魔女だ。魔女が必要だ
神聖国・都より北西の地
「隊長」
「どうした副隊長」
報告に来たペガサス騎士に大柄の騎士が声をかける。
当初の予定より移動が遅れてしまったが、それでもつつがなく兵たちが移動している。
その様子を見つめていた人物……ドミトリーに副隊長が声をかけたのだ。
声をかけた人物はドミトリーの姪であるユリーだ。
「各部族、隊列を整えて都に向け進軍を開始しました」
「そうか」
フルフェイスのマスクで顔を覆う叔父の声はこもり低く響く。
手綱を巡らせペガサスの向きを変えた彼は動き出した部族連合を見つめる。
突如として沸いた蛇を退治し、ついで現れた少数の大きなカメもどうにか駆逐した。
蛇は武器を手に戦うことができたが、カメの方はそうはいかない。最終的に見た目はお粗末であるが、ひっくり返してそのまま大地に生じた大穴に放り投げたのだ。
岩のような形をし、岩とは思えない硬さを見せるあのような化け物を退治を出来たのは本当に幸運だと思う。
ユリーは一度息を吐き、背を見せる叔父の姿を確認した。
巨躯の肉体を鋼の鎧に押し込んでいる様子はさながら熊に鎧を着せた感じだ。
だが彼は誰よりも女性の心を持つ人物である。神そして聖国内でその名を馳せる『ヴァルキュリアの乙女』と呼ばれる強者揃いの独立軍の隊長でもある。
女性ばかりで構成されているこの状態に、男尊女卑の傾向があるこの大陸ではどうしても悪目立ちしてしまう。結果として彼女たちは本流ではなく横へ横へと追いやられ、汚れ仕事ばかり引き受ける格好となって来た。
そんな乙女たちを身を盾に守って来た本当の意味での
だがそんな仕事もこれで終えるはずだ。
女王アルテミスが復権し、腐った上層部を排除する。あとは状況を見ながら現状の打破を計る。
大国と呼ばれていた神聖国が一気に縮小してしまうかもしれないが、それすら折込済みなのだ。
腐った大地部分は全て破棄し、耕作が可能な土地に国民全てを集めて新たなる国を作る。
必要であれば国を二分することすら視野に入っている壮大な作戦なのだ。
「……」
同僚たちに指示を出す叔父の様子を眺めていたユリーはそれに気づいた。
確かに現状作戦は上手くいっている。上手くいきすぎている。
何故なら数十、数百と分岐点が存在するこの作戦は、発生したトラブルに対して事細かに対応策が決まっているからだ。だから作戦は進み続ける。
決められた作戦を破棄しなければ問題は無事に対応できるのだ。
《何かがおかしい?》
ふと感じた漠然とした思いにユリーは首を傾げた。
どうしてこの作戦はここまで完璧なのだろうか?
それこそ誰かが状況を把握し、最適解を指示しているような……そんな知恵者などユリーは知らない。この広い大陸であればもしかしたら居るかもしれない。
けれど、少なくともこの国にそんな人物はいないのだ。
「叔父様」
「任務中である」
「失礼しました。隊長」
普段の言動があれだが、ドミトリーと言う人物は職務に対しては忠実である。
任務時の公私は基本別だ。混同することは少ない。
「隊長。お伺いしたいのですが?」
「何だ」
軽く肩越しに目を向けて来た相手にユリーは口を開く。
「今回のこの作戦立案は左宰相のゴルベル様で宜しいのでしょうか?」
「違うそうだ」
「違う?」
叔父の返事にユリーは自分の背中に冷たい汗が走るのを感じた。
「先ほどお会いした時に確認した。部族たちからも同じ様に質問の声が上がっていたからな」
「ええ」
副隊長をしているユリーもその言葉を聞いていた。
部族長たちは余りにも的確に的を得ているこの作戦立案に対し、立案者の紹介を願っていた。
きっと自軍に取り込むことで今後起こりえる勢力争いに勝利したいのだろう。
《そうだ。その時点でおかしいと思わないと》
自問しユリーはまた汗を流した。
気づいていなかったのだ。今の疑問に全く。
「では誰が?」
「それは……」
何処か面倒臭そうに叔父が言葉を続ける。
その様子から彼はこの違和感に気づいていないのだユリーは理解した。理解し怖くなった。
まだ何かがおかしいままだと……漠然とそんな気がしたからだ。
上空警備の仕事があるが、ユリーはドミトリーに頼み込んで僅かな供を連れて空を走る。自分が跨っているペガサスを使い潰すことになっても構わないと脇腹を蹴り急がせる。共に走る部下たちは戸惑いを見せているが構わない。気にしていられない。
何故なら不安に、ユリーは言いようのない不安に駆られていたからだ。
