見せろ~!

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「このばか主人が~!」


 地を這う虫ことコロネが涙ながらに恨めしそうな顔を向けて来る。


「泣けよ叫べよ屑虫がっ!」

「むぎぎ~!」


 ほれほれ。頑張りたまえコロネくん。僕は君の頑張りをデザートにケーキを食べているのだよ。


 デザートにデザートを重ねると体には良くはないか?


「どう思うクレア?」

「……人の屑かなって」

「お前もあれを味わいたいと見える」

「いいえそんなことはっ!」


 自分の何気ない暴言に気づいたクレアが慌てて訂正をして来る。だが遅い。


「大丈夫。今日の僕は大変心穏やかなのです」

「ですよね? そうですよね?」

「だから下に置くのはノワールの使用済みで無くしてあげよう」

「するんかいっ!」


 ケーキの皿を持って逃げようとするクレアの足に重力魔法。もつれて転んだところに重力魔法。四つん這いになった彼女の顔の下に……何を置こう? イネル君のパンツでも置く?


「それなら大丈夫です!」


 むしろそれが正解だと言いたげな馬鹿に視線を向け直す。


「おい人妻よ? お前は自分の夫のパンツで日々何をしている?」

「たまにです! 大丈夫です! 洗ってあるものしか、」

「黙っとこうか?」


 ケーキの皿を下に置き彼女の頭に重力魔法をやんわり発動。

 正面からケーキに顔を埋め……食べれば大丈夫だから問題ない。


「まだよ! わたしはこんなことで屈しないんだから!」

「ほほう」


 同じく四つん這いのコロネが威勢の良い声を上げた。

 ちなみに彼女の顔の下にはウチの天使ノワールの使用済みなオムツが置かれている。使用済みだ。中身はホカホカだ。

 何故彼女がこのような罰を受けているかというと『片付ける身も知らずに良くもこんなにたくさん』などとオムツ交換時に暴言を吐いたからである。


 子供というのは良く食べて良く寝て良く泣いて良く出すべきである。最初の食育や環境が大切なのだ。

 それなのに制御をかけるような発言をするなんて言語道断。万死に値する。

 ノワールのお尻の後始末はスズネにお願いし、コロネの馬鹿は綱紀粛正の対象になって貰った。


 メイドを叱れる主人でありたいと僕は常々そう思っている。というかユニバンスの貴族の大半はそう思っているのだ。


 ただこの国のメイドは何かがおかしい。最高品質と呼ばれるメイドはハルムント印の戦闘メイドだ。相手の殺戮力……懇切丁寧なおもてなし能力に震えながら主人をしなければならない。その恐怖に精神を壊さなければ護衛としては一級品の存在である。一家に1人居れば盗賊団が寄り付かないと言うほどの存在だ。


 恐怖にさえ耐えられれば! どんな拷問であろうか?


 この国には日本産のご奉仕メイドは存在しないのか?


 否! 存在している! 主に前国王の御側仕えがそうであったと僕は知っている!


 つまり主人が頑張ればメイドの質は変わるのだ!


 ただし前国王は先代メイド長から物凄いプレッシャーをかけられるという理由で彼女との面会を全力で断っていたらしい。良く分かる。

 うん。あの叔母様がご奉仕メイドの存在なんて許さないだろうしな。つかよくそんなメイドを自分の周りに置いたな、パパンよ。


「自分の発言を悔いてそのオムツに謝罪をするのであれば許してやると言っている。後は君の態度次第だよコロネくん」


 懺悔と後悔の時間はたっぷりと与えた。後は全てこのちんちくりんメイドの、


「はんっ! だれがあやまるモノですかっ!」


 全身をガタガタと震わせ必死に抵抗している。

 その根性を別の方向に発揮すればこの馬鹿は大成しそうな気がするんだが……ならば仕方がない。


「もうちょっと強めにいっとく?」

「このきちくがぁ~!」


 あはは。何とでも言うが良い。この弱者が。




「良いです~? ノワールちゃ~ん」

「あうあう」


 幼く見える容姿を持つ王妃は胸に抱く子の目を見つめ語り掛ける。


「絶対にあんな大人になっちゃダメです~? めっです~」

「あいあい」




 王都上空



 空気中の埃を踏んで空の上に立つノイエは辺りを見渡していた。


 誰かに呼ばれたような気がしたのだ。


 ここはまだ静かだから好きだ。少しずつ下に行くと煩くなる。でもこれ以上上を目指すと寒くなるし足場も少なくなる。これぐらいが丁度良い。


「誰?」


 確かに話しかけられた気がした。

 辺りを見渡すと特に変化はない。いつも通りだ。


 自分の体に違和感もない。いつもの靴にいつもの鎧にいつもの服だ。腰には袋に入れた宝玉があるくらいだ。これは常に持っていないとダメと言われたから持っている。

 それにこれが傍にあるとお姉ちゃんが近くに居る気がする。


「……これ?」


 ノイエは気づき宝玉の1つを手にした。

 良く耳を傾けるとその声がする。姉の声だ。

『彼の所へ彼の所へ彼の所へ彼の所へ彼の所へ彼の所へ……』と元気な声が聞こえる。


 彼が誰だか分からないが、ノイエは袋を抱えて辺りを見渡した。


 ドラゴンは粗方倒した。まだ暖かくなってきたばかりだから湧きが甘い。もう少し熱くなって来ればドラゴンたちは元気いっぱいで暴れ出す。多少元気すぎるぐらいの方が良い。元気のない相手を殴るのはつまらない。強ければ強いほど楽しい。


