これだからアニメ弱者は

 大陸西部・とある宿場町



 不思議なことに旅は順調に来てしまっている。


 最も不思議なのは、ウチの国の密偵って優秀過ぎないか? ほぼ毎日手紙を届けに来るんですけど? 僕らってそんなに目立ってる?


 確かに特徴的な姉妹が居ることは認めよう。だがそれにしても確実に追いかけてきているよね? 常に見張りでも置いてるの? そんな命知らずなことをするなと上司に言われている? その上司は仕事の出来る人だな……ちなみに馬鹿兄貴とか言わないよね? あの筋肉ダルマは長であってその下に隊長が居ると? 常に最前線で仕事をしている人物?


 ウチの国にもそんな勤勉な人は居るんだね。我が隊のニートとか元売れ残りとかに爪の垢を煎じて飲ませたいよ。

 で、どうして僕らの居場所を……行き先が分かっているから追いかけるのは楽だと。それもそうか。何より目立つしと。そんなに目立ってる?


 世間話を振って来た行商人に扮した中年男性の密偵さんが静かに視線を巡らせる。


 本日もウチのお嫁さんは両手とアホ毛を駆使してフードファイターをしている。

 最近は『三つ又トライデント』とか呼ばれ、立ち寄る食堂で大飯ぐらいの猛者たちに挑まれては返り討ちにしている。

 もちろん負けた方が食事代を支払うので、僕らは最近宿代しか払っていない。


 で、ウチの妹様は姉の戦いを賭けの対象にして胴元をしている。

『私は優しい女よ。だから日本国の行い以上に儲ける気は無いわ』とか言ってオッズを出している。農林水産省が管轄しているあれって確か、売り上げの2割から3割を設けにしているんじゃなかったっけ? うん。日本国より暴利でないなら問題ない。何せ国営より優しい設定なのだから。


「大人しいでしょ?」

「……」


 僕の言葉に密偵さんが深いため息を吐き、静かに本日分の手紙を寄こして来た。




『ねえ? あのスズネって子はどうにかならないの? 何なのあの子? おかしいんだけど!』


 主に書かれているのは王都の様子だ。クレアかフレアさんが手紙を書いているらしく、フレアさんからの手紙は昔と変わらず業務内容の報告のようで素っ気なくて味気ない。ただ必要な事だけはバッチリ載っているので読み終えてから『あれの報告は?』とかにはならない。


 対してクレアの手紙は愚痴やら自分が見た物のこととか書かれていて行数を無駄遣いしている。おかげで報告が抜けてたりするんだけど、まあ王都の様子が手に取るように分かるので許せる。


『何かせんぱいの師匠にものすごく気に入られてるんだけど! 大丈夫なの? 昨日なんて「人を三枚に捌くことは可能ですか?」とかわたしの方を見ながら、あの怖いオバサンにそうだんしてたんだけど!』


 今日の報告はクレアらしい。色々と王都のこととか書いてあって……そうか。最近ユニバンス王都は雨続きなのか。おかげでノイエ小隊は完全に開店休業状態で、ルッテが僕の執務室に仕事場を変えて居座ってると。チビ姫に胸を揉まれながらケーキを食べていると。

 チビ姫が音頭を取って人妻3人娘を結成してとか言い出したか……人妻なのに娘っておかしくない?


『早く帰って来てよ! 最近ハンコを押しすぎたせいか、色々とえらい人がしつむしつを覗きに来るようになって「アルグスタどのは本当に西部に行っているのか?」とか良く聞かれるんですけど!』


 モミジさんも無事に王都に戻って今は女子寮を出て2人で暮らせる愛の巣を捜索中か。

 一応裏から手を回して防音性能に優れた住まいを何か所か紹介するようにしてあるけど、あの2人ってば欲情すると見境なくやりだすからな。公然わいせつまでは責任取れんな。


『もう本当にげんかいなの! おねがいだから!』


 後は馬鹿兄貴がフレアさんと喧嘩した? なんて命知らずな……ふむふむ。それは馬鹿兄貴が悪いな。娘の婚約者を今から決めようとするなんてエクレアは貴族じゃないんだから。これは圧倒的にフレアさんが正しい。帰ったら馬鹿兄貴を馬鹿者呼ばわりしよう。

 今日の所はこれぐらいか。


「返事書くのめんどいから口頭で」

「はぁ」


 読み終えて手紙を懐に押し込みながら僕は密偵さんに顔を向ける。


「コロネに『甘えるな』と」

「……」


 きっとクレアに我が儘を言って手紙の端に書いたのであろう訴えから、ヤツのセンスの無さを強く感じた。


「それと『お前に求めているのはこんな文章じゃない』も伝えておいて」


 本当にあの馬鹿娘は、帰ったら悪魔と一緒に再調教だな。


 言葉遣いや態度がツン化してもこんな手紙の内容でミスするようじゃダメだ。文章からでもツンを感じさせるようにしなきゃならない。

『まだ帰って来るには早いと思うけど、帰りたければ帰って来ても良いんだからね! わたしは喜んだりしないけど周りの人は喜ぶんじゃないの! ふんっ!』くらいは最低でも書けと言いたい。


