事故が起こっちゃうから~!

 そこで我は飲んだ。全力で酒を飲んだ。それが悪いと思うか?


『お酒は美味しくない』


 うむ。ならばお前は何が好きだ?


『お肉』


 なら目の前に山のように美味い肉が詰まれていたら、


『食べる。全力で』


 そうだろう? 我もそんな感じで全力で酒を飲んだ。結果酔って寝てしまったのだ。


『お腹いっぱいなら仕方ない』


 お腹はいっぱいではなかったがな。でも我は寝た。そして倒された。


『寝た方が悪い』


 ……酷くないか? 相手は卑怯な手を使ったのだぞ?


『でもお酒を飲んだのは蛇さん』


 ま、まあそうだが。


『誘惑に負けた蛇さんが悪い』


 お前は意外と毒舌だな?


『普通。お姉ちゃんならもっと厳しい』


 お前の姉の性格を疑うぞ?


『普段は優しい』


 そういう者ほど怖いんだよな。


『はい』


 認めるのか?


『はい』


 そうか……お前も色々と苦労しているのだな。


『でもみんな良い人』


 そうなのか?


『はい。だから大好き』


 そうか。愛するモノが居ることは良いことだ。


『蛇さんは居ないの?』


 居らんよ。我は昔から嫌われている。神などと呼ぶわりには扱いが酷い。


『蛇さん頑張れ』


 うむ。


『蛇さん』


 何かね?


『あっちの方でブツッと千切れてる』


 あっちってどっち? どっちの方?


『あっちはあっち』


 ブツッてどんな感じ?


『引っ張って千切れた感じ?』


 頑張れ自分~!


『努力は大切』


 そうだな。そうだよな! 今から我の努力を見せてやろう!


『蛇さん』


 ぐはははは~! ここから我の実力を、


『向こうでグチャッとなった』


 頑張れ我の体~!


『頑張れ』




 神聖国・都の郊外



「んっく……」


 マニカが甘い声を上げ、指を咥えて我慢している。

 何にって……そんな恐ろしいことは言えない。下手をしたら僕の命日が本日になってしまう。


「兄さま? 何かを恐れているわりにはガッツリと揉んでいるわよね?」

「違います~! これは手を放そうと必死に足掻いているだけです!」

「揉む必要は無いのでは?」

「……」


 そうだな。指を動かさずに。

 前後に動かしたらマニカの胸の弾力ががががが。


「ふう。色々危なかったぜ」

「今絶対に誘惑に負けていたでしょう?」

「負けてませんが?」

「3分近く前後に動かしてて?」

「何も聞こえませ~ん」


 生憎と両手は別の物を押さえているが僕は心で耳栓をした。

 外野の声など何も聞こえないのです。


「と言うか、放せっ!」

「別に良いけど~」


 器用に椅子に座っている悪魔が、タクトを振るう指揮者のように指を動かす。


「その手が放れたらそこの娼婦は全力で振り返り、お兄さまにデンプシーロール気味で往復ビンタをお見舞いする方に今夜のデザートを賭けるわ!」


 何故だろう。そんな未来が僕の脳裏に。


「大変申し訳ございませんがこのままキープでお願いします!」

「うむ。ならば更なる試練を」


 はい?


 笑う悪魔が指を振るって宙に文字を描いてそれを押してきた。

 ターゲットはマニカだ。直撃を受けたマニカが……あの~マニカさん? そうグイグイと形の良いお尻を押し付けて来ないで欲しいのですが?


「ふわっ!」


 驚きで声が出た。


「放れないだと?」


 吸い付くように僕の股間がマニカのお尻に。


「ふふり」

「お前の仕業かっ!」


 声を張り上げ相手を見る。悪魔が悪魔の笑みを浮かべていた。


 ヤバい。このままでは事故が起こってしまう。落ち着け僕。ここは平常心だ。

 深呼吸して、まず両手の運動をすることでリラックスを求める。


 スライムだ。懐かしきスライムの玩具だ。もにゅもにゅすることで落ち着くんだ。

 はい落ち着いた。大丈夫。意識を下半身に向けなければ良いのだよ。


「んくっ」


 マニカさん。体と一緒にお尻を震わせないで~!


「あら? 性欲の塊であるお兄さまがそこまで耐えるなんて」

「そこ。僕のことをどう思っているのか少し語ってみようか?」

「生きる性欲魔人」


 よ~し戦争だ。


 僕の性欲は普通です。一般的なモノです。決してケダモノの類ではありません。

 何より般若心経を唱えるノリで自己弁論をし続けることができます。


「どう? 伝説クラスの娼婦のお尻は?」

「煩い黙れ!」


 意識を向けるな。甘言に惑わされるな。強い意志を持て。我慢だ我慢。


「僕は我慢の出来る子ですから~!」


 吠えて自分の強い意志を表明する。


「蛇さんより偉い」

「はい?」


 気づけば横にノイエが居た。


「おかわり」

「……」

「アルグ様?」


 お嫁さんが両手を差し出し祝福を求めて来るが、今の僕の両手は君の姉の胸にくっ付いて放れないのです。


「アルグ様」

「はい」

「おかわり」


 グルンと首を巡らせて悪魔を睨む。

 やれやれと肩を竦めた彼女は、パチッと指を鳴らした。


 左手だけ自由になった。自由だ~! 我が左手は自由を得た~!


