魔法の歴史を変えようとしているんですけど~!

 神聖国・都の正門付近



 勇気を振り絞り自殺行為の蛮行を成した彼は後にこう語った。

『あれは決して人の戦いでは無かった』と。


 だが彼はその勇気のおかげでいくつもの本を書き名声と財を得ることとなる。

 それと引き換えに死ぬまで語り継がれる『脱糞作者の本よね?』と呼ばれることとなるが。


 彼は必死にその戦いを見続けた。

 恐怖で糞と尿を垂れ流しながら必死に。




「ふにゃぁ~っ!」


 大きく振るう白い女性……ノイエの体を借りたファシーの一撃に大気が震える。


 彼女が得意としている魔法は風だ。

 四大元素と呼ばれるモノの一角を成す世間によく知られる物だ。


 ただ扱いに関してはとても難しい。

 扱いやすさで言えば土や火があげられる。その逆が水や風だ。


 そもそも形を持ちそれなりの硬さを持つ土などは最も扱いやすいと言われている。

 火は形を持たないが火力を増せば増すほど強くなるので自爆さえ避ければ比較的扱いやすいのだ。


 だが水や風は形を持たない。

 故に繊細な魔力操作を必要とし、高度な計算を求められる。


「あは~!」


 笑いながらファシーは両腕を振るい不可視の刃を飛ばし続ける。


 とても魔法を、高度な魔法を扱っているようには見えないが、実力ある魔法使いがそれを見れば彼女の有り余る才能に嫉妬することだろう。

 何故なら無詠唱で不可視の刃を飛ばし続けているのだ。これほど羨ましいことは無い。


 そして舞うかの如く相手の攻撃を避けて魔法を使う姿はとても美しい。

 全身をしなやかに使い機敏に動きまわる様子はまるで猫だ。彼女の鳴き声が猫なのも何かしらの魔法を使っているのかと勘ぐってしまうほどにだ。


 だがファシーは笑う。大いに笑う。

 これほどの敵が目の前に姿を現すとは思わなかった。

 相手に対して感動すら覚えてしまう。


「すごい……すごいよっ!」


 足を止めファシーは相手を見上げて全身を震わせて笑う。


「壊しても壊しても壊れないなんて凄いよっ!」


 大絶叫に彼女の周りに大量の不可視の刃が飛ぶ。

 半数ほど巨躯の化け物の体を抉るが、その傷は内側から盛り上がって来た肉によって塞がれる。


 相手はまるで無限増殖する肉塊だ。これが食べられるのならきっと“ともだち”のノイエは大喜びだろう。

 これを壊して、殺したら、丸焼きにするのも悪くない。きっとノイエなら食べる。

『食べたくない』と言うノイエの声が聞こえた気がしたのでファシーは一瞬冷静になった。


 改めて見ると……確かに美味しそうではない。


 とても醜い芋虫のような存在だ。それなのに足は百足のように複数あって、何より頭らしき部分には吸い込み口のような穴が存在している。内部は刃のような歯がずらずらと並び……とても人が食べて良いモノに見えない。


 何よりノイエはああ見えて肉のこだわりが強い。


「なら壊して、殺すだけだね……くひひ」


 決定だ。食べることを考えないなら目の前の存在など刻んで刻んで刻みまくって液体になるまで細かくしてあげれば良い。そう細かくだ。


「くひひ……くひひひひ~」


 甘美な響きだ。全身に言いようのない感情が駆け巡り体温が上がる。

 こんな風になるのは彼に抱かれている時ぐらいだ。


 あれは良い。凄く良い。気持ちが良くて気が狂いそうになる。


「あはっ……あははははは~」


 トロンとした表情をその顔に浮かべ、ファシーは相手を見つめながら魔力を集める。

 これを使えば相手がどんな風に壊れるのか、考えるだけで下腹部が熱くなる。何かが溢れてしまいそうだ。


「断ち切れ断ち切れ断ち切れ……我が前に存在する全てを断ち切る剣よ」


 右腕を振り上げ言葉に魔力を乗せてファシーは詠唱する。


 自分が使える攻撃魔法の中で好きな魔法だ。だってこれは相手を刻む。いっぱいの傷を相手に与えることと引き換えに自分に言いようのない快楽をくれる。本当に素晴らしい魔法だ。


