つ、ま……よ
神聖国・アブラミ領主屋敷内
「ほっほっほっ!」
相手の剣先を掻い潜り、ハウレムは襲撃者の喉に鋭い突きを放った。
突き刺さった剣から手を放し、相手が取りこぼした獲物を拾い上げて次の武器にする。
神聖国の武器は基本大量生産だ。一度に大量に作り、出来上がった物から品質の良い物を拾い上げる。高品質の物は手練れに渡され、低品質の物は新兵などに渡される。
こうして満遍なく武器を行き渡らせ管理して来た。
今宵襲撃してきた者たちは全員が手練れだ。精鋭部隊に属する者たちだ。武器に関しては平等に高品質である。
だからこそどれを拾い上げても使える武器であり、相手から奪い続ければ武器には困らない。
「癖のある武器を持つ者でなくて良かったですが」
これが無駄に長い長剣や長槍などでも持ち込まれていたら困りものだ。
もし居たら本当に襲撃なのかを疑いたくなるが、流石に室内を想定しているようなのでそんな馬鹿は居なかった。
「さてさて。痩せてしまう前に妻と合流して……」
あえて襲撃者が多く居るであろう通路を、出入り口と繋がる廊下を走って来たハウレムは中庭へと向かう。
ここから先は庭となり、奥の離れ……宝物庫へと続く池と木々が茂る庭だけだ。
それでも奥に敵を進ませたくはない。
奥の宝物庫の存在がバレれば『離宮』として中央に図面を提出していた意味が無くなってしまう。そうすれば襲撃者たちは間違いなく真っ直ぐ『宝物庫』と登録されている『離宮』を攻めるだろう。
ただ離宮に居るあの小国の使者たちは間違いなく精鋭だろう。
使者であるあの青年だけは荒事を得意としていないだろうが、残りの姉妹は恐ろしいほど強力な精鋭だ。
大陸の東には“白いドラゴンスレイヤー”と呼ばれる存在が居るらしい。
国の至宝であり、唯一無二の存在であるドラゴンスレイヤーを普通国外に出すとは思えないが、もしかしたらユニバンスと言う国は何かしらの方法で強力な存在を作り出す術があるのかもしれない。
そう考えれば全体的に白い姉妹の意味も頷ける。
あの2人の姉妹が共に恐ろしい気配を漂わせているのも理解できる。
「何よりキキリより恐ろしい気配を発する人物を伴侶にする剛の者が居るとも思えませんしね。浮気でもしようものなら首を……」
ブルッと全身を震わせてハウレムは中庭に出た。
自分も強者である妻を持つ身だ。あのような化け物を傍に置くことがどれ程恐ろしいことか理解している。ただ妻はああ見えて優しいし可愛い所もある。
男としての機能を擁していない自分を存分に楽しませてくれる素晴らしい妻だ。
足を止めハウレムは手に持つ剣を、片腕を肩の位置まで上げて剣先を相手に向けた。
「中央の化け物がどうしてここに居る?」
静かな問いに化け物がニタリと笑う。
そしてゆっくりと足を動かし、足元に転がっていた存在を蹴り飛ばしてきた。
ゴロゴロと転がって来たのは、見る姿もないほどに痛めつけられた妻だ。
中央で15年前まで最強と呼ばれていた『リキシ』だった妻だ。
「貴方方がこちらの指示に背くからです。おかげでこんな僻地まで」
「ならば今すぐ帰れば良い。我々は小国とはいえユニバンスと言う国との戦いには反対である」
「それはおかしなことを言う」
笑う“それ”にハウレムは辺りに目を向ける。
複数の躯が転がっている。半数以上は妻の手による殺害だ。残りは眼前に存在する化け物の流れ弾で受けたのだろう。無残な死体を晒している。
「中央の判断は開戦です」
「一部の者たちがでしょう?」
「それでも大勢です」
「それはそれは」
ハウレムは軽く肩を竦めた。
「だが勘違いして貰っては困る。我らが仕えているのは両宰相ではない。女王陛下ただ1人だ」
はっきりと告げてハウレムは足元に転がっいる剣を蹴り上げ、空いている手で掴んだ。
アブラミ領主の言葉に“それ”は薄っすらと笑う。
「その女王陛下が開戦に応じているのに?」
「おお。それは困りました」
両手に持つ剣を構えてハウレムは不敵に笑った。
「それが本当に陛下の言葉であれば私も従いましょう。ですが陛下が最後に我々の前に姿を現したのはいつのことでしょうか?」
「……何が言いたい?」
「さあ」
出来るだけ努めて彼は笑う。相手を見下し嘲笑するように笑う。
「何処かの護衛が何処かの襲撃者に屈してから、女王陛下は我々の前に姿を見せなくなった……私の記憶ではそうなっていましたが?」
「……」
目の前に居る“それ”の気配が変わった。
一番触れられたくない過去の古傷を遠慮なく触れられて、憎悪にその身を焦がしているのだ。
