美味しくないお肉なの
大陸西部・とある小国の王都
「私が勝っているから誰かが密告したのよ!」
「はっきり答えてたやん」
「気のせいよ」
僕が脇に抱いている悪魔が器用に胸を張る。
どこぞの馬鹿は麻雀をしながら『何処から来た?』『何歳だ?』とか聞かれる度に答えていた。ついでに『ウチのメイドにならないか?』などの声も出ていたが、悪魔は自分を安売りしないらしい。安売りはしないが安物のような扱いには不満を言わない。
抱えているのも辛いので肩に担ぎ直した。
「リベンジよ!」
「出禁だろ?」
「保護者が居れば入れるって言ってたわ!」
「入れるが打てないだろう?」
「……解せないわ」
ようやく黙ったので僕は視線を巡らせる。
今回の勝ちはノイエの勝利だから、稼ぎは全てノイエに手渡した。
硬貨を詰めた巾着袋を持った無表情の美人。
美人局を疑いたくなるほどの強力な餌だな。馬鹿な野郎なら絶対に釣れる。
ただ大陸の東側では最強の名を欲しいままにしているノイエだ。彼女が簡単に負けるとは思えない。
その証拠に今だって後ろ手に巾着袋を持っている。
やって来いスリの類と言いたげだな……ただノイエは知らない人が近づいて来ると自然と回避するんだよね。だから誰も彼女から巾着を奪うことはできない。
今もまた屋台を眺めながら誰かが伸ばした手を華麗に回避した。
「ノイエ」
「はい」
それ以上汚い野郎共のやる気を増す行為は止めなさい。
お金が無くても君はその美しさだけで野郎共を呼び込んでしまうのだから。
だから彼女を呼び寄せる。
替わりに荷物になって来た悪魔を放り投げると、ウチのメイド様はクルっと回転してから着地した。
器用にスカートを押さえながらサービスカットを避けるのは何故だ?
隙あれば見せると言うのに……悪魔の考えることは良く分からん。
「食べないの?」
「はい」
ずっと屋台を見て回っているがノイエは買い物をしない。
食べ物の屋台ですらスルーだ。どうした?
「どうして食べないの?」
「……」
軽く首を傾げてノイエが僕の腕に抱き着いて来る。
と同時に巾着袋を悪魔に投げつけ……君の前世はアシカか何かか? 器用に額で上に弾いてキャッチした。ただ硬貨が詰まっているという事実を忘れていたのか、巾着をエプロンの裏に隠すと額を押さえて蹲った。
「で、ノイエ」
「妹の体に愛を」
「馬鹿に付ける薬はない」
バッサリと悪魔を無視してノイエを見る。
体調が悪いとか……ノイエの辞書には無い。あの日だとしてもノイエはご飯を食べる。なら何だ?
「アルグ様」
悪魔との会話をしている隙にノイエが話し掛けて来た。
はいはい何でしょうか?
「お腹空いた」
「……」
全ての屋台を無視して何を言っているのでしょうか?
「ならその辺の屋台で……ノイエさん?」
全力で抱き着いて来たノイエに買い物を制される。
お嫁さん。君は何がしたいのかな?
「お姉さまはここで買い物をしたくないのよ」
その理由を聞きたいのだが?
「理由は簡単よ」
小さな胸を張って悪魔が踏ん反り返る。
そろそろ怒るぞマジで。
「そこのお肉は美味しくないお肉なの」
「はい?」
「だから人が食べるには宜しくないお肉なのよ」
「どんな肉よ」
ドラゴンの肉は毒だと言うから……それか?
だが悪魔はスッと僕に指先を向けて来た。
「同属の肉って食べると毒なのよ。知ってる?」
「……知りたくない話でした」
何故そんな肉を屋台で売っている?
「その辺の話は宿にでも戻ってからにしましょう。そろそろ団体さんでこっちに来るわよ」
「何が?」
「これを求めて……」
両手でスカートを摘まんで悪魔がエプロンを振るって見せる。
つまり巾着ですか?
「それに何処かのお姉さまは大変美しいので」
「知ってる」
「そんな大輪の花を見せびらかせば……厄介ごとが向こうから転がって来るわよ」
言いながら悪魔はエプロンから箒を引き抜いた。
「お姉さま。とりあえずあっちに向かってお兄さまを抱えて跳んで」
「……お腹が空く」
「行けばご飯よ」
「はい」
あっさりと僕を抱え上げてノイエが地面を蹴った。
~あとがき~
ギャンブル回と見せかけての別の話に突入します。
そして今日も普段の半分しか書けず…ごめんなさい。
来週ぐらいからは仕事が落ち着く予定なのでちゃんと執筆できると思います。
つかさっさと神聖国に行けと言いたい
© 2022 甲斐八雲
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