閑話 28

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「本来ならお屋敷の方に向かうべきでしたが時間も時間でしたので……ところでミネルバさんは?」

「……」


 フルフルと全身を震わせているメイドに対し洋服姿のモミジは動じない。

 相手が半裸に近い格好で居たとしても気にしない。いつも身に着けている無骨な義腕を奪い取られ、同僚らしい人物が頬擦りしているが気にしない。気にしない。


「コロネさん?」

「……ミネルバせんぱいは、おやしきです」

「ですが」

「こうがいの方でなくて、あっちの」

「ああ」


 少女の言葉にモミジは納得した。

 ミネルバと言うドラグナイト家に仕えている優秀なメイドは、あのハルムント家の出身らしい。

モミジとしては一度行ってみたい場所であるが、何故か全力で拒否されている。ハルムント家の女主人と親しい上司が言うには『ミカンの中に痛んだミカンを入れると腐るんだって』と言っていた。正直言葉の意味が分からない。腐った物を中に入れれば腐るとは思うが……『その言葉の意味が分かるようになればあの屋敷に行けるかもね』とも言っていた。


「それは困りましたね」


 上司の机を預かる少女……コロネに対しモミジは首を傾げる。

 自分の従妹を押し付ける予定が狂ってしまった。もう出来れば早く帰って彼との愛の巣を決める予定だったのに……これは宜しくない。本当に宜しくない。


 一瞬考え込んだモミジは下げていた顔と視線を上げ、コロネを見た。


 ドラグナイト家に仕えるメイド見習いらしい。あの天才少女と名高いポーラ・フォン・ドラグナイトの愛弟子とも聞く。愛弟子だ。つまり従妹を押し付けても問題はない。見習いなのにもう弟子の誕生だ。凄いことだ。