「誰かがあの漆黒の殺人鬼に屈している隙に陛下の気が触れてしまったのが原因とも言われていますが……その件に関してどうお考えか? 陛下を守れなかった愚か者よ!」
「黙れ!」
殺意を振りまき“それ”は突進して来た。
ハウレムは数歩下がって迎え撃つべく身構える。
だがそれもフェイクだ。本命は、
「どずごいっ!」
残りの力を振り絞り立ち上がったキキリが渾身の張り手を“それ”に放つ。
間一髪で回避した存在は、自分に向けられて振るわれる刃を見た。
「舐めるなっ!」
だがそれすらも“それ”は回避した。
ヌルッとした軟体動物のような可動域で避けたそれは追撃は無理と判断し、一度2人から離れた。
「キキリ」
「はい。アナタ」
「まだ戦えるかね?」
「ええ」
フラフラと揺れながらも妻は迷うことなく声をかけて来る。
ならば自分もまだ倒れる訳にはいかないと、ハウレムは悲鳴を上げている心臓を胸の上から叩いて覚悟を決めた。
「ならばあの化け物に2度目の敗北をくれてやろう」
「まあ。それは本当に楽しいお誘いね」
「楽しんでくれるか?」
「ええ」
酷く痛めつけられた顔でキキリは笑う。
「アナタと2人であればどんな場所でも楽しめるわ」
「それは愉快だな。実に楽しみだ」
剣を構えてハウレムは一歩前に出た。
「我は元中央軍所属、両刀のハウレム」
「私は元リキシ……キキリ」
名乗り2人は化け物に突撃した。
軍人をしていると、女王陛下の姿を見る機会は極端に少ない。
賊の退治や部族間の争いで手柄を上げることが出来れば、褒美として女王陛下から褒美を得られる。その時だけは陛下のお姿を見ることができる。あとは常に会議に参加できるほどの地位を得られればだが……ハウレムにはそんな地位に就けるほどの後ろ盾が無かった。
個の実力がどれ程あっても望む希望は得られない。
故にハウレムは勉学に勤しんだ。
寝る間も惜しんで学び続け、武官から文官へと立場を変えた。
それからも仕事に励み続け、常に会議に出られる地位を得た。
ただ女王陛下の傍に仕える者には必要なことがある。手術だ。男性のシンボルを切り取るのだ。
迷いは無かった。迷うことなく彼は手術を受けた。
そして毎日のように女王陛下のお姿を見れるようになり、武官だった腕も買われてより近い場所で務めることが出来た。
あの頃が絶頂期だったとも言える。
ただ幸せは長くは続かない。
自分たち留守にしている時に、中央である事件が起きた。
他国の侵入者が中央の、それも女王陛下の居城で暴れたのだ。
前代未聞の事件だった。
だがハウレムはその事件のことを詳しく知らない。
何故なら彼らはその時別の……もっと重要な案件に関わっていたからだ。
「つ、ま……よ」
空に向けて伸ばしたはずの腕がどうなっているのかハウレムには分からない。
背中には怖いほど冷たく感じる地面の感触だけがある。
「つま、よ」
もう一度声を絞り出したが、そもそも声が出ているのかも分からない。
けれど時間は稼げたはずだ。来客者たちの姿を知る者をあの化け物たちが見つけ出すのは夜が明けてからだろう。
その前に彼らは上手いことこの街を逃げる。
あの青年の表情はいたずら小僧その物の顔をしていた。
「つ、ま……」
もう声が出ない。胸の鼓動が止まりそうだ。
と、自分の手に何かが触れた。そんな気がした。
「しっかり握ってあげなさい。アナタと一緒に死ぬことを望んだ妻の手を」
「……」
声が出ない。代わりに涙が溢れ出した。
残された力で必死に握りしめる。相手からの反応が無くとも彼は握り続けた。
「大丈夫よ。私は基本ハッピーエンドが大好きだから……今回はあの馬鹿者たちの手伝いにならない程度で暗躍してあげる」
何処か達観した声にハウレムは残りの力を振り絞った。
潰れている片眼は機能しないがもう片方が動く。
どうにか視線を向ければ、客人の妹……あの漆黒の弟子がその場に居た。
「だから安心して逝きなさい。死は終わりではない。次への始まりだと思えば気が楽でしょう?」
そう告げる少女は右目に金色の模様が浮かんでいる。
まるで伝説の……。
ハウレムはそれを確認し、笑いながら最後の吐息を吐き出した。
~あとがき~
シリアスさんが出て来ると話が長くなるねん。
今回はシリアスさんに頑張って貰いながらも不完全燃焼系で本編は続きます。
わざとです。ここで全てのネタバレを回避するためです。
まあ薄々謎は解けていると思いますが、この作者はど真ん中に魔球を投げ込むタイプですのでw
次回から2回ぐらいで魔眼の中の話です。
マニカがあれと遭遇します。あれですよあれ
© 2022 甲斐八雲
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