殺される方が悪いのよ

「……数の暴力って本当に卑怯よね」


 よろめく体を押さえられず彼女は壁に寄り掛かった。


 別に多数を相手にするのが苦手と言う訳ではない。

 戦時中など異性を求めた兵たちが店の決まりなどを守らず娼館で狼藉を働くこともあった。

 複数で女を襲うなど決して許されない行為ではあるが、彼女はそれを条件付きで許した。条件付きでだ。


 その条件とは……相手の、狼藉者の命の保証を一切しないという物だ。


 複数を相手にする以上手加減が出来ないから全力で搾り尽くす……馬鹿な男たちは『娼婦の強がり』と失笑してその条件を迷うことなく受け入れた。

 そしてそんな馬鹿者たちを誰一人として彼女……マニカは許さなかった。生かさなかった。

 欲望のままに暴れたことへの罰は必要だ。それこそがリスクという物だからだ。


 大きく息を吐いてその場に座り込み、マニカは何度も何度も深呼吸を続ける。


 こんなに走り回るのは暗殺者としての修行をしていた頃以来だ。

 一人前と言うか、師である者たちを皆殺しにし、勝手に一人前になってからは自分の好みの仕事しかしなかった。

 気づけば楽だからと娼館を根城にし、人殺しばかりをして来た。


「何をしているのだろう……」


 下げていた顔を上げて天井に目を向ける。


 ずっとこんな感じだ。気づけばこんな風になっていた。

 楽を求めて自分を偽って生きて来てしまった。


 自分が楽が出来るからと、楽に仕事ができるからと……最初は何を偽ったのだろう?

 きっと意地悪な姉弟子に師が大切にしていた花瓶を割った罪を押し付けたあたりだろうか?


 それからは転がり落ちるように自分を偽り楽に生きて来た。


 最終的にはついた嘘で身動きが取れなくなって、師と仲間たちを纏めて始末した。

 あとはフリーの暗殺者として簡単な仕事を引き受ける。


 相手の懐に容易に飛び込めるようにと、自分の姿を偽り、容姿も偽り、好みも偽り……虚偽で固めれば固めるほどに人気が上がり仕事は楽になる。

 そして本当の自分は何だったのか分からなくなってしまった。


「気づけばこんな場所で……必死に殺して殺されて……」


 本当に馬鹿らしい話だ。


 そっと息を吐いてマニカは顔を上に向けたまま目を閉じ自分の髪に触れた。

 魔法の触媒として使用したために今は肩より上の位置で無造作に断ち切られている。

 綺麗な髪は客を呼ぶので大切にして来た商売道具だ。何よりこれで何人ものターゲットを殺めて来た。


 本当に馬鹿らしい。

 そもそも自分はカミーラと言う最強に挑みたいだけだったのにだ。


 気づけば自分では倒せない相手がまた1人増えていた。ノイエの……可愛い妹の夫だと言う。

 自分の攻撃が一切通じずに簡単にあしらわれた。

 あんなにも子ども扱いされたのは初めてと言っても良い。


「あれ? 珍しい」

「っ!」


 完全に警戒心を失っていたマニカは、その声に閉じていた瞼を開いた。


 座って居る自分を覗き込む存在……綺麗な容姿をかなぐり捨てたボサボサの状態の王女様だ。

 グローディアと言う名のその存在にマニカは自分の背筋に冷たいものが走るのを感じた。相手に恐怖してるのだ。別に王女が強いとは思わない。戦えば自分が勝つはずだと分かっている。


 それでも恐怖を覚える。


「何でマニカが居るの?」

「……王女様は?」

「私はずっと魔法の研究中よ」


 ガシガシと頭を掻いて欠伸をする存在に、物語に出て来るような王女像は無い。

 けれど相手が纏う空気が違う。自然と人を威圧する天性の空気を漂わせているのだ。


「で、アンタは何でこんな場所に居るの? 深部で彫刻になってたんじゃなかったっけ?」

「彫刻……ずっと座ってカミーラの倒し方を考えていただけで」

「そう」


 もう一度頭を掻いてグローディアは歩き出す。


「王女様はどうしてこんな場所に?」

「ん? 気晴らしの散歩」


 今度は欠伸をしながら、眠そうに目を細める。


「最近ずっと魔法式で悩み続けていて……でも魔女に相談すると簡単に解きそうでそれはそれで腹立たしいから1人で頑張っているのよ」

「1人で?」

「ええ」


 何故か腰に手を当てグローディアは無い胸を張った。


「私は天才だもの。頑張ればこれぐらい解けるはずなのよ」

「……」


『天才なら頑張らなくとも解けるのでは?』と言う言葉をマニカは飲み込んだ。

 相手が纏う空気がその発言を遮るのだ。


「で、アナタはどうしてここに?」

「……追われて逃げてるだけ、かな」

「何よそれ?」


 相手の指摘に、本当に何をしているのかとマニカですら思ってしまう。


「ただカミーラに挑もうとして……たぶん調子に乗ったのかもしれない」


 どうにか相手の倒し方を見つけた気がして調子に乗っていたのだろう。

 体の動かし方を思い出そうと殺しすぎたのも良くない。そんなことをすれば普通に警戒される。


 相手の告白を聞いたグローディアは鼻で笑う。


「殺される方が悪いのよ」

「でも」

「嫌なら強くなれば良い。殺される前に殺せば良い。それがこの魔眼よ」




~あとがき~


 グローディアは普段は残念なニート系魔法研究オタクですが、普通に王女様です。

 幼少期から帝王学に匹敵する教育を叩きこまれています。

 ので、思考が弱肉強食寄りです。自分は常に強くあれば良いのです。


 色々とあり過ぎたマニカも少しは自分の行いを見直す機会を得た様子で…




© 2022 甲斐八雲

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