西部行きの日程が決まったぞ
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「むっ」
掛け声一発でノイエが文字通り飛び起きた。
ベッドから床へと飛んで、そこから軽い足取りで窓へと向かう。
カーテンを開いて……アホ毛が一気に萎びた。
雨だ。本格的な雨だ。
これでもうドラゴンの動きは絶望的である。
雨期っぽくなってから随分と曇