第8話 寄生虫みたいなヤツは実に厄介だ

 このつたない文章に対して、応援してくださるごく少ない方もいらっしゃるわけで、なおかつ、自分が討つべき相手がいなくなったわけではない、とこの場で表明させていだだく。なので、性懲しょうこりもなく書かせていただく。


 私が一々とあげつらってきたような人物はその一部であり、全くもってどうしようもない阿呆どもが、まだまだいるわけではであるが、かといって、あまりに攻撃に執心しゅうしんして無茶すると卒倒するかもしれず、じゃあ、黙っておれ、という方もおられるかもしれぬ。


 黙っていること、それは美徳かもしれないし、沈黙は金なる格言もあるが、それでは私の神経がもたないのである。 


 私が今、腹が立って、想い出したくもないし、よせばいいのに、想い出しては腹わたが煮えくり返る思いをするのであるが、世の中には、腰巾着こしぎんちゃく、なる言葉がありこれにピタリと当てはまる人物がいる。


 いつから何故、腰巾着なる言葉が流布し始めたのかは知らぬが、言い得て妙である。そのように人物は、より「エライ」とせざるを得ないような、これまた阿呆に気に入られ、あれやこれやと小姑こじゅうとのごとく、箸一本の上げ下げにも人に文句を言って、威張りたがる性質を備えている。


 腰巾着に寄生された当のおエライ方も悪い気はしないらしく、汚らしいそんなモノをぶら下げて悦にいっているのである。ハッキリ言って悪趣味ではあるが、一種の飾り物として、とりあえずは大事に扱ったりするものだから、余計に威張りだし、そいつらのつけあがり方といったら私の腹の虫の居所が収まらぬくらいである。


 ハッキリ言おう、君はノミだのシラミだのダニ、その類いだ。近頃、またダニが増え始めて、妙な病気を媒介するというが、まさにそれだ、おまえたちが病気になるのならいざ知らず、人に病気をうつすんじゃない、この小汚いダニが。


 例えば、私がダニどもには分からない、より洗練された人物向けに解説書など作っていると、おまえの文章は訳が分からぬ、どうにも分からぬ、世の中にこんなもの出しちゃあいけないから、直せなどという。じゃあ、どこを直せば良いなどと、突っ込んだことを聞いてみると、見事にその人物は物の理なぞ、理解していない、俗人どころか阿呆であることが判明するのである。


 だが、こいつらときたら、自分では阿呆であると気づいているものだから、具体的な示唆しさなぞできはせずに、「うーん、なんとなく」などと訳の分からぬことをいう。単純なる解説書も書いたことのないこのダニを、さらにもう少し責め立ててみると、これじゃあ、Aさんがご納得されないから、などと言い出す始末である。Aさんだかなんだか知らぬが、おまえが納得するかどうか、その判断すらできぬのか、と私は呆れるわけである。


 そのAなる方の腰巾着であるおまえに、そのAなる人物よりモノを知らぬおまえに言われる義理もないし、そもそもがそのような知識もないのだから、黙っておれ、と私は言いたいのだが、ここからがダニの本領発揮である。


 やけに小難しい顔をしながら、うーん、この「てにをは」が、とか、ここに至る論理がとか、言い出すが、私が幼児にでも分かるように書いたその箇所が分からないのなら、おまえは幼児以下であるが、実際分かっていないのはそんなことじゃあなく、物の理がわかっていないのである。なにが「てにをは」だ。そんなの重要なことか。言いたいこと、物の理、それが大事だろ。


 じゃあ、少しはモノの分かったAなる人物に、談判しにいくというと、もう必死になって、それを阻止しようと企てるから、皮肉な微笑でも浮かべてやりたくもなるが、大体は、先回りしてAなる人物に訴求したりするので、困るわけだ。Aもせっかく持っている、その飾り物を、捨て去ることもできず、妙な言い訳を考え出したりする訳である。


 ダニはこうして、ご満悦なる表情で、無茶な論理を私に押しつけたりするわけだが、当たり前だが、事実でないことなぞ、私には書く道理がないから、Aと談判である。Aはダニよりは少しはモノが分かるわけで、ちゃんと言い聞かせてやれば納得する訳ではある。


 そうすると、今度はダニが嫉妬し始めて、もう厄介であるとしか、言いようがない。ダニの八つ当たり、とでもいうのであろうか、もう、やたらとそのどこで身につけたんだか分からぬ政治力を持って、私を排斥しだしたりするわけである。


 実際、ダニに食われた方は分かるだろうが、元はゴミかすくらいの大きさしかないのに、人の血を吸うとぷくりと膨れ上がって、その腹の立つこと、イライラの収まること、容赦ようしゃせざるを得ぬものがある。私の血が、ダニの滋養じようにでもなって、少しは世間の役に立つ人物にでもなればいいが、そんなことには使わず、Aとどこそこに飲みに行くなどといって、宿主しゅくしゅとの絆を保つことに全精力を費やすわけだ、


 だが、ダニには今は分かっていないのだろうが、そういうAみたいな人物は、引退でもして、お気楽な生活でもはじめようかと考えているような年頃で、実際、引退なぞされたらダニの立場などなくなってしまうわけだが、そんな考え一つすら、分かっておらず、永久に腰巾着を続けられると思っている。


 キミ、少しは悲しんだ方がよくはないか、寄生しているうちに少なくともA位の、阿呆ではあろうともダニよりはましな知識を持っている人物を学んだ方が良くはないかなどと、心配してやっているのに、まだ威張り散らすから、さすがの私も放置せざるを得ないのである。


 放置してそのまま、どこへやら消えてくれればいいが、また、滋養をつけに人に食いついたりするものだから、どうしようもない。私はAが引退してくれるのを待つばかりであるが、周りを見回して見ると、そういうダニの死骸がごろごろと転がってるわけで、時間も経てばこのダニもその仲間入りか、と思うと、哀れな気持ちにもなる。


 だからといって、私の腹の立ちようは死骸を見るぐらいではすまぬから、今度、新たに開発された凍結殺虫剤の一つでもぶちかけてやろうかとか、絶大なる効果を持つDDTでころりとやって、苦しめてやろうかとか残忍な気持ちにもなったりするのである。


 いつものことではあるが、これぐらい書くともう疲れてしまい、いやになってくるから卒倒そっとうする前にやめておく。だが、阿呆どもをつ気に変わりはないわけで、そういう身に覚えのある阿呆どもは覚悟せよ。


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