雷帝!

 神聖国・都の正門付近



 ぬほぉ~! 私の騎士であるアーブさんが怪我をっ!


 これはピンチです。人生で上位に入る……何番目でしょうか? 私の記憶に残っている大ピンチ筆頭は、地方の部族との会談で都を出てその途中で襲われたことでしょうか?


 ガタガタと激しく壊れそうなほどに揺れる馬車の中で身を竦ませて丸くなって。あの時は本当に怖かったです。何本も矢が刺さって、槍が刺さって、人の頭も飛んで来て。

 どうにか逃げられた時は恥も外聞も気にせず漏らしていましたね。


 ああ。何故か視線が遠い方を。


 今回はあれよりもまだピンチ度は低いです。今なら5番目ぐらいでしょうか?

 問題はこれから危険度が増して私の命が……嫌です。死にたくありません。もう死にたくは無いんです。


 私の中に残る記憶はこの体を産んでしばらくの間までです。その後に私は囚われて都に移送され殺されたと。でもその殺された記憶は無いので大丈夫です。

 大丈夫ですけど……やっぱり死にたくはない。死ぬのは嫌なんです。


「えっ?」


 それに気づき視線を移せば、私が抱きしめている名無しの少女がしがみ付いていました。

 怖くて抱き付いている感じには見えず、それはまるで私を護るかのように見えて。


《何をしているんですか。私は!》


 心の中で自分を叱責します。

 私は女王なのです。全ての責任を背負う存在なのです。

 それなのに私が弱気になってしまったら誰がこの国を背負うと言うのですか!


『責任とかめんどくさくない?』


 せっかく私が覚悟を決めたと言うのに、頭の中に気の抜けた他国の王族の声が。

 あれはあれです。特殊な例です。普通王族とは責任を抱き頑張るものです。それが普通です。


『面倒臭いじゃん。僕は不真面目に生きるよ。不真面目に』


 ああなんて腹立たしい。

 まるでこっちの不安を抉るように……そんなに人のやる気を、決意を削ぎたいのですか?


『相手の言葉ぐらいで削がれる覚悟を持っている方が悪い。変態たる者、いくら後ろ指をさされようとも自分の性癖に慢心し究めないとね。僕はノイエ道を究める覚悟で生きていますが何か?』


「ノイエ道って何なんですかっ!」


 思わず空に向かって全力で吠えてました。


 そもそも私は変態なんかじゃありません。心配性なだけです。そうです心配なのです。

 私の視界に入らずこっそり色々とやられるのが嫌なんです。何かするなら私の前で堂々として欲しいのです。


「アーブ……さん」


 日和ったわけではありません。まだちょっと呼び捨てで命令するのに抵抗があるだけです。

 けれど蹲っていた彼がこっちを見ました。


「そんな訳の分からない生き物なんて倒してしまいなさい!」


 私は女王です。小さな女の子に守られる存在であってはならないのです。率先してこの子を護る存在でなければいけないのです。だから命じます。


「女王の命令です!」


 全力で吠えた私の声に彼は小さく頷きました。そして、


「畏まりました。女王陛下」


 はい? 何故か返事が上空から?


 視線を動かすとそこには一騎のペガサスが。


 あれ? あの姿は我が同志ユリーでは?


 何故か彼女はペガサスの背の上で立ち上がると、そのまま身を躍らせてって!


 迷うことなく宙に飛び出した彼女は全身を薄っすらと光らせ……光っていますよね?


「雷帝!」


 その声に生じた大きな光の塊が……真っすぐこっちに落ちてきますぅ~!




 都の郊外



「お~」


 何か都の方から爆音がしたなと思った黒煙が立ち上った。

 おお。立ちこめる黒煙の間でピカピカと何かが光って……あれは雷だろうか?


「うっそ~ん」

「どうした馬鹿悪魔。略して魔馬」

「どんな略し方よ馬鹿っ!」


 漢字で書いて逆から略した感じ?


「無駄に器用なことは良いの! あれを見なさいよ!」

「人がゴミの様だ?」

「落っこちていないからっ!」


 絶叫してながらもブンブンと悪魔が肩腕を振るっている。

 どうやら都の方を見れば良いらしい。


「で、何よ?」

「油断大敵! 食らえ! 千年殺し!」

「おまっ!」


 下半身を襲ったあまりの衝撃に僕の目の前で星が舞う。


 そこは出口であって入口ではないので押し込んではならないのだよ。押しては。


 膝から崩れ落ちる僕は必死に視線を自分の背後へと向けた。

 両手を握り人差し指だけを伸ばしたまるで忍者か何かのポーズを決める悪魔が薄っすらと笑っている。


「ちょっと真面目な話をするから黙って聞いててね?」


 そんな理由で千年殺しだと?


