出し惜しみをしているのなら戦争だぞ?
大陸西部・サツキ村
「おほほ……この度はウチの者を含めて大変失礼を」
「ですな~」
僕の前には浅葱色の着物を身にまとった妙齢な美女が居る。
色々な報告と言うか無礼を働いた村の人たちのことを笑い飛ばして見せる人物。
マツバさん。カエデさん。モミジさんの母親だと自己紹介を受けている。名はアゲハさんだ。
若干着崩れている着物の胸元がエロい。ノーブラですか? モミジさんの巨乳は貴女譲りですか?
「アルグ様」
「にいさま」
「……」
横から姉妹の注意を受けたので視線は相手の顔へ。
顔の作りは日本に居た頃に見た女優さんのように美しい。
化粧っ気が見えないだけにその凄さがうかがえる。
「それで村長さんは?」
「あれですか……」
アゲハさんが顔を起こして遠くへ向ける。亡き人に向けるような哀愁漂う横顔だ。
実際にアゲハさんは一点だけを見つめているんだけどね。
案内された村長宅は純和風な平屋の建物だ。障子戸が全て開かれ畳の上に座る僕らも釣られて視線を動かす。
白い玉石が広がる庭には無骨な石灯篭で良いんだっけ? 何個も石を重ねて作ったあれが鎮座している。
「今朝まであれに縛り付けていたのですが」
「あれにですか?」
「ええ。モミジに負けて一族の恥だからと言うことで下剤を服用させてから」
「……」
若干ここから見える灯篭の下辺りに広がっているシミは……何も聞かない方が良い時もある。
「まあ糞尿を垂れ流しているところを女中たちに気持ち悪がられて裏山にでも捨てられたのでしょう」
「はあ」
「きっと今頃はドラゴンの餌にでもなって、」
「誰が餌だ! 誰が!」
スパーンと閉じられていた廊下側の障子戸が開いて中年の渋い感じの男性が入って来た。
細身のダンディな男性だ。マツバさんによく似ている感じからしてこの人が父親か?
こう見ると何気にサツキ家の人たちって基本美形ばかりだな。
あ~。変態が目立つから良く忘れるけれどモミジさんも美人は美人なんだよな。婚約者となったアーネス君への妬みの類は凄いらしいけど。
あの人は有能な魔法使いなんだけどね……何と言うか女性運が良くない。
ん? フレアさんとの婚約解消の件は僕がこの世界に来る前に進められていたことだから詳しくは知らない。モミジさんとのことは……僕が率先して話を進めましたが何か? カエデさんと話し合って密約状態で色々と裏取引しましたが何か?
村長夫婦が言い争っている内に僕の思考は脱線していた。
改めて聞き耳を立てると、どうやら村長さんは下半身の方に大問題が生じ縛られていた縄から脱出。個室のあの場所で苦しみから解放され風呂を浴びてからこっちに来たそうだ。
個室に行った意味はあったのかな?
「全く……末の娘にまで負けた人物が偉そうに」
「何を言うか。あの子は儂を呼び出すと後ろから攻撃して来たのだぞ? 卑怯であろう」
「それでもマツバなら対応してみせます」
「あんなクズと一緒にするでない!」
父親さんが大激怒だ。
事前に手にした情報では、父親さんとマツバさんとの仲は最悪らしい。性癖の基本路線が全く違うのが原因だとか。マツバさんはロリだからな。
「後頭部に一撃を貰いちょっと意識が飛んでいる隙にこれでもかと罠を発動して……」
「それぐらい対応して貰わないと」
「出来るか!」
中々にスパルタな奥さんである。
「アルグ様」
「ん?」
クイクイとノイエが僕の服の裾を引っ張って来る。
「お腹空いた」
「なるほど」
重要な問題だ。
「ちょっと良いですか?」
「……おほほ。お客様の前で失礼しました」
僕が声をかけたと同時に父親さんが膝から崩れ落ちた。
扇子で顔を隠すアゲハさん。その扇子って気のせいか鉄製のあれに見えるんですが?
「ウチのお嫁さんが空腹を訴えてまして」
「これはこれは……ですが宜しいのですか?」
「何が?」
スッと目を細めアゲハさんが凄みのある笑みを向けて来た。
「私たちが食事に毒でも盛ったらと……考えないのですか?」
「あ~それね」
僕は特に気にしないけどね。
「ウチのノイエを毒で殺せるものならどうぞ」
「ほう」
余裕と受け取ったのかアゲハさんが増々笑う。
「ですがその場合はこの村は地上から消滅しますのでお気をつけてください」
「ふむ。狩るなら一撃でと?」
「はい。それで仕留められない場合はウチのお嫁さんは牙を剥きますので」
「それが地上からの消滅ですか?」
「はい」
僕の声にアゲハさんは笑みを消す。
表情を普通に戻してアゲハさんがパンパンと手を叩く。
ポーラぐらいの着物を着た少女が大皿を手に部屋に入って来た。
皿の上には山のように盛られた……まさかの煎餅か?