『下級文官の1人が立案したそうだ。名前は……確か名前は、何だったかな。確か何度か会って会話もしているはずだ。そうだ。会って話をしていたな。どうして忘れていたのか。どこか全体的に印象が薄くてな。えっとあれだ。確か名前は……そうだ。思い出した』
「エルダー。知らない名前」
呟きユリーはペガサスの脇腹を蹴って急がせる。
よく分からないが漠然と嫌な胸騒ぎがして止まらないのだ。
神聖国・女王宮
ふむ……と彼はわざとらしく声を出して頷いた。
この場にはもう誰も居ない。
女王宮だと言うのに誰も居ない。
否、人だったモノは複数転がっている。
が、彼はそれらに気を向けない。興味が無い。
本当の意味での路傍の石だ。生きていたとしても気にもならない存在だ。
「帝国の際はいきなり消滅するとは思わなかったが……」
歌うかのように声を出し、彼は無人の宮の全てを見て回る。
帝国の時はいきなり帝都が消滅するとは思わなかった。
その後悔から今回は事前に網を張っておいた。最も滅びそうな国は何処か……まさか帝国の次にこの神聖国が該当するとは思っていなかったが。
「ただ目ぼしいモノが無い」
いくら見て回ってもこの場所には気を引く魔道具が無いのだ。
国の意向と言うか性質と言うか、神聖国は鎖国に似た政策を敷いていた。
そのせいもあり魔道具の流通が極度に少なかったこともあるのかもしれない。
「つまらんな。折角この国が亡ぶように仕向けたと言うのに」
ただここまで上手くいくとは思わなかった。
手柄は……まああの馬鹿者が掻っ攫うのであればそれでも良い。
自分の行動が、この国での行いが他の者たちにバレなければ問題無い。
「それにしてもハズレだったな」
感想を述べて彼は歩き出す。
もうこの場所に未練はない。
自分が強くなる魔道具でも回収できればと思ったが、どうやらそのような物は無いらしい。
だったらいつまでもこんな場所に用はない。
何より唯一存在していた強力な魔道具は……未練を持つだけ無駄だ。あの大きさでは持ち運べない。
「次はどの国を傾けるべきかな?」
クツクツと笑い彼は歩く。
「北西の辺境国も悪くない。内部がガタガタな共和国はどうだ? 国土は狭いが大国の1つである公国も悪くない。あとは有象無象の小国ばかり……」
笑い彼は囀る。
歩を進める廊下は人の血肉で濡れている。その為歩く度に不快な音が響くその場で彼は笑う。
右宰相サーブが遣わせた兵たちは誰一人として生きていない。全て彼が殺したからだ。
「ああ。あの国を忘れていたな」
足を止め彼は床に転がっていた人の頭を踏みつけた。
首から下は存在していないただの頭部だ。
「大国に挟まれそれでも必死に生き残った……小さな強国。ユニバンス王国があったな」
クツクツと彼は声をたてて笑う。
笑いながら足元の頭部を踏み抜いて床に足の裏を置いた。
「我が母国であればどれほど素晴らしい魔道具が眠っているか」
自分が生まれ育った国だからこそ彼は知っている。
ユニバンス王国には数多くの魔道具が眠っている事実を。
その中から強力な魔道具を手にすることができれば、自身を強くすることができれば、何よりも……
《魔竜王の呪縛から逃れられなければ王を打ち倒すことができない》
ニヤリと笑い彼は歩き出す。
人を殺めて頭に昇っていた血はだいぶ落ち着いた。故に冷静さが戻って来た。
《全てのドラゴンの支配者たる魔竜の呪縛から逃れられる魔道具。それかあれを簡単に殺害する方法を見つけなければこの世の頂点に立つことはできない》
スッと視線を自身の背後に向け、彼はようやくそれに気づいた。
結構な数の人の死体が転がっていたのだと。
「まあ良い」
口元を笑みで歪ませ、また足を動かす。
「必要なモノは魔竜を倒す手段。その呪縛から逃れる方法。そして……」
宮を出て彼は西へと移動した日を見つめる。
「魔女だ。魔女が必要だ」
太陽に対し軽く目を細め彼は歩き出す。
金髪碧眼の青年……その名をエルダー・フォン・ルーセフルトと言うただの天才が、だ。
~あとがき~
全く目立たないペガサス部隊ですが…副隊長のユリーが気づきました。
今回の作戦は全体的に上手くいきすぎていることにです。
絶対に失敗しない攻略戦…その理由は至極簡単。
あれがシナリオを描いていたから。
そんな訳で久しぶりのエルダーくんです。
彼は自分の野望のために色々と求めています。
欲しいモノは魔道具と魔女。
狙っている魔女が誰かはまだ秘密ですが
© 2023 甲斐八雲
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