お前はつまり大国と戦えと?
ユニバンス王国・王都王城内
「これが朝一番で私の元に届けられた」
国王の元に届けられた書状は、最優先で送られてきた物だった。
どうやら昨夜の夕刻以降に送り届けられたらしいそれの発見が遅れたのには理由がある。転移魔法の無駄遣いだ。人ではなく手紙を送って来た弟の凄さに国王としては何も言えない。
だが最優先で送られてきたそれは、日々近衛団長の部下である密偵たちが運んで来る情報よりも重要かつ多くのことが綴られていた。
それを回し読みし、テーブル席で睨み合っている2人が互いに視線を向け合った。
「密偵衆の無能さが伺えますね」
「無能だろうが統率は取れている。どこぞの暴走メイドよりかはマシだ」
「「あん?」」
顔を合わせれば喧嘩がしたくなるのか、国王の目の前で先代メイド長スィークと現近衛団長ハーフレンが椅子から立ち上がり殴り合いでもしそうな雰囲気を漂わせる。
「お2人とも……陛下が居ります」
それを制したのは現メイド長だ。二代目のメイド長は2人に現実を知らせて喧嘩を止める。
「続きは陛下と私の居ない場所でお願いします」
本音を垂れ流し二代目メイド長フレアは紅茶の準備を始める。
深い深いため息を吐きだし、国王シュニットは額に手を当てた。
目の前に居るのは身内のはずだ。身内のはずなんだ。それなのにどうしてこの2人は頭痛の種なのか……本気で悩みそうになって気持ちを入れ替えた。
「問題は神聖国がこの国を攻めようとしている事実だ」
「面白い冗談ですね」
優雅に元メイド長が笑う。
「……報告書を読んだかババア?」
「ええ。どこぞの立って歩く獣よりかは耄碌していないので」
「「あん?」」
また立ち上がり殴り合いの喧嘩を始めそうな2人の前にフレアがティーカップを置いた。
「ですから続きは私の居ない場所でお願いします」
『陛下』の文字が抜け落ちた二代目メイド長も良い根性をしている。
燃え尽きた様子でシュニットは自分の眉間の皺を伸ばした。
「とにかくどう対処する?」
シュニットは投げやりにその言葉を告げた。
今朝は最近色々とやり過ぎているハルムント家のメイドたちについて責任者であるスィークから事情聴取をする予定だった。だが他国に出向いている弟が『神聖国と戦争します。だって向こうがユニバンス攻める気満々なんですもの。やっても良いよね?』と、たぶん本気であろう手紙を寄こしたのだ。
おかげで事情聴取の予定を変更しこうして事前協議の時間にした。したはずだった。
もう何の時間か分からずシュニットはベッドにでも戻って寝たくなっていた。
「陛下」
「何だ」
スィークの声にシュニットは顔を向ける。
「神聖国の対応は確かアルグスタに一任しているとか」
「その通りだが?」
「でしたらこの場で話し合うことなど無意味でしょう」
後継のメイド長が淹れた紅茶を口に運び、スィークは優雅に微笑む。
「彼が『戦う』と言っているのです。それを決定事項とし、どう援助するのかを考えるべきでは?」
「……お前はつまり大国と戦えと?」
「ええ。それに二度目です。何を恐れます?」
確かに弟であるアルグスタは夫婦で共和国と呼ばれる大国を攻めた。
ただあの国に根底から問題があり、一枚岩では無かった。だからこそ各個撃破を繰り返し大国の弱体化を実行せしめたのだ。
「だが神聖国は大陸西部に存在する大国。その国力は帝国と互角とも言われている」
「ええ」
国王の最もな答えにスィークは頷き応じる。その様子を眺めていたハーフレンが今度は口を開いた。
「ババア」
「小僧が口を挟むか?」
「おかわりですっ!」
強制的にティーカップを入れ替えフレアは2人の気勢を制した。
「……お前は確か過去にあの国を攻めたとか?」
「はて? 誰からそれを?」
国家的最重要機密事項を目の前の猿が知っていることにスィークは素直に驚いた。
シュニットも目を見開き叔母である人物を見つめる。
「秘密の漏洩は許すことの出来ない不祥事です。犯人を見つけ次第、」
「お袋がエクレアに子守唄代わりに聞かせていたぞ」
「……あの脳内お花畑は……」
前王妃に対する物言いとは思えない発言であるが、それを指摘する者はこの場には居ない。
「それでスィーク」
「はい陛下」