「煎餅?」
「ご存じですか? 村で作られているのですが少量で外には……ちょっと?」
相手の言葉を無視して僕らは煎餅を持つ少女を取り囲む。
突然のことで恐怖に震える少女には悪いがここからは間違いなく戦争だ。
ちょっと待てノイエ。アホ毛を使うのは禁止だ。そしてポーラの姿をした悪魔よ。お前は魔法の使用自体禁止だ。裏切り者は煎餅を食べられない方向で。
「あの~?」
煩い黙れ。まずは煎餅が最優先なのだ!
「ん~。南部せんべいだっけ? あれぐらい固いよね」
「鍋の具にするってバラエティで見たことはある」
「それな」
ポリポリと煎餅を端から少しずつ食べる。
材料は米ではなくて小麦粉だった。
この村では米を収穫しているそうだが量が少ない。厳密に言うと田んぼが小さい。
だから催事に使用したりしているとか。ただ田んぼの半分はもち米らしいので搗いてお餅にしてしまうらしい。鏡餅だ。
もちろん催事で使用し、カラカラに乾いた物を網で焼いておかきにするらしい。
それもくれ。無いだと? 何故だ? 出し惜しみをしているのなら戦争だぞ?
「田んぼの方で実が付くのを待っていますが?」
「ならば仕方ない」
渋々だが納得しよう。
「で、どうしてこれを作らない?」
「ですからこの村で作れる小麦の量に限りが」
「今度ユニバンスから……面倒だな。職人をユニバンスに送れ」
「無理を言わないで欲しいのですが?」
「無理ではない。やるのだ。もし逆らうのであればウチのお嫁さんが牙を剥くよ?」
さあ見なさいアゲハさん。煎餅を持って来た少女におかわりを無言で請求しているお嫁さんの姿を。ちょっと怖いでしょう? 何でもあの固いのにほのかに甘い感じが気に入ったらしいよ。
「この村にも生活がありますので」
「別に永住とは言わない。来て作り方を伝授すればよい」
「秘伝なのですが?」
「気にするな。モミジさんは一応こっちに嫁いでくる感じだし」
「……子供はこちら側で引き取りますが」
それが条件だ。モミジさんの産んだ子供はサツキ家が引き取る。
よって彼女が子育てをしたい場合は2人以上産まないとダメだ。頑張れ。
「で、どうする?」
「……短期で良ければ」
僕の要求に相手が折れた。
だがウチは一方的に無理は言わない。等価交換を基礎としている。
「構わない。ならばこちらは海水から作った塩の量を増やすように手配しよう」
「……出来ればワインなども」
「皆まで言うな。ポーラ」
「はい」
悪魔からメイドに戻った我が家の妹様が持って来た書状を色々と取り出す。
エプロンの裏から……だからこっちを見るなアゲハさん。僕を見つめられてもあのエプロンの謎は謎のままですから。
取り出した書状を盆にのせてポーらがアゲハさんの元に運ぶ。
あっちで気絶している人が村長なのでは? 寝ている人間に人権は無い? 納得です。
「色々とあるので簡単に説明すると、国王陛下からの書状とか、モミジさんの婚礼のお祝いの目録とか、それとマツバさんがやらかした修繕費用の請求とか、モミジさんがやらかした修繕費用の請求とか……こっちを見ろ」
「最近年のせいか老眼が酷くて。見えない。何も見えない」
見えているだろう? 金額にドン引きしているだけだろう?
マツバさんもそうだがモミジさんの請求額は給料から天引きしても減らないからね。
「で、請求の方は部下の結婚祝いということでウチで全額支払っておきました」
ポーラが最後の一枚をアゲハさんに手渡す。
今回は2人の結婚祝いと言うことで借金は完済しておいた。
「ありがとうございます」
感極まりながら涙ながらにアゲハさんが頭を下げる。
とても綺麗な土下座をする女性を僕は見ました。
~あとがき~
アゲハさんは…あの3人の母親です。普段は村の中を忙しなく見て回っています。
で父親さんの方は…後で名前とか語られるでしょう。
主人公は南部せんべいを得たw
© 2022 甲斐八雲
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