれかに後ろに立たれるとヤバい。わたしの回し蹴りで大ケガをさせちゃったら、冗談抜きで大変。
ショーの案内看板の前に立って、遠目に観ることにした。
「人がいっぱいで見えないー! パパー、おんぶー!」
「だいじょうぶだよ。ショーが始まったら、パパが肩車してやるから」
「やったー!」
近くのパパさんと小さい息子くんが、そんな会話をしている。はしゃぐ息子くん、かわいい。
わたしも小さいころは、両親に連れられて、ヒーローショーを何回も観た。全然飽きもしないで。
体操教室と事務所の養成所に通い始めてからは、忙しくてそれどころじゃなくなっちゃったけど。
――広翔おじちゃんにも、一回だけ一緒に行ってもらったなぁ。
その時が、最初で最後だった。
「ねぇ、ママ。あたしもヘンシンアイテムがほしいー」
「この前のお誕生日に、〈キラッとピュアリー〉のステッキを買ったばかりでしょ」
今度は、別の親子の会話が聞こえてきた。
ママさんにあきれたみたいに言われて、娘ちゃんが力いっぱい否定する。
「ちーがーうー! オリジンジャーにヘンシンするのー!」
「もう、何言ってるの。オリジンジャーの
わたしの耳が、ぴくっと動いた。自分にとってのNGワードだ。
娘ちゃんが、ダンダンと足を踏み鳴らした。
「やだー! オリジンジャー、かっこいいのー! あたしもなるー!」
泣きそうな声を聞くと、胸がぎゅっと締めつけられる。
――あの子……わたしと同じだ。
見ていられなくて、ママさんに声をかけた。
「あのー、すみません」
「はい、何でしょう?」
愛想よく笑いかけてくれて、ほっとする。
わたしは、真剣に意見を伝えた。
「ヒーローになりたいって気持ちに、男の子も女の子も関係ないと思います」
意外だったのか、ママさんの目がまるくなる。
娘ちゃんもじたばたするのをやめたのが、足音でわかった。
「娘さんも、たぶんほんとにヒーローが好きで、あこがれてるんだと思うんです」
振り向くと、娘ちゃんはふしぎそうにわたしを見上げていて。
わたしは、にっこり笑ってしゃがんだ。
「ねぇ、オリジンジャーが好き?」
「うんっ」
娘ちゃんの顔が、ぱっと明るくなった。ちょうど、わたしたちの上でまぶしく光っている太陽みたいに。
「あのね、オリジンピンクになってね、わるものの〈パクリエイター〉をやっつけるの!」
「そっかぁ。キリッとしててかっこいいよね、オリジンピンク」
「うん」
「おねえちゃんはね、レッドがいちばん好き」
「うん、レッドもすっごくかっこいいー!」
きゃっきゃと盛り上がるわたしたちを見て、ママさんはぽかんとしちゃったみたいだ。
すっくと立ちあがって、わたしはママさんに振り向いた。
「男の子でも、ピュアリーの
男だから、女だからこうとか、そんな決めつけで子どもの〈夢〉の道が狭まっちゃうのは、すごくもったいない。
正直な意見を言ってから、頭を下げる。
「いきなり話しかけて、えらそうにすみません……!」
「いえ……確かに、あなたの言う通りですね」
お母さんは、気を悪くしないで微笑んでくれた。
「私も、そういう枠組みみたいなものに、とらわれすぎてたのかもしれません。何気ないことですけど、大切ですよね。気づかせてくださって、ありがとうございます」
――よかった、ちゃんと伝わったんだ……!
胸の奥があたたまっていくのは、陽射しのおかげだけじゃない。
娘ちゃんが、お母さんの手をくいっと引いた。
「ママ。あたし、おねえちゃんといっしょに、オリジンジャーショー見たい!」
「えぇ? 急にそんなこと言われても、お姉さん、困っちゃうかもよ」
ママさんは戸惑うけど、わたしは満面の笑みになった。いつも大体ひとりでショーを観ているから。
だれかと一緒のほうが、楽しさだって倍になる。
「いえ、だいじょうぶですよ。ね、一緒に観よっか」
「やったー! おねえちゃん、ありがとう!」
娘ちゃんが、わたしの足にぎゅっと抱きついてくれた。
わたしも、笑って小さい頭を撫でる。
お母さんは、苦笑いを浮かべた。
「もう、しょうがないなぁ。なんかすみません、うちの子が……」
「いえいえー。子どもたちと一緒に盛り上がるのも、楽しいので」
「あなたは、俳優さんのファンなんですか?」
今回のショーには、変身前の役を演じる俳優さんは出ないけど。
俳優さん目当てでハイパー戦隊シリーズを観る女性視聴者も多いし、お母さんの質問も的外れじゃない。
けど、わたしは小さく笑って首を横に振った。
「――小さいころから大好きなんです、ヒーローそのものが」
今もこれからも、胸を張って堂々と言える。
ヒーローは――正義の味方は、いつだってかっこいい。
熱い
そうだよね、
▼
そしてついに、待ちに待った〈想造戦隊オリジンジャー〉ショーが始まった。
『フハハハハハ! 会場の子どもたちを助けたければ、この俺様を倒してみろ、オリジンジャー!』
『おまえらの好きにさせるか! 覚悟しろ、パクリエイター!』
ステージで、悪役のボスキャラと、オリジンジャー五人が向かい合っている。
ステージの下にいる敵戦闘員数人も交えて、それぞれアクションし始めた。
子どもたちが、声を張り上げてオリジンジャーを応援してくれる。
「がんばれー!」
「まけるな、オリジンジャー!」
わたしの隣で、娘ちゃんもママさんに抱きかかえられながら、きゃーきゃーはしゃいでいた。
ショーの熱気で、自分の体温も上がっていく感覚がする。
オリジンジャー側も、敵の〈パクリエイター〉側も、アクションがキレッキレでかっこいい。立ち位置や間合いの取り方も参考になる。
こういう非公式のヒーローショーは、小劇団の舞台役者さんとか、ボランティア団体の人とかがスーツを着て演じる場合が多い。けど、たまにすごくきれいな立ち回りをする人も見かける。うちの事務所に所属していてもおかしくないくらいの。
ショーを楽しみながらも、わたしにはちょっと引っかかることがあった。
――あのボスパクリエイターの低音ボイス、どっかで聴いたような……。
『フン、貴様らの力はその程度か。俺様の猛毒インクの威力を味わうがいい!』
その台詞が聞こえた瞬間、頭に別の言葉がよぎる。
「明日、巨大隕石でも降ってきて地球滅べばいいのに」
――あっ! この声、
あんまり知りたくなかった事実に、うっかり気がついちゃった。
ってことは、このショーはステージ裏で別の役者さんがセリフをしゃべる〈影マイク〉じゃない。セリフ・効果音・BGMが全部前もって録音編集されたショーテープを使う〈完パケ〉なのか。
思わず顔を引きつらせると、娘ちゃんがふしぎそうに聞いてくる。
「おねえちゃん、どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもないよっ」
笑ってごまかした。せっかく一緒に楽しんでくれている子に、水を差したくない。
「オリジンジャーがピンチみたいだし、もっと応援しようね!」
「うん!」
――黒杉くん、ヒーローが嫌いって言ってたくせに、ショーの音声の仕事はしてるんだ……。
まあ、若手声優さんだから、仕事は選べないのかもしれないけど。
月曜に学校で会ったら、どういうことなのか、本人に思い切って聞いてやろうっと。
心に渦巻くモヤモヤを、オリジンジャーへの声援に変えて飛ばした。
ウラガワヒロイズム 蒼樹里緒 @aokirio
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