 ジンジンと痛む個所を押さえる僕に悪魔はハンカチを取り出し自分の指を拭った。


「今現在あっちで見えるあのピカピカなんだけど、お兄さまが何かしたとか無いわよね?」


 知りません。知らないから全力で顔を左右に振っておく。


「ならお姉さまの線も薄いか……魔眼の中であの魔法の気配は無かったしね」


 何が言いたいのかね?


「つまりあの魔法の出所を知りたかったのよ」


 そんな理由で僕の肛門が大ピンチに?


「だってお兄さまったら真面目な話をしたら絶対に悪ふざけするしね?」


 お前もだろう?


「私はこう見えても真面目な時は真面目よ? さっきからシリアス続きでバテバテなぐらい?」


 絶対に嘘だ。僕は信じない。ちょっと待て悪魔。待ち構えるな……やめろぉ~!


「ふっ……またつまらぬ者を抉ってしまった」


 ががが。僕もうお嫁に行けない。


「大丈夫でしょ? お嫁さんは貰っているんだから」


 確かにね。


「問題は何であの魔法が存在しているのかって話なのよ」


 問題でも?


「あると言えばあるんだけど……第一の問題は火力よね」


 攻撃こそ最大の防御を歌うお前なら問題無いだろう?


「ま~ね。ぶっちゃけあれを作ったのは私だしね」


 おい犯人?


「違うわよ。封印したの。ちゃんと封印して……封印して?」


 何故可愛らしく首を傾げる? そのポーズは何だ? ちょっと可愛いぞ? それでスカートを捲って下着を晒そうとするからお前はダメなんだ。何故可愛らしさにエロスを求める!


「私の美学!」


 そんな美学など便所に叩き込んで流してしまえっ!


「ひどっ! まあ良いわ。問題は……あれを仮にちゃんと封印していなかった可能性がある時よ。どんな問題が起こると思う?」

「知らんがな」

「おっ……喋れるまでに回復したの? 流石兄さま。姉さまに感謝しないとね」

「何故にノイエ?」


 問いに対して悪魔は呆れたように肩を竦める。


「……本当にどうして鈍感人間を姉さまは心の底から愛しているんだろう? もう少し程度の良い男はこの世にいっぱいいると思うんだけど?」

「アルグ様は1人だけ」

「……」


 スッとやって来たノイエが自分の言いたいことだけを言って元に戻る。

 マイペースに拍車がかかった感じだな。


「まあ兄さまはもっと姉さまに感謝すべきだと思うわよ?」

「ノイエへの感謝?」


 どうにか膝立の体勢にまで戻り、ノイエを見る。

 何処か吹っ切れた感じで笑っているマニカを起こそうとしているノイエの姿はいつも通りに綺麗だ。


「ヤバい。感謝する気持ちが溢れて僕の語彙力では表現できない」

「一言で言うと?」

「ノイエ。愛してます」


 その声にノイエが起こそうとしていた姉を落とした。


 大丈夫かマニカ? 今の角度は敵対してても心配する感じだぞ?


「は~。本当にラブラブな関係ね」

「いつまでもノイエラブですから」


 あんなに綺麗で楽しい女性はそうは居ないしね。

 美人は三日も見れば飽きるとか言うけどノイエの場合は一生見ていられる。毎日が新鮮でたまらないっす。


「暑い暑い」


 パタパタと手で自分を仰ぐ悪魔がそんな褒め言葉を。


「褒めて無いんだけどね」

「褒めても良いんだぞ?」

「嫌よ」


 もう照れちゃって。


「で、あの魔法にどんな問題が?」


 気づけばモクモクと黒煙っぽい煙が拡大し、ピカピカとした発光が止まらない。


「うん。あれって最悪の魔法なのよ」

「どんな感じで?」

「あんな感じで」


 クイクイっと悪魔が黒煙を指さす。


「あの魔法、雷帝って言うんだけど……別名があるの」

「別名?」


 これ絶対にフラグだ。


「そう。別名……増殖型雷発生魔法」

「つまり?」

「うん」


 キラキラと笑いながら悪魔が口を開いた。


「発動した人物の魔力が尽きるまで拡大しながら雷を落とし続けるのよね~」

「それは……」


 何て厄介な。


「で、厄介なのが」


 まだ続くだ、と?


「あの魔法、コスパ最強なのよ」

「……」

「てへっ」


 愛くるしい笑顔を向けて来る悪魔に立ち上がった僕は、静かにハリセンを呼び出して握りしめた。




~あとがき~


 今日は病院で検査とかあって読み返しがかなり甘いです。誤字とか多そう。

 誤字が多い日はだいたい読み返しが甘い日なんで、作者がテンパっていると思っていただければと思います。

 そして毎度誤字を指摘して修正してくれる人たちに感謝です。


 皆様の愛でこの話の誤字は救われております




© 2023 甲斐八雲

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