ファシー編?

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「アルグ様」

「……ん?」


 ゆさゆさと左右に揺さぶられて目が覚めた。


 犯人はノイエだ。いつもと変わらず無表情で僕を見下ろしている。

 少し不機嫌そうだ。ノイエウオッチャーな僕の直感ではそんな気がした。


 ふっ……でも今は、朝からお嫁さんの顔をおぱーい越しで見れる幸せをもう少し噛みしめていたい。他の乳は良い乳だ。


「……なぁん」

「はい?」


 幸せを噛みしめていたら腕の中で猫の鳴き声が。


 ノイエから視線を移せば、顔を真っ赤にした猫……ファシーが居た。

 小さくて可愛らしい女の子に見えるが実は年上で、げふげふっ。


「ファシー?」

「……」


 抱きしめている彼女は小さな手で僕の胸を押してくる。

 何故引き剥がそうとする?


「また、する、の?」


 おおう。どうやら僕の息子が朝から粗相を。

 ファシーを放すと彼女はノイエの元に逃れた。


「アルグ様」

「はい」

「……お姉ちゃんの方が昨日の多かった」

「数えていたの?」

「はい」


 コクンと頷くお嫁さんの視線は僕の股間をロックオン。

 狙い撃つはずの僕の息子が狙われている?


「お仕事に、」

「逃がさない」


 本当なお嫁さんが逃がしてくれない。




「ん~」

「なに?」


 朝食を食べながら首を傾げる。何かが変な気がする。


 でもノイエは僕の正面に座り朝からフードファイトだ。無限の食欲だ。

 その隣では猫が居る。今は猫の格好をしていないが、僕の中ではファシーは可愛い猫だ。


「アルグ、スタ、様は、元気、すぎ、る」


 チラチラとこちらの様子を伺っているファシーからとんでもない発言が。


 これこれファシーさん。貴女は少なくとも僕の……あれ? 何だっけ? ノイエに居たのは妹だった気がするんだけど、ファシーは姉か。姉だね。義理の姉だ。ちゃんと手続きもされていて本名はファシー・フォン・ドラグナイトだ。


 ノイエ以外のお嫁さんを得ない宣言をした僕が捻り出した裏技だ。

 ファシーはノイエの姉ですが何か? 一緒に暮らしてますよ? だってノイエの姉ですもの……何か問題でも? 剛腕でねじ伏せたんだよな。


「アルグ様?」

「……うん。まだ寝ぼけているっぽい」

「はい」


 納得したノイエが食事に戻る。ファシーは小さな口でこっそりと食べている。

 普段のファシーはフード付きのパーカーみたいな服を寝間着にしているが、これから仕事だからちゃんと街娘のような格好をしている。

 ドレスは嫌いだから着たがらない。可愛いのだけど本気で嫌がるから仕方ない。


「ノイエはいつも通り?」

「お姉ちゃんに負けない」

「……ノイエ、には、勝て、ない」

「それでも」


 恥ずかしがるファシーの仕事はドラゴン退治じゃないんだけどな~。


「それで今日のファシーはどうするの?」

「……お勉強」


 こっちの様子を伺いながら、ファシーは顔を真っ赤にして俯いた。

 本当に恥ずかしがり屋さんである。その様子も可愛いけどね。


「それ、から、お城」

「うん」

「新作、の、術式、の、盾を、切り、刻む、の」

「そっか~」


 決して切り刻むのがファシーの仕事ではない気がする。

 でも今のところファシーの全勝だからそう言っても間違いではない。


「魔女が残していった術式も扱う人が残念だとあれだね」

「は、い」


 コクンと小さくファシーが頷く。


 あ~。何か朝からしんみりとしてしまった。

 ノイエの魔眼に居た姉たちは今はもう居ない。少し前に突然ファシーを吐き出してから反応しなくなってしまった。ノイエが言うには誰も居ないとのことだ。だからしばらくノイエはファシーを抱きしめて放さなかった。

 でもノイエが姉たちの力を使っているからいつかきっと元に戻ると僕は信じている。


 そして1人だけ外に出たファシーは普通だ。普通に人だった。

 怪我をすれば血も出るし、何より月のあれもある。いつもの癖で何も気にせずにしていたら突然だった。ビックリした。一番驚いていたのはノイエだったけど。


 それからは別に出来ても良いから気にしてはいない。気にしていないが……ファシーの体型で妊娠とかしたらお腹裂けないかな? 本当に幼く見えるから結構怖いんだよね。


「うん。まま、その内技術が向上して」

「負け、ない」


 意外とファシーさんも負けず嫌いなんだよね。


「なら勉強も頑張ってね」

「は、い」


 何故かノイエも一緒に2人して頷き返してきた。




「こんな、時間」


 ふと窓の外を見たファシーは太陽の位置で時の経過を感じた。

 読んでいた魔法書を机の上に戻し、まずはお城へと向かうことにする。


 馬車の準備をしてもらいそれに乗ってゆっくりと向かう。


 途中妹が元気に宙を舞っていた。

 踊るようにドラゴンを退治するその姿は本当にずっと見ていられる。ふと相手の視線が自分を見つめる。どんなに離れていても気づいてくれる素晴らしい妹だ。


「ノイエも、頑張って」


 ポツリと呟いてファシーは城へと向かう。




「勝った、よ」

「そうですか~」


 仕事を終えて彼の仕事場に向かうと書類が山のように積まれていた。山のおかげで彼の姿は見えないが、返事はあるから間違いなく山の向こう側に居る。

 昔ならここまで山積みになればホリーが出て来た。けれど今はもう居ない。


 トコトコと歩いてファシーは山の反対側に回り込んだ。

 彼は居た。書類を手にしてペンを走らせている。


「貸し、て」

「ん」


 だから出来ることを手伝う。


 本当は部屋の隅でゴロゴロしていたいけれど今はそれを許さない。

 自分は少なくとも対ドラゴン遊撃隊所属の魔法使いだからだ。


「ファシー」

「は、い」

「根を詰めなくて良いからね」

「……は、い」


 やっぱり彼が優しいから頑張れる。

 根を詰める必要は無くても……頑張りたい。




「ん~」


 深夜に目を覚まして部屋の様子を見つめる。

 明かりを消し忘れていた。そしてベッドの上は酷い状況だ。


 ノイエが頑張るからファシーまで回数を気にしだした。

 回数ならまだ良い。でも順番まで言い出したら何かが終わる。


 隣で寝ている猫を見て思う。

 やっぱり何かが違う。こういうのも悪くないんだけど何かが違う。


『そうよね~。私も何かが違うかな~って思っていたところ』


「はい?」


 頭の中に響いた声に問いかける。

 カミューとは何かが違う。そんな声だ。


『うん。人間ってミスを受け入れて次に生かすべきね』


「あの~?」


『初回だから大目に見てよね!』


 何故にツンデレ調?


『そんな訳でちょっとやり直し。猫は途中でもう一度』


「だから何が? あれ?」


 クラクラとして来て目の前がグルグルと回りだす。


 気持ち悪い。このままだと吐く。


 慌ててベッドの上に横になる。


 一気に意識が遠ざかって……




~あとがき~


 刻印さんが満足しなかったので設定の見直しだそうです




© 2022 甲斐八雲

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