「と言う訳でこの子をお願いします」

「へっ?」


 背後に控えていた従妹の手を引きモミジはコロネに丸投げする。

 大丈夫。相手は天才児の弟子だ。


「これがアルグスタ様から預かった手紙です。では宜しくお願いします」

「まって! まってください!」


 さっさと踵を返して立ち去ろうとするモミジをコロネは引き留めた。

 このまま逃げられたら流石に色々と宜しくない。何よりあの主人の手紙など『宜しく~』ぐらいしか書かれていない不安がある。信じられない。


「せつめいしてください!」

「ですから手紙が?」

「それでもです!」


 必死にコロネは相手を引き留める。

『もし手紙に説明的な物が載っていなかったら後で説明しに来てもらう可能性が!』などと必死に説得を続けモミジの足を止めた。


「私の従妹です。ポーラ様を見てメイドに憧れたそうです。それで彼女に弟子入りをしてアルグスタ様がお許しになりました。なので後をお願いします」

「ザックリ! おどろくほどに性急すぎます!」

「と言われましても……概その通りなので」

「あのご主人様は!」


 憤慨するコロネに休憩していたクレアがゆっくりと顔を動かす。

 その目はとても優しく、コロネを見つめる様子は『仲間が増えた』と物語っていた。


 ひと通り怒った少女は両肩で息をしながら、渋々手紙を受け取るとそれを開いた。


『よろ!』


「しく、すらもない~!」


 怒りに任せて手紙を丸めて床に叩きつける。

 スタスタとコロネの元へ1人のメイドがやって来ると、床に転がる手紙を手に取り……その紙に花瓶の水を軽くかけた。


「……文字が浮かんでこない?」

「何がしたいの~!」

「ああ。そうか。火で炙ると文字が浮かぶヤツですか?」

「ウチのご主人はそれが普通なの! 普通に嫌がらせをしてくるの!」

「……ちっ」


 何故か舌打ちをしてメイドは持っていた紙を屑箱に叩き込むと、何事もなかった様子で部屋を出て行った。


「むが~!」


 また怒ることを思い出したコロネは騒ぎ、クレアはお茶をし、もう1人の変人は義腕を抱きしめて頬擦りをしている。

 余りの様子に呆気にとられた少女……スズネはチラッと従姉の顔を見た。


「モミジ様」

「これがここだと普通のことです」

「……」


 普通だと言われると……そう言えば村に居たあの夫婦も中々に凄かった。

つまりこれが普通なのだろう。普通なのだ。考えない。慣れよう。頷きスズネは一歩進んで深々と頭を下げた。


「はじめまして。わたしはスズネ・サツキと申します。本家すじの人間ではないですがよろしくお願いします」


 とても幼い少女の挨拶とは思えないほどの丁寧な物だった。

 そして顔を上げたスズネは改めて自分の従姉に視線を向ける。


「モミジ様」

「なに?」

「ところでこちらのお方はどうして下着姿なのでしょうか?」


 スズネの悪気の無い純粋な質問に対し、直でダメージを受けた者……コロネは何故か片方の腕で自分の頭を覆った。


「……見ないでください……」


 消え入りそうな声を発しコロネは机の下へと潜っていたのだった。




「そう言うことですか」

「せんぱい。理解したのですか?」


 ミネルバとて理解などしていない。ただ慣れただけだ。


 コロネの報告を受けたミネルバは、頬の傷の手当てを素早く済ませるとまずスズネを見つめた。

 まだハルムント家で鍛錬をして来たばかりだから気が高ぶっているのもある。それもあるのだが……スッと腰を下ろし、一瞬で間合いを詰めて少女の顔面に向け正拳を放つ。

 スズネと言う少女はその一撃を迷うことなくバックステップで回避する。が、ミネルバはもう一歩踏み込むと追撃の正拳突きを放つ。

 それも少女は難なく回避して見せた。


「なるほど。流石ポーラ様です」


 攻撃を回避されたのに満面の笑みを浮かべるメイドにスズネは内心恐怖する。

 今の一撃は次期村長と言われているカエデの攻撃に匹敵する凄さを感じたからだ。


「良いでしょう。ポーラ様が居ない間は私が先輩メイドとして貴女の指導をいたしましょう」

「宜しくお願いします」

「良い返事です」


 小さく頷きミネルバはその視線をコロネに向けた。


 今日はやって来た変人……ノイエ小隊副隊長イーリナに掴まり義腕を奪われ、挙句に下着姿で部屋の中を徘徊していたと聞く。


「まあ取り合えずコロネ」

「はい?」


 首を傾げるコロネにミネルバは容赦なく殺気を叩きつけた。


「今日は一日存分に遊んでいたとか?」

「ちっ違います」


 いかに自分が大変だったかをコロネは説明する。

 説明するが……相手は言い訳など受け付けないハルムント印の戦闘メイドだ。

 今も冷ややかな目を向けて来て……これは間違いなく何も信じていない者の目だ。ガラス玉のような目をしている。


「あの~せんぱい」

「大丈夫です」


 グッと拳を握る相手にコロネは悟った。


「何発か殴れば貴女もやる気が湧くでしょう」

「いや~! 」


 本気で殴って来た。

 コロネはそれに追い回されながら……全力で逃げ出す。

 そんな様子をスズネはただ黙って見つめていた。


 遠くて変な場所に来てしまったと若干後悔をしながらもだ。




 これが後に『ドラグナイトの双璧』と呼ばれるようになるコロネとスズネの出会いであった。




~あとがき~


 1600話目です。ですが何も変わらず安定のコロネですw

 超が付くほど真面目なスズネの登場でコロネはこれから…まあ頑張れ。


 またリアルが多忙に向かいつつあります。

 主な理由はコロナで出勤できなくなった人が増えつつあるからです。

 このペースだと普通にパンクするな。もう無理(泣)

 そんな理由もあって今日は泣く泣く閑話でした。


 明日からは神聖国編の本番開始です。

 たぶんバトル多めの予定なんだけどな~どうなるのかは神のみぞ知るってやつです!




© 2022 甲斐八雲

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