今回も一緒に頑張ろ~

 神聖国・北東部の街アブラミ



『スィークと言うかハルムント家の暴走が酷くてな……帰国したらお前をハルムント家専属の対応係にしようかと兄貴が言い出している。だから生きて帰って来い。楽しい仕事が待っているぞ』


 どこのどの部分が楽しいのかの説明を求む。


 全くあの叔母様は……ウチのメイド見習いまで巻き込むなと言いたい。

 ただコロネもスズネちゃんも頑張っているみたいだから何かお土産でも買っていくかな。


 無事に現実逃避を終え、寝ているノイエに膝を貸しているポーラに手紙を手渡す。

 受け取った彼女は楽し気にそれを読んで、途中から表情を正すと『戻ったらドラゴンくらい退治できるように鍛えないと』とか恐ろしいことを呟いている。


 君も叔母様寄りか? 寄りだな。間違いなく。

 あの2人にはお土産よりも休暇の方が良いのかもしれない。そうだ。また温泉に行こう。


 大きく息を吐いて眼前に近づいてきた街へと目を向ける。

 その街の名前を聞いた瞬間、ノイエのアホ毛が元気よく揺れた街が直ぐそこだ。

 理由は簡単。街の名前が『アブラミ』だからだ。僕も悪魔も一瞬自分の耳を疑ったが間違いではない。


 神聖国から一番近いゲートを出て陸路で来ると必ず訪れる玄関口だそうだ。

 そしてここが終着地点となる商人が多い。むしろ大半か。

 これから先は神聖国の住人では無いと進めないらしい。ユニバンスの密偵たちもこの街で足止めを受けているとか。厳密に言うとよその国の密偵もだ。


 事前に手続きを済ませていたので馬車は簡単なやり取りだけで石造りの門を潜り抜けて街に入る。

 露店も多く出ているし、人の行き来も多い。活気のある街だ。


 と言うか陸は続いているんだから相手の制止を振り切って次の街に向かえば良いんじゃないの? 何故それをしない? 密偵たちの怠慢か? それともサボタージュか?


「そう言う訳にはいかないんです」


 僕らの馬車にアブラミ到着前から乗り込んでいる人物がそう答えた。


「ほほう。理由は?」

「ここから先、次の街まで何もない荒野です。身を隠す場所も少ないので見張っている神聖国の巡回に発見されます。で、発見されたら問答無用で処刑です。その場でグサッとです」

「マジか~」

「それに定期的に上空をペガサス隊が通過します。正規のルートを通っていない状態でそれに発見されると問答無用で攻撃魔法です。ドラゴンを追い払える実力者の魔法が雨のように」

「嫌な雨だな」


 想像したらげんなりした。確かにそれなら無理は出来ないか。


 軽くため息を吐いて視線を移せば、街娘風の女性が座って居る。

 緑の髪と瞳が特徴的な密偵だ。密偵なのか? 僕の認識では案内係だ。それも共和国限定の。

 彼女の名前はエレイーナだ。僕らと共に共和国で大暴れした過去がある。


「暴れたのはお2人です。私は最後に捨てられて……どれほど苦労してユニバンス王国に戻ったか涙ながらに語りましょうか? 同僚たちも同情してくれたほどの感動冒険譚ですよ!」

「要らない。冒険譚とか言ってる時点で創作が混ざってそうだし」

「混ぜてないんです! ありのままを書いて提出したのに3回も『盛るのは悪くないんだ。読んでて飽きる辺りで盛り上がってくれるのは実にいい。でもこれは最初から飛ばし過ぎだろう? 出来たらご夫婦と別れた辺りからの大人しめな感じを最初からで』とか言われたんです! 私の孤軍奮闘はおまけですか! 酷くないですか!」

「上司と言う読者がそう判断したんなら仕方ないよ。うん」

「酷すぎる~!」


 頭を抱えてエレイーナが泣き出した。


 今回も僕らと行動を一緒にする……と言うのは大げさか。

 彼女の仕事はこの街での神聖国との窓口だ。何故彼女なのかは知らない。聞く気もない。


「で、交渉は出来そうなの?」

「……一応陛下からの書状を相手には渡したんですけどね」


 やはりウソ泣きだったのか、エレイーナがさっさと仕事モードに移行した。


「はっきり言うと、この国って何か色々と変なんですよね」

「変とは?」


 馬車の座席に座り直し、彼女は外に目を向けた。


「私が調べたわけじゃないので詳しく聞かれても答えられない部分もあるんですけど」

「前置きは要らん」

「はいはい。まず命令系統が2つあるんです」


 大国特有のあれか? 派閥か? 派閥はどの国にもあるな。


「……女王とそれ以外?」

「じゃなくてそれ以外が2つです」


 何よそれ? 部下が好き勝手していてそれを女王が容認しているのか?