「千の刃となりて全てを断ち切る武器となれ……千切せんぎり


 強い言葉と共に振り下ろした右腕を起点にして魔法が発動する。

 その数は千以上とも言われるファシーの不可視の刃が目の前の存在に向かい飛び、そして刻んでいく。


 殺到する刃は、傷を作る上からまた新しく傷を作る。

 その度に血肉が飛び辺りを血液の色で染めて行くが、ファシーは止めない。止まらない。

 笑いながら刃が全て相手に当たるまで、刻むまで、笑い続ける。


 一方的で暴力的な魔法は化け物の体を半分ほど刻んで終えた。


「あ~はは~っ!」


 歓喜しファシーは叫ぶ。


「これでも壊れないんだっ! これでも死なないんだっ! 凄いよっ! 本当に凄いよっ!」


 感謝だ。もうこれは感謝するしかない。

 何に感謝すれば良いのか分からないが、ファシーは感謝する。

 だってこれほど壊し甲斐のある存在を与えてくれたのだ。感謝するのが普通だ。


「ねえ?」


 クスクスと笑いながら全身を相手の返り血で濡らしたファシーは笑う。


 良かった。

 やはり感謝しかない。


 自分はダメな魔法使いで生きている価値のない存在だった。けれど友達が出来た。明るくて笑顔が可愛い女の子だ。彼女のためなら喜んで死ねる。そう思い彼女のために魔法実験を受ければ……壊れてしまった。


 自分も彼女も壊れてしまった。


 全部自分が悪いのだと思っていた。自分が悪いから……そう思っていた。

 底も底。どん底の中に居た自分は、もう何もかもが嫌だった。たった1人の友達も救えない自分が本当に嫌だった。


 でもふさぎ込んでいた自分の顔を持ち上げてくれた。

 彼女の旦那様がこんな自分を受け入れてくれた。

 ダメな自分を、人とは違う自分を、彼はその全てを受け入れてくれた。


 だから今の自分は笑える。心の底から笑える。

 自分が楽しめることをしているから。好きなことをしているから。


 普通の人が見れば目を背けるであろうことでもきっと彼は言ってくれる。

『楽しんで来い』と。


 本当に感謝だ。


 ノイエのおかげで、彼のおかげで……今の自分はようやく人に戻れた気がする。


「でも」


 人に戻ったからこそ分かることもある。


 目の前の敵は確実に壊して殺さなければいけない類の存在だ。

 これは人の世に放ってはいけない化け物だ。


 失われた肉体を再生させている化け物を見つめ……ファシーは笑うことを止めた。


「ノイエ」


 そっと口を動かし自分の胸に手を当てる。

 出会った頃はツルツルペタペタだった友だちの胸が……嫉妬は一度心の奥底に封印する。


「お願い。力を貸して」


 彼女にならこんなことを言う必要もない。


 だってノイエなら何も言わずに自分が持つ全てをこちらに差し出してくる。

 迷いの無い真っ直ぐな目で、自分の命ですら差し出そうとするだろう。


「魔力だけで良い」


 だから借りたいものを口にする。

 これ以上ノイエが自分の身も心もすり潰さないように。


「それと」


 軽く頭を振ってファシーは相手を見つめた。


 千切以上の威力となると……後始末が大変だ。何よりあの魔法は使ったことが無い。

 多分使えるはずだ。使えると思う。きっと。たぶん。やればできるはずだ。

 問題があるとすれば、きっとホリーや彼がどうにかしてくれるだろう。


「私の代わりに彼に甘えておいて」


 全ての魔力を振り絞ることになる。これでしばらくは外に出れない。甘えられない。

 だから自分の代わりにノイエにお願いする。

 友だちならきっと自分の希望を叶えてくれるはずだ。


「できるよね?」


 最期に紡いだ言葉は自分に対してだ。


 そしてファシーは一歩踏み出した。




 都の郊外



「ちょっとちょっとちょっとちょっとぉ~!」


 悪魔が騒ぎ出して何故かひっくり返った。

 すげー。頭でブリッジしてるよ。


「どうした悪魔? 便秘か?」

「違うわボケ~!」


 起き上がった悪魔は相変わらず元気だ。


 人が転寝している隙に変な薬でも飲んでいたのか? その体はポーラのだから綺麗に使えよ?


「綺麗すぎてまだ処女よ!」


 それは知らん。


「で、どうしたの?」

「だ~か~ら~!」


 ブリッジ状態から復活した悪魔がブンブンと一点を指さし腕を振る。


「どこぞの猫が魔法の歴史を変えようとしているんですけど~!」


 知らん。僕は魔法に関しては素人だ。




~あとがき~


 アイルローゼは天才ですがそれに匹敵する魔法使いが居ます。

 シュシュとファシーです。この2人の才能だけなら術式の魔女に匹敵するんです。


 そしてファシーには奥の手があります。

 アイルローゼですら『机上の空論』と処理したほどの魔法です。

 問題は莫大な魔力を使用すること。それと現実的に不可能なこと。


 ちなみにファシーは『普通』に振る舞えます。

 ですが自分的に苦痛を感じるので、世間一般的な普通はしません。

 猫をしている方が気楽なのでw




© 2023 甲斐八雲

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