餌に語る名は無いな

 大陸西部・神聖国



 頭を抱え1人の人物が歩いていた。

 彼はこの国に仕える文官だ。特筆すべき特徴は無い。

 強いて上げれば髭が濃いぐらいか。と言うか体毛が全体的に濃い。


 抱えていた頭から手を放し彼は自分の左右の腕を掻く。

 精神的に追い詰められ過ぎて意味もなく痒くなって来たのだ。


 原因は分かっている。

 いつも通りの内部対立だ。

 だからこそ始末に負えない。


 神聖国は代々女王が支配している国……と言われてはいるが実際は違う。

 女王は象徴であり、この国で最も尊い人物だ。


 そんな人が下々の厄介ごとである“政治”などと言う些事に関わることは普通無い。

 例外も存在しているが、ここ百年以上は起こりえない出来事であった。


 だがそんな例外が生じてしまった。


 東の小国、ユニバンス王国がこの大陸に古くから定められていた法を犯したのだ。

 万死に値する行為であり直ぐにでも兵を差し向けて亡ぼすべき蛮行である。

 しかし心優しい女王陛下はそんな蛮行を知っても慌てなかった。


『所詮は東の小国……泡沫のように湧いて出た国でしょう。きっとこの大陸の法など知らなかったのです』


 そう代理人を介して下々の者たちに伝え、そして彼女は対処法を告げた。


『その小国から事情に詳しい者を呼びなさい。まず説明を受けることが大切です。話し合うことが大切です』


 それで話が終わった。終わったはずだった。だが終わらなかった。勝手に話が続いてしまったのだ。

『女王陛下の御心を乱した愚か者たちに慈悲など要らない。もし説明して理解できないようであれば……亡ぼせば良い』と。


 結果として大遠征の準備が必要となった。


 遠征と言っても陸路を進んでいくのは正直無理だ。

 大陸の中央には“帝国”と呼ばれる大国がある。商人たちの言葉では最近魔道具の実験を失敗して帝国内で惨劇が生じたらしいが、それでも相手は大国だ。そう簡単に滅ぶようなこともない。

 そんな場所に兵を進めれば戦争となる。


 運の悪いことに神聖国は帝国との外交窓口が存在していない。

 と言うか大陸西部以外の他国との関りなど建前だけだ。冠婚葬祭があれば挨拶程度に人員を派遣する程度だ。


 それがこの神聖国の悪い所でもある。


 政治の全てが内側に向けられ、内需拡大ばかり模索して来た。

 外などに関われば無駄な労力を削がれるばかりだからと、徹底して壁を作ったのだ。

 その政策は成功したとも言える。国力は豊かになり、兵も強く育った。

 これほどの強国が外に目を向けないのが不思議だと思うほどに……けれど神聖国は決して侵略はしない。女王陛下がそれを禁じて来たからだ。


『でもこのままでは……』


 文官はまた頭を掻いた。


 最悪なのは2人の宰相が共に出兵に対して不満を口にしていないことだ。

 過激でありドラゴン退治を行っている右宰相が積極的なのは分かる。だが国内の内政を引き受けている左宰相までもが反対しないのは想定外だった。


 年若き文官たちは出兵に傾いた上層部の判断に慌てた。

 けれど年老いた文官たちは慌てなかった。理由は至極簡単な物だった。

『不満解消だ。常にドラゴン退治や賊の退治ばかりしている兵たちの不満を解消したいのだ』と。


 そんな理由で戦争をすることなど理解できなかった。ただ他の老文官がこうも言っていた。


『娯楽だよ。いつも麻雀だけ興じて満足などできまい。人は他者を制することで享楽を得ることもあるのだ』と。


 まるでそれを知るかのように語る老文官たちが不思議でならなかった。

 だがその言葉が良くなかったのもまた事実だ。若者たちが焚きつけられて逸ってしまった。

 ユニバンスの使者など来たら八つ裂きにし、その死体と一緒に開戦通告をすべきだと騒ぎ出した。


 一歩下がりそれを見ていた文官は、人に伝播する熱病の恐ろしさを垣間見た。

 普段大人しい同僚たちまでもが、ゲートをどう使い兵を送り込むのかを考えだしている。

 どれほどの人を殺せるのかを真剣に話し合っているのだ。今もまだ。


『どうにか女王陛下に取次ぎをして皆の頭を冷まして貰わなければ』


 そうしなければ自分たちは女王陛下の命令に背くことになる。

 絶対服従である自分たちが、最も尊き存在の命令に従わないこととなる。

 それは絶対に許されざる行為だ。


 迷路のように入り組んだ廊下を進み、彼は奥へ奥へと進んでいく。

 何回も手続きをし、自身の権限をフル活動して……どうにか奥へと進む。

 あと少し。もう少し行けば、女王陛下の住まいへ通じる通路へと出る。


 その先には流石に進むことはできない。

 陛下の御所には選ばれた者しか立ち入ることが許されない。

 せめてその手前まで生き、陛下付きの女中に言伝を頼めれば……と、彼は立ち止った。


 通路の先、角から言いようのない不穏な気配を感じた。

 見た限りは何も変わらない。極普通の廊下のはずなのだが、そこはまるでドラゴンが口を開けて待っているかのような……ただただ恐ろしさだけを感じる。


「きゅひひ。人の身でそれを感じるか?」

「誰だっ!」


 慌てながら彼は壁に背中を押し付け辺りを見渡す。

 石壁に背中を預ければ少なくとも自分が確認するべきは左右と前方のみだ。

 そう思ったが……彼の右肩に“背後”から伸びて来た手が置かれた。


「楽しめよ人間。祭りは良いモノだろう?」

「うわっ!」


 耳元で囁かれた言葉に彼は逃げ出そうとする。

 けれど掴まれた右肩が、体を動かすことができない。まるで石壁に引きずまれそうな……


「んっ」


 間の抜けた声と一緒に前方から物凄い圧を文官は感じた。

 自分の右肩の上を……拳が通り過ぎたのだ。


 ドゴンッと腹の底まで響く鈍い衝撃により、彼は拘束から逃れ前のめりで床に崩れ落ちる。

 大きく息をして……ゆっくりと顔を上げれば、神聖国最強の片割れが居た。


「アーブ様?」

「……」


 相手の名を呼んでも何も答えない。その人物はとにかく無口で有名だ。

 神聖国のドラゴンスレイヤーの1人にして近隣の国々に出るドラゴン退治をして回る人物。左宰相の手駒であり、今も小国で発生するドラゴン退治をしているはずの人物だ。


「どうしてアーブ様が?」

「……」


 フード付きのローブを頭から被る小柄な人物は、ガサゴソとローブの中で何かを探し出すとそれを取り出した。小さな黒板と白墨だ。

 それで何やら文字を書くと文官に黒板を渡した。


『ボクじゃない誰かがドラゴンを退治した。きっと東から来た使者だ。会いたい』


「それは……」


 そんな報告など文官の元に届いていなかった。

 使者が来ているのであればその報が届く地位に居るが、彼の耳には入っていない。


「まだ訪れていないか、それとも……」


 コクンと頷くアーブは黒板を回収すると、一度文字を消してまた書き出した。


『それに今のはかなり怪しい。陛下の身に何かあれば大変。だからボクはまず陛下の元へ』


「それが良いと思います。もし陛下の身に何かあれば」


 最悪の事態を想定するに、相手の国がこちらの意図を読んで手練れの暗殺者を放って来ている場合だ。これは厄介だ。下手をすれば開戦派が今以上にその気になってしまう。そうすればこちらも暗殺者を送れるだけ相手国に送りつけ……それ以降はゲートを使った物流が壊滅的になってしまう。


 どちらもゲートを使って来る者を拘束し尋問し始める。そうなれば商人は両国に訪れなくなる。


「アーブ様。陛下をお頼みします」

「……」


 無言で頷き駆け出して行った人物を見送り……文官は小さく息を吐く。

 何かこの国に言いようのない闇が広がりだしているような気がするのだ。


「平和が一番だと言うのにな」


 本心から告げ、文官はその場を後にしようとして……床に両膝を落とした。


「平和なんてつまらない。そうだろう人間?」

「……お前、は?」

「私か?」


 アーブの一撃を受けて生き残ったのか、それとも食らっていなかったのか……謎の存在がまた文官の前に姿を現した。ただ彼はその姿を見て、その存在の容姿を表現する言葉が思いつかない。

 トカゲのような肌質をした人の形をした何かだ。特に違うのはその大きくクルクルと動き回る目だ。


「竜人だ。名は……餌に語る名は無いな」


 ズルリと文官の胸から自身の腕を引き抜き、竜人と名乗った存在は大きく口を開いた。

 そしてまだ息のある文官を頭から嚙り付いて……その場には壊れた石壁と血液らしいシミだけが残った。




~あとがき~


 アイルローゼの話が気になる所で神聖国です。

 こちらも何か色々ときな臭い感じで…竜人おるやん。


 主人公たちが移動中に退治したドラゴンの死骸を確認したのがこのアーブです。

 神聖国に2人居るドラゴンスレイヤーの1人で、一人称は『ボク』ですw

 つかこんな場所に向かう主人公たちは大丈夫なのか?


 明日はきっと主人公視線でしょう。

 つまり無気力でやる気のないダラダラした感じになるかと。

 それで良いのか主人公サイト?




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る