「うん」


 倒す相手が居ない。なら行先は1つだ。


「私の赤ちゃん」


 宙を蹴りノイエは真っ直ぐその場所へと向かった。




 王都王城内アルグスタ執務室



「まだよ! まだおわらないわ!」


 お~。


 全身から危なそうな汗を流しながらコロネが寸前で耐えた。

 もう少しでも屈すればその顔はノワールのオムツとディープキスだ。


「わたしはぜったいに負けないんだからっ!」


 腹の底から声を出しコロネが全力で顔を上げようと、


 むにっ


 無慈悲な音を確かに僕は聞いた。

 何故なら窓から飛び込んで来たノイエがコロネの後頭部を踏んでソファーに向かったからだ。

 余りにも綺麗で滑らかな動作にツッコミを忘れたよ。


「みぃぎゃ~!」


 そして轟く悲鳴は……同情はしよう。それに乳飲み子の排泄物は基本そんなに臭くはない。それを知っていても顔面から布越しでのディープキスは耐えられないだろうな。


 魔法を解除すると同時にコロネは泣きながら部屋を出て行った。


 一応あれは、ポーラの代わりとして僕の護衛のはずだが細かいことは抜きにしてやろう。スズネも居るしね。


 ポーラが大量購入の都合で5日ほど南部の街に向かっているから仕方ない。神聖国に送る支援物資の仕入れだ。流石に量と金額が笑えないレベルなので僕の代理としてポーラに行って貰った。


 彼女は『3日で戻ります』と言っていたが、片道2日の往復で新記録でも樹立する気なのだろうか?


「ん」


 ノイエが胸に抱いたノワールを相手にアホ毛を揺らして、もうその子はそれが玩具だと絶対に思っていると思うぞ?


「アルグ様」

「ほい」


 アホ毛玩具で娘をあやしながらノイエが僕に向け片手を伸ばす。


 彼女が掴んでいるのは腰にぶら下げている宝玉を入れた袋だ。

 最近まではアホ毛で弾ませて管理していたが、ノワールを抱くようになってからそれが出来なくなり、色々と話し合った結果妥協案として腰に袋を吊るすことにした。


 ノイエは最後まで『玉と一緒に』とノワールごと宝玉で曲芸まがいなことをしようとしていた。


 何処の世にアホ毛で我が子を弾ませ仕事をするお嫁さんが居ようか?


 ノワールは絶対に喜ぶとノイエは言っていたがビジュアル的に色々とアウトなので全力で阻止した。


「で、宝玉が何か?」

「はい」

「……」


 言葉が続かない。

 何故ならノワールがノイエに向かい手を伸ばしているからそっちに視線が向けられ……大丈夫。ノイエの愛は知っている。それに世のお嫁さんは子供ができるとそっちが優先されるものだと既婚者の人たちが言っていた。あくまで優先されるだけだ。僕がノイエの不動の一番であるはずだ。


 とりあえず袋を受け取ると縛っている口を開く。中身は宝玉だ。ノイエが普段持ち歩いている物の一つだ。屋敷であればリスのニクが持ち歩いているが、あいつは現在休暇中だ。

 リスが休暇とは結構謎だが、屋敷の近々に存在する林で自然のリスをしている。


 飯だけは屋敷に来て木の実を請求しているけどね。


「で、ノイエ」

「はい」


『あうあう』と手を伸ばし上機嫌なノワールにノイエがアホ毛で応えている。


「これがどうしたの?」

「はい」


 お~いノイエさん? 返事がから返事ですからね? 少しは愛しい旦那さんの方を見ようか?


 スッとノイエの顔が動き僕を見る。


「見せろって」

「何を?」

「知らない」


 ふむ。ノイエプレゼンツの問題か?


「……せろ」

「はい?」


 何処から声が?


 うおっ! 宝玉が急に重くなって、


「見せろ~!」


 ピカッと光った宝玉から何かが飛び出して来て、激痛で目の前に星が散った。


 思いっきり頭突きを……マジで痛い。




~あとがき~


 コロネ遊びをしていたらついつい行数がw

 ギリギリ宝玉からあれが出てきましたが、次回はポーラの話からスタートです




© 2024 甲斐八雲

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