貧乏国から何を搾取しろと?

 ユニバンス王国・王都王城内謁見の間



「後継や政略結婚などは後で考えれば良いであろう」


 仕事の虫……書類の山を処理した陛下が軽く肩を揉みながら首を回す。まだ若いのに仕草が老人のようだ。可哀そうに。


「何より不思議と当家では正式な後継が1人として居ないのだからな」


 でしたね~。


 ぶっちゃけ該当するのはエクレアなんだけど、あの子は現時点ではただの孤児だ。フレアさんの娘としてですら認知されていない。まあ知ってる人は知ってるし、気づいている人も居るだろうけど書類の上ではあの子は親無しの孤児だ。


 ただフレアさんとしてはあの子を王家の娘としてではなく普通の子として育てたがっているような気がする。あの人自体が貴族として色々と大変だったらしいしね。


 そう考えるとこの糞兄貴には天罰が下るべきではないか? 下れよ天罰!


「先の話より今すべき話を進めよう」


 どうやらお兄さまも参戦希望か?


「ならこの場は兄貴に任せて……ちと席を外す」

「どうしたハーフレン?」

「あ~あれだ。腹を下した」

「分かった」


 不詳の弟の申し出を受け陛下は苦笑する。

 腹を軽くさすりながら立ち去る馬鹿兄貴は……早速天罰が下ったか? 凄いな天罰?


「で、アルグスタよ」

「はい」


 立ち去った馬鹿の背中から陛下の視線が動き僕を見る。


「神聖国への申し出は可能か?」

「可能です」


 と言うかあの馬鹿にどれ程の恩を売ったと思ってます? 利息を付けたらあの馬鹿はたぶん一生涯奴隷扱いですよ? あんな変態の奴隷とか要らないですけど。


 ただ僕の返答にシリラさんが驚き狼狽えている。

 怯えるな女子レスラーよ。


「ならばキシャーラ」

「はい陛下」


 次はオッサンに視線が向いた。


「細君の地位はどれほどの物を望むか?」

「……」


 即答はしない。オッサンは軽く顎を撫でて考えだした。


「自分がこれから聞いたところ神聖国には明確な貴族位は無いとか」

「ふむ」

「ならばここは」


 何故か2人の視線がこっちを見たよ。


「アルグスタよ」

「ほい?」


 これ絶対に面倒臭いヤツだ。


 それよりも実は最初から決めてたでしょう?

 とっても台本と言うか演技臭がします。僕が来る前に決めてたでしょう?


「女王の親族とすることは可能か?」

「ひぅっ!」


 陛下の申し出にシリラさんが悲鳴を上げた。


 意外と可愛らしい声に笑いそうになったよ。


「程度は?」

「ふむ……直系は問題があるか?」

「ありますね。あれの直系ですと体の一部に特徴が出ますので」


 主にケツ顎と言う。

 あれは遺伝子的な特徴なので反映しやすいとか悪魔が踊りながら言っていたはずだ。


「であれば、どの程度なら可能か?」

「……父親の兄弟。それの子供か、ぶっちゃけ末の妹とかでも大丈夫かな? ちなみにシリラさんの年齢は?」

「25だ」


 あわあわしている彼女の代わりにオッサンが返事を寄こした。


「なら末の妹にしましょう」


 はい決定。


「しましょうって……お前は本当にこのような重要なことを軽く決めるな?」

「むしろ僕が相手だからこの話を持って来たんでしょう?」


 苦笑していた陛下が増々苦い顔をする。


 当たり前だ。これを実行すれば僕が得ていた神聖国への恩が多少なりとも返済されることとなる。つまり僕だけが大損だ。

 普通ならここで『なら引き換えに……』となるが、僕がそんな話を持ち出さないことを陛下が一番よく知っている。だからの苦笑だ。


 この国への貢献は大きいですからね? だから多少僕が悪さをしても庇ってくださいね?


 視線にその念を乗せたら……陛下は全力で視線を逸らした。

 パタパタと大して暑くも無いのに手で顔を扇ぎ出す。


 アイコンタクトは受信しましたね?