迷うことなくシュニットは問うた。
「攻めたと言うのは事実か?」
「間違いが存在しています」
「……どの部分だ」
それが重要だとシュニットは判断した。
「ちょっとイラっとしたので殴り込んで暴れただけです」
「……」
「ついでに女王を殺そうとしましたが色々あってやめました」
「……」
「暴れ足らなかったから最後に大暴れをして……実に楽しい場所でしたね」
遠い目でそんなことを告げるスィークを、シュニットはゆっくりと目を閉じて考えた。
間違っていた個所は何処か……おおよそ間違っていないような気がした。
「ババア」
「何か?」
「何処が間違っているんだ?」
シュニットの気持ちを知ってか知らずかハーフレンは迷うことなく声をかけた。
フレアは黙ってまた新しく紅茶を淹れ始める。
「これだから低能な猿は……聞いてて分かりませんでしたか?」
「ああ。短気なババアが昔から変わらず短気だという自慢話だったな」
「「あん?」」
「黙って紅茶を飲んでてください!」
2人の矛先を制するフレアを眺め『流石だ』とシュニットは素直に思う。
彼女が居れば少なくともユニバンス家は安泰だろうとすら思えて来るのだ。
「……何でも西部ではわたくしが暗殺を失敗して逃げ出したと言うことになっているとか」
「事実だろう?」
「お前の身に恐怖が何かを刻んで、」
「誰か蒸留酒を! もう酔わせてしまいましょう!」
フレアが救いを求めるように声を上げるがこの場には関係者しかいない。
唯一我関せずと言った様子でソファーで大股開いて寝ている王妃が居るだけだ。
『使えない。本当に使えない』
ぐつぐつと心の中で黒い感情を湧き上がらせ……フレアは王妃に殺意を向けた。
「どうもこの子は堪え性が無い」
スィークは殺意を振りまく二代目に飽きれた視線を向けて息を吐いた。
「わたくしはあれを殺せなかったのではないのです。殺さなかったのです」
「負け惜しみか?」
「いいえ」
軽く頭を振ってスィークはまた遠くを見た。
「アルグスタもきっとあの国の複雑で面倒な事情を知れば……まあそれをどうにかするのがあの子ですが」
「アルグだけは高評価だな?ババア?」
「ええ。あの子は年上を敬う心を常に持っています。どこぞの猿と違って」
「あはは。あれは目が腐っているからな」
「性根が腐っているのよりかはマシですがね」
「お前がそれを言うな」
「そっくりその言葉を返すとしようか?」
「「あ、」」
「来たわよ~」
殴り合いを開始しようとした2人を制するように窓の外からその声が届いた。
荷物を抱えて跳びこんで来たそれは床を転がり、勢い余ってソファーの上に立つ。
足元で何かが潰れているが気にしない。
「家族でのお話し合いって聞いたから急いで来たわ!」
誰であろう前王妃がその場にいた。どうやら今日は元気らしい。無駄に元気らしい。
ただその様子に一番狼狽えたのはフレアだ。やって来た前王妃が女の子を抱えていたのだ。
まだまだ幼い乳飲み子をだ。
「歩けない彼の代わりに孫を連れて来たわ! さあ話し合いを……あら? どうしてみんなして私を睨んでいるのかしら? 特にフレア。そんな魔道具まで動かして」
あははと笑う前王妃ラインリアにフラ~っとフレアが接近する。
自身が持つ魔道具を発動させて完全に臨戦態勢だ。
「うふふ。もうフレアったら……私とエクレアちゃんの仲を妬んでいるのね」
「いいえ違います」
完全に光を消した目で二代目メイド長は前王妃を見つめる。
「お出かけする時は抱っこ紐を使ってくださいといつも言っているでしょう!」
「だってあれって年寄り臭く見えるから」
「年相応です!」
何故か別口で始まった喧嘩にスィークとハーフレンが仲裁に向かう。
唯一現実世界に居るシュニットは、自分の机に山と積まれている書類を手に取り……仕事を始めていた。現実逃避するかのようにだ。
~あとがき~
ユニバンス王家の関係者が一堂に集まると…やはりカオスだなw
これにアルグスタとノイエが参加すると考えると怖くなります。
さてスィークが言うには自ら撤収しただけです。
神聖国で何が起きたのか…それは本編にて
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます