懐かしい攻撃ね

「にゃにゃ~ん」

「ちょこまかとっ!」

「なっふ~」


 残像すら見せる鋭い攻撃を小柄な少女が回避し続ける。

 頭を隠すような猫耳フードを被った女の子が一方的に襲われていた。


 襲う人物は長身の女性だ。白いシャツと黒いスラックス姿の男性ダンサーを思わせる躍動感溢れる人物。

 正装すれば女性が騒ぎ出しそうな麗人然とした彼女は、作り出した棒で猫耳少女を襲い続ける。


 少女は軽い足取りで攻撃を回避しては間合いを取って軽く尻を振る。

 フリフリとミニスカに取り付けられている尻尾と猫耳が動いた。


「イラっとするな! この猫風情がっ!」

「なぁ~ん!」


 猫風情と言われたことに少女が怒り声を上げた。

 許してはいけない暴言もある。相手が魔眼内最強と呼ばれる戦闘狂であったとしてもだ。


「シャーっ!」

「来いよ駄猫」

「フニャー!」


 猫が魔法を使用したのを感じ麗人もまた口元に笑みを浮かべる。


 これでまた楽しい戦いを続けられると……本当にこの人物は戦闘狂らしい。




「なぁ~」


 ボロボロにされた立って歩く猫は、弱々しい声を上げて通路を歩いていた。


 今回もまた負けた。

 獣化と呼ばれる最終手段である魔法を使用しても負けた。

 本当にあの戦闘狂の師は卑怯だ。接近戦でも強いのに中距離になれば魔法を使ってくる。あの串も卑怯だ。回避に専念していると棒が襲ってくる。


 不満に口を尖らせながら立って歩く猫は物音に猫耳を動かした。

 この辺りは最近訪れていない通路だ。


 迷路と呼んでも良いぐらいに複雑に入り組んだ魔眼の通路は、時折こうしたデッドスペースが発生する。そして大体その手の空間は良くないことが起こりがちだ。


 しかし猫は好奇心に負け、角を曲がって通路を進む。


 警戒しながら進むと……物音の原因を発見した。

 通路の床に2人分の肉塊が転がっていた。よく見れば女性の胴体部分だ。胸部だ。何故?


「にゃん?」


 恐る恐る近づいて猫はまず片方の肉塊に猫パンチをする。

 プルンと揺れる存在に……イラっとした。何度か殴ると気分が晴れ。


 それからはその肉塊を観察する。柔らかいのに崩れない。プルンとして……前に彼が試作していたゼリーと呼んでいたお菓子に似ている。

 小さな妹が氷をたくさん作れるからお菓子に幅が出たとか力説していた。


「柔ら、かい」


 プルプルとしてずっと揺らしていられる。面白い。


「なふっ」


 次はもう片方の肉塊だ。こっちはとにかく綺麗な形をしている。

 ツンとした山のような三角形をしている。本当に綺麗だ。


 何度か叩いて気晴らしとして……猫はふと背後に何かを感じた。


「……見たわね?」

「にゃ~!」


 長い赤い髪で顔を隠した人物は間違いなく魔女だ。

 魔女がツカツカと歩いて来る。


「誰にも言わないと約束するなら融かさないであげる」

「にゃっにゃっにゃっ」


 全力で頷き猫は誓う。

 身の危険しか感じない相手の気配に本能が囁きかける。絶対に逆らうなと。


「良い子ね」


 ニタリと笑う魔女に猫は尻尾を縮み上がらせる。そんな機能は無いのに尻尾は縮んだ。


「何を、してるの?」


 恐る恐る猫は魔女に問う。

 クスクスと笑った魔女は肉塊に手を伸ばした。


「移植は無理だとしても内部構成を解明すれば小さな胸を大きく出来るかもしれないでしょう?」

「……」


 魔女の言葉に猫は自分の胸に目を向ける。

 こじんまりとした胸は間違いなく小さな部類に属するものだ。


「アイル、ローゼ」

「何よ?」

「頑張って」

「ええ」


 猫としては魔女の頑張りに期待したくなった。


「ね、え?」

「何かしら?」

「これは、誰?」


 転がっている肉塊に猫は指先を向ける。


「エウリンカとファナッテよ」

「にゃん」


 納得した。どちらも魔女の怒りを買った者たちだ。

 融かされたと聞いていたが今では研究材料になっているらしい。しばらく2人は肉塊のままだろう。


 魔女の研究を覗いていたが、猫は気まぐれなので次の何かを求めてその場を離れる。

 魔眼の中枢に向かうのも悪くないと思ったが、もう少し散歩がしたい気分でもある。どちらを優先しようか悩み……そのまま散歩を選んだ。


「にゃん?」


 正面から人の気配がした。

 フワっと姿を現したと思ったら消えた。


「猫?」

「にゃっ!」


 背後からの声に猫は慌てる。身構えて振り返るが誰も居ない。


「女の子……こんな可愛い子なんて居たかしら?」

「シャッ!」


 身の危険を感じ不可視の刃を四方に飛ばす。

 魔眼の中に居る限り相手は何が起きても死なない。先ほど見た2人の肉塊のように自然と回復し元に戻るはずだ。


「……危ないわね。で、懐かしい攻撃ね」

「にゃん!」


 また背後から声が聞こえて来た。

 振り返り攻撃を繰り出そうとして猫はそれに気づいた。薄い緑色の何かが視界を覆う。

 それが人の髪の毛だと気付くのに数瞬の時を擁し、猫は自分の首に髪が巻き付いているのを知った。


「おいたはダメよ? 淑女たる者いつでも礼儀正しく美しく振る舞わないと」

「なっ……なふっ!」


 人の髪は中々に斬れない。

 猫は自分の首に爪を立てて引き剥がそうとするが、肉に食い込んで外れることはない。


 必死に引っ掻いて自分の首を抉り、どうにか髪に指を掛ける。


「可愛い姿をしているけど……貴女ファシーでしょ?」

「かふっ」


 引っ掻けた指でどうにか髪を引っ張り、猫は空気を貪る。

 だが相手の攻撃は止まらない。首に巻かれている髪の毛への圧が増し、より一層絞まりだす。


 また目の前から光を失い……失神寸前となった猫の指から力が抜ける。


「あ~。そこまでだね」

「あら? 舞姫?」

「そ」


 フワっと姿を現した人物が、攻撃と一緒に言葉を投げかけて来た。

 猫を締め上げていた人物は数歩後退する。


 舞姫と呼ばれた人物の手には剣が握られていて、その剣先が猫の首を締め上げていた髪を断ったのだ。


「どうして止めるの?」

「そりゃ……ファシーは可愛い猫だから?」

「あら? この周りに居る者であればノイエすら傷つけていた存在が?」

「それはもう昔のことだよ。今のファシーは頑張って自分の何かを克服しようとしている」

「……そうなの」


 ふわりと身構えた舞姫の言葉に、女性は興味を失ったとばかりに猫から視線を外す。


 代わりに自身の断たれた毛先を摘まんで視線を向けた。

 自慢の髪が半ばから断たれている。ひと房とは言え許せる行為ではない。


「女の髪を何だと思っているの?」

「命だね」

「知ってて斬ったの?」

「斬らないとこの猫の首を落としていたでしょう?」


 爪先を伸ばし舞姫は床に倒れている猫を引き寄せていた。

 ズルズルと結構容赦なく床に擦り付けているが、本当に保護する気があるのか疑問にすら思う。


「別に問題は無いでしょう? だってその猫は殺人鬼なのだから」

「それを言ったら貴女もでしょうに」


 呆れながら舞姫……レニーラは握る魔剣の剣先を相手に向け直す。


「暗殺者マニカ」

「ええ。否定できないわね」


 クスクスと笑う女性……マニカは自分の長い髪を掻き上げた。


 マニカは本当に美しい女性だ。長い薄緑色の髪は足首まで届き、瞳もまた薄緑だ。何もかも吸い込んでしまいそうなほど美しい瞳の色は神秘性すら感じさせる。

 スラリとした手足は白くて長く、胸も大きく無く小さくもない。


 レニーラから見て彼女は間違いなく美人なのだ。

 外に出れば彼が大興奮するであろうことは間違いない容姿をしている。


《旦那君ってばこの手の大人しい感じの女性が結構好みだからな~》


 彼が清楚系と呼ばれる存在を好んでいるのをレニーラは知っている。自分とは真逆の存在だ。

 でも仕方ない。目の前の人物のように楚々とした雰囲気は決して自分には似合わないのだから。


「魔眼の深部にいつも居る貴女がどうしてこんな場所に居るのかな?」

「言わないとダメなの?」

「できたら言って欲しいかも」


 間合いを確認し、レニーラは爪先に猫を引っ掻け力技で蹴り上げる。

 まず膝で受けてから、もう一度蹴り上げて片腕で抱え込む。短いスカートが捲れて下着を晒しているが仕方ない。


「で、どうして?」

「ええ。最近深部が煩いから……」


 切れ長の目をマニカは細めた。


「ゆっくりと考えごとをしていられないのよ」

「分かった。後で魔女に言って纏めて全員融かして貰うようにする」

「それだと私もでしょう?」

「あはは~」


『気づいた?』と言いたげにレニーラは笑った。


「だってマニカって動き回ると騒ぎになるんだもん」

「そうかしら?」

「だよ」


 猫を回収し終えレニーラは早々に退却を選択していた。


 正面から戦ってもこの暗殺者に勝てる気はしない。

 背後に回り込まれればまず間違いなく絶対に殺される。


「あの施設で最も人を殺したのはマニカでしょ?」

「……懐かしい話ね」


 クスリと笑い暗殺者が動き出した。




~あとがき~


 アイルローゼは彼に手を出した愚か者の死体を研究し胸を大きくする方法を探っています。

 …段々と先生が痛いキャラになって行くよw


 そして猫敗北。

 あのファシーをあっさりと一蹴する存在、それがマニカです。


 出たよ。出したくなかったけど出たよ。作者と主人公の敵が遂にお目見えだ…




© 2022 甲斐八雲

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