「……畏まりました」


 何故か表情を引き攣らせながら密偵さんは、机の上に硬貨を一枚置いてノイエの勝利を称えながら食堂を出て行く。

 大半のお客さんが悪魔の元で駆けの払い戻しを済ませ、勝者であるノイエが座って居る机に硬貨を一枚置いては勝者を称えて立ち去っているから間違いではない。違和感はない。


「アルグ様」

「ほい?」


 机に突っ伏している挑戦者を無視してノイエは楽し気にアホ毛を揺らしている。


「まだ食べたい」


 その言葉に挑戦者が口元を押さえて駆け出して行った。


 君はウチのお嫁さんを甘く見過ぎていたのだよ。何よりノイエはアホ毛を使い続けている以上空腹になって行くと言うチート能力付きだ。ぶっちゃけ無尽蔵に食べられる。


「あと何品かにしておきなさい」

「むぅ」

「夕飯食べられなくなるよ?」

「……分かった」


 また何人か口元を押さえて走り出した。

 みんな勘違いしているのかな? ノイエが今食べているのはただのお昼ご飯ですから。お昼の後に夕飯は食べるでしょう? 少なくともノイエは食べます。


 払い戻しを終えた悪魔がノイエが座って居る机から積まれた硬貨も回収して戻って来る。


「今日も大儲けね」

「旅費が浮いて助かるけどね」

「そうね」


 僕の前に置かれている硬貨も回収し、ピンっと指で上に弾くと何故か落下して来たそれに向かい右の拳を打ち放った。


「レールガン」

「何それ?」

「ふっ……これだからアニメ弱者は」


 あん? 田舎の人間に喧嘩売ってるなら買うぞ?


「で、今のは何よ?」

「ん~」


 頬に指を当て密偵さんが使っていた椅子に腰かけた悪魔は、嫌な笑みを浮かべた。


「嫌な気配がしただけ」

「はぁ?」


 そんなことで怪しげな攻撃をするなと言いたい。

 僕の気持ちを理解してくれない悪魔は、手招きで給仕をしている女性を呼び出す。


「何か飲み物。甘いヤツ」

「はい」


 漠然としたものを注文し、悪魔はこっちを見た。


「私ってトカゲの類が嫌いなの」

「あっそう」


 つまり今の攻撃でたまたま視界に入ったトカゲさんがお亡くなりになったと言うことか?




 大陸西部・神聖国



「ほほう」


 それは身を潜ましながら声を発していた。


 不意の声に見張りをしている人間が辺りを見渡しているが、自分を見つけられることはない。

 本当に無能で低能な餌だ。家畜と何ら変わらない。


『私の眷属を見抜き仕留めますか。つまりあれがユニバンスの使者ですか』


 良くは分からなかったがたぶん人間が2匹くらいだ。

 ゲートの使用金額は割高だから……東の小国だとその程度の数が精いっぱいなのかもしれない。


『ただあの国に赴いたテンテルトン司祭は気を付けろと言っていましたね』


 様子見で小国ユニバンスに出向いた知り合いの言葉を彼は思いだした。

 疎かには出来ない。他人の注意や警告を聞けない愚か者は必ず死に至る。


『大陸南東部を任されていた暗竜バルグドルグ司祭もユニバンスで殺されたとか。まああれは弱い力を策でカバーしようとする弱者。たぶん自分の策に溺れて自滅したのでしょう』


 それが分かっているなら自分がすることなど決まっている。

 決して自惚れずに今まで通りこの神聖国を裏から支配するのだ。

 余計な手は打たず確実に、堅実に。


『さて……お腹も空きましたし、食事にするとしましょう』


 目の前には馬鹿な人間が居る。それも1人でだ。

 ならばこれを餌にするのは楽でよい。




~あとがき~


 テンテルトン…主人公たちの結婚式に参列していた。

 バルグドルグ…闇落ちフレアで主人公が玩具にした噛ませ犬。


 凄いだろう? 作者だから忘れずに覚えているんだぜw


 一応3人目…の名前付き竜人になるはずの敵です。

 名前が出ていないなら馬車の中で共和国の魔女を口説いていた人物とか居ますけどね。


 竜人さんたちは大陸のあっちこっちで悪さしています。

 それにはちゃんとした理由があるんですけど…まあその辺の話は後々ですね。


 次は…アイルローゼと思わせておいて~の!




© 2022 甲斐八雲

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