「ノイエ」

「はい」

「持ってけ」

「はい」


 祝福を手渡したらノイエはアホ毛を震わせ……周辺のカメを退治すると山に向かって突撃して行く。

 ウチのお嫁さんって本当にマイペースだな。


「アルグ様」

「うわっと」


 突撃して行ったノイエが瞬間移動で戻って来た。


「蛇さん知ってる?」

「蛇さん?」

「あれ」


 指さす方向は色々と崩れ出している山だ。蛇の山だ。


「蛇だね」

「蛇さん」

「あそこに居るね」

「はい」


 で?


「あの蛇さん知ってる?」

「……」


 突然お嫁さんが理解不能なクイズを出してきました。


 コマンド、どうする?


「ノイエはあの蛇のことを何か知ってるの?」

「……お酒飲んで寝たって」

「はぁ」

「寝てたら退治されたって」

「なるほど」

「蛇さんが悪い」

「だね」


 酒を飲んで寝ていた所を斃されたのはどう考えても蛇が悪いな。


「知ってる?」

「知らない」

「知らない?」

「知らない」

「……」


 クルンとノイエがアホ毛を回し、ジッと僕の方を見る。

 ただノイエの視線は、と言うかその瞳は常にどこを向いているのかが謎なのだ。しいて言うと焦点が合っていない。


 とりあえず一度考える。蛇さんと言われてもな~。


「ごめん。分かんない」

「……」

「ノイエ?」

「はい。分かった」


 フラッと僕に背を向けノイエは宙を蹴って山へと向かった。

 相変わらずのノイエだ。本当にマイペースだ。


「ねえ兄さま」

「何でしょう?」


 呼ばれて振り返ると、悪魔が椅子から降りてまた箒に座っていた。


「あのね~。蛇で酒で退治で私の脳内検索をすると1件ヒットしたんだけど」

「ヒットするんだ」

「つか有名な話よ?」

「有名なの?」


 もう一度考える。


 蛇で酒で退治で……ああ。あれか。


「マムシ酒?」

「流石は性欲魔人」


 だから違うから。


「で、何がヒットしたの?」

「あれよあれ。頭が8つある蛇の伝承と言えば分かるかしら?」

「頭が8つ?」


 8つと言えば……あれか!


「絶対に7股なのにヤマタノオロチ!」

「そう。そしてもう1つの股は彼の股間に、」


 煩い黙れ!


 自由になっている左手でミニハリセンを召喚して投げておく。


「ん? あれがヤマタノオロチ? おかしくない?」

「何が?」

「だってヤマタノオロチって」


 僕が知るヤマタノオロチは4足歩行のドラゴンチックな奴だ。


「アンタ馬鹿?」


 何気に気に入ってるのね。そのフレーズ。


「あれはゲームのイラストよ。簡単に言えばヒュドラの類が混ざって描かれているけど、本来のヤマタノオロチは頭が8つで尻尾が8つ。胴体が1つの大きな蛇なのよ」


 流石重度のオタクだな。ヤマタノオロチまで把握しているとはお前は変態か?


「オタクは認めるが変態ではない!」


 十分に変態だろう?


「つまりヤマタノオロチには手足は無いってこと?」

「そう伝わっているわよ? だってあれって蛇だもの」

「……」


 あれ? 蛇って確かその昔に手足があったとか何とか?


「それはたぶんテトラポドフィスのことでしょ? あれは蛇じゃなくてトカゲの仲間よ」

「マジかっ!」


 つか何故知っている?


「で、こんな会話をしていて思い出したんだけど、あれってティタノボアの類じゃないわよね?」

「ティタノ?」

「そうなるとあの馬鹿は古代の蛇を召喚したってこと? でもそれだと……」


 お~い悪魔。1人で勝手に思考モードに突入しないで。こっちを見て僕と話そう。


「ごめん。私の興味は現在進行形で古代蛇に向いてしまったわ」


 それは困る。あれはただの蛇だ。蛇なのだ。


「考えるので忙しいから黙っててよね」


 無視しないで~!


 と言うかマニカよ。そんなにグリグリとお尻を押し付けて来ないで。


 事故が起こっちゃうから~!




~あとがき~


 ノイエは蛇さんの話を聞き…理解しているのかな?

 そして遊ぶ刻印さんのせいで主人公は大ピンチですw


 7月は予告なしで投稿に中2日の間が空くことがあるかもしれません。

 リアルが本当に多忙でして…できる限り中1日を死守しますが、出来なかったらごめんなさい




© 2023 甲斐八雲

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