 大丈夫です。一方的にこの恩は返してもらいますので。


「で、オッサン」

「おう」


 こっちもこっちで苦笑している。


 まあ自分の嫁を現女王の父親の家族にして貰うんだ。何を請求されるか……そう考えたら身構えるのは当たり前だ。


「そっちへの請求は今まで通り、無理でない範囲でオーガさんを貸してね」

「分かった。ただし無理でない範囲でだ。そして宿泊費などの諸々の経費はそっち持ちだ。勿論あれが問題を起こしたり物を壊したりしたらその責任もそっち持ちだ。良いな?」

「りょ~かい。と言うか僕の方が損をしている気がするのは気のせいだろうか?」


 たぶん間違いなく損をしているだろう。


「で、残りはどうする?」


 好戦的な目でオッサンが睨みつけて来る。


 流石は元帝国の大将軍だ。普通の人なら震え上がるだろうけど、僕もその手の脅しには慣れています。主にカミーラとかカミーラとかカミーラとか、あの辺の人の相手をしていると自ずと耐性が付きます。


「その辺は陛下との話し合いで折り合い済みなんでしょう?」

「ああ」


 認めたよ。事前の事前協議を認めやがったよ。


「ならウチから言えるのは、婚前祝いだ。持って行け」

「良いのか?」

「貧乏国から何を搾取しろと?」

「言うな……」


 ニヤリと笑いオッサンが足を組む。


「まあ事実、本当に何も渡すことが出来ん。出来るのはトリスシアを貸しだすぐらいだ」

「それだけでも助かるんですけどね」


 問題はあのオーガさんはノイエとのバトルを望むので、ノイエが疲れるくらいか? それで夜のあれが少しでも治まるのであればそれはそれで有りなのかもしれない。むしろ有りなのか?


「それ意外となると何もないのが現状だ。だから請求されたらどうにもできん」

「だったら将来ウチの子供が困った時にでも手を貸してあげてな」

「……それで良いのか?」

「十分です」


 今の支払いが無理だからって無理矢理何かをしてもらう必要は無い。あれです。長期の運用ってヤツです。長い目で見て後々に回収すれば良いのです。


「分かった」


 パンと手を打ちオッサンは笑う。


「我が一族はドラグナイト家から大恩を受けた。このことは決して忘れずに子や孫、この血が続く限り伝え聞かせよう」

「大げさな」


 大げさすぎて笑っちゃうよ?


「お前はそう思わせることをやってのけたのだよ」


 先にオッサンが笑い出した。まあ分かる。でもそれが僕です。

 何せこの大陸でも屈指の強者である人物をお嫁さんにしていますので、そんな人の夫が小者だとノイエが笑われちゃうしね。

 ならば虚勢でも良い。虚言でも良い。僕は大物ぶって振る舞いましょう。


「お前のせいで子供らが将来肩身の狭い思いをすることになったとしても、我が国に来れば生活できるように手配しておこう」

「おうおう。誰がやらかすって?」


 どうしてみんなしてそんな真っ直ぐな目で僕を見るかな? 僕の背後に何か居ますか?


 これで振り返ったら叔母様とかだとホラーなので振り返らない。それがアルグスタさんです。


「覚えてろ……このオッサンが」


 ブスッとしながらそう返事をする程度にしておいた。




 王城内・近衛団長執務室



「閣下? 謁見の間では?」


 突如として戻って来たハーフレンに、部屋で一人仕事をしていたパルは慌てて立ち上がると頭を下げた。


「中座して来た。別件でな」

「はい」


 背筋を伸ばし主人の姿を見つめるパル……パルミナーク・フォン・ノンエインは視線を巡らせる。


 ハーフレンはユニバンス王家の血を引く者では珍しく武官然とした武人体形をしている人物だ。巨躯で全身を分厚い筋肉が覆っている。その筋肉は飾りではなく実戦に出ても十分に仕事をできるものだ。

 そんな彼は真っ直ぐ自分の椅子へと向かうとそれに腰かけた。


「パル。ビルグモールは?」

「はい閣下。現在正門前でトリスシア様とアルグスタ様の所の」

「ノイエか?」

「いいえ。妹君の方です」

「あのチビか」


 話の途中で事情を察し、ハーフレンは結論だけを求めた。


 どうやら自分が感じた揺れは間違いではなかったらしい。

 何をどうしたらこの城の目の前であれと戦う? 陽動か?


 腕を組み彼はため息を吐いた。


 弟の所のチビメイドは将来有望なメイド長候補だ。つまりハルムント家寄りの存在だ。上からの指示で動き視線を集めている可能性もある。


 理由は? 決まっている。


「スィークのババアが良く使う手だよ」

「何か?」

「気にするな」


 パルが非戦闘員であることをハーフレンは理解している。その戦闘力は護身程度だ。だから巻き込めない。


「手勢が足らんが……全く厄介だな」


 最近のハルムント家は力を持ちすぎている。金と力を持っていても野心を持ち合わせていない馬鹿な弟のような存在であれば可愛いモノだが、あの化け物メイドは野心もある。


 だから厄介なのだ。


「近衛に召集を掛けろ。謁見の間の警護を倍に」

「畏まりました」


 一礼をしパルは急ぎ行動に移った。




~あとがき~


 ハーフレンとスィークの仲が悪いんでね~。

 まあ屋敷に勝手に入って来る前メイド長とか面倒臭いよなw

 何より相手は大貴族の現当主みたいな存在だしね




© 2024 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る