「で、今回女王が口出しして来て命令系統が3つになったみたいです」

「僕の予想を根底から覆すな」

「知りませんよ。そうなんですから納得してください」


 納得などしたくはないが諦めよう。


「それで女王は良いとしてあとの2つは?」

「えっと……この国には宰相と呼ばれる地位がありまして」

「女王のすぐ下の地位だね。確か右宰相と左宰相だっけ?」

「何で知ってるんですか?」


 前もってとある小国でその手の情報を親切な人から教えて貰ったからだよ。


 まあおかげで何となくだけど……昔叔母様がミスった仕事の尻拭いを押し付けられた気もするけどさ。


「その2つが各々命令を出している感じです」

「良く国が2つに分かれないね」

「はい。命令系統が2つあってもそれぞれ重ならなければ揉めませんから」

「でも今回は重なったと?」

「はい。それも3つがです」


 結果としてエレイーナたちが陛下からの書状を持ってこの街の領主の所へ出向くと、2つの窓口をたらい回しにされたと言う。お役所仕事だと思えば問題無いだろう。


「あれならお役所の方が良いですよ」

「理由は?」

「たぶんですけど……あれってお互いをけん制しているから絶対に正確な情報が上に届きません」

「都合の悪い部分も良い部分も脚色されてってヤツか」

「ですね」


 あっさりと認めるな。


「……良し。帰るか」


 間違いなく厄介ごとが待っているしね。ここは戦略的に撤退で良い気がする。


「実はそうもいかないんですよ」

「何で?」


 エレイーナは少し困ったような表情を浮かべる。


「実は……あくまでこの街で出会った他国の密偵から得た情報ですよ?」

「手段は聞かないよ。密偵の仕事に口出しする気は無いしね」


 密偵の長は馬鹿兄貴だ。僕はあくまで対ドラゴンの責任者ですから。

 だから密偵たちがどんな手段でどんな情報を得ても文句を言う気は無い。


「どうも神聖国はユニバンスを攻める気みたいなんです」


 はい?


「どうやって?」

「えっとこの辺は先輩たちが昔立案した作戦を流用して説明することになるんですが……」


 エレイーナが言うには陸路や海路を進んでユニバンスへの攻撃は不可能だ。

 理由は簡単。海路は大型のドラゴンの住処である。そして陸路にはドラゴンと人の国がある。

 進軍し辛いのでこの方法は却下となる。ならどうする?


「ゲートです」

「だよね」


 今回の移設でユニバンスは王都の近くに門を設置した。

 おかげでそこから兵を送り込まれると、いきなり王都落城と言う可能性が発生する。

 ただ当たり前だけどユニバンスの上層部も馬鹿ではない。


 門の傍には国軍と近衛の精鋭部隊が配置されているし、門の傍に出来つつある街にはあのハルムント家のメイドまで配置されている。僕なら普通攻めない。


「つまり出会い頭の大規模魔法?」

「それが有力です」

「ふ~ん」


 なら問題は無い。と言うかウチの先生を馬鹿にしているのか?

 あの門の移設をしたのはアイルローゼだぞ? それにホリーとかの知恵も借りている。そんな天才が出合い頭の大規模魔法対策をしていないと本気で思っているのか?


「それ以外だと?」

「後は少数精鋭ですね」

「良くある暗殺者祭りか」

「……」


 僕が良く食らう攻撃でもある。攻撃を受ける身にもなれと言いたい。

 あれは精神的にも肉体的にも辛いんだよな~。


「それはしばらく……あっダメか」


 大陸西部からの移動者を警戒しても意味が無い。

 一度違う場所に移動してからユニバンスに来れば良いのだ。それをされたらすべての移動者を警戒するしかない。


「なら別の方法だな」

「別ですか?」

「そう」


 実に簡単で実効性のある方法だと僕は思います。

 問題は馬鹿兄貴がそれを許可するかだけど……まあするでしょう。


「今回は個人的に色々とあるから厄介ごとは他人に振りましょう」

「……何を企んでいるんですか?」

「ちょっと神聖国と戦争しようかなって」

「……」


 見る見るエレイーナの表情から血の気が失せていく。


「またですか~!」


 またとは失礼な。そっか。エレイーナ的にはまたか。


「今回も一緒に頑張ろ~」

「嫌です。私は国に帰ります。絶対ですから~!」




~あとがき~


 忘れた頃に湧いて来る女…それがエレイーナ。

 ユニバンスの密偵衆に所属する不幸な女性です。今回もくじ引きでハズレを引いてアルグスタの元へやって来ました。ですが持ち前の不幸を発揮し、大国相手の戦争にお付き合いです。


 アブラミって中東とかに存在しそうな気がしませんか?

 子供の頃に地図帳を広げて結構本気で探したりしましたけどねw




© 2022 甲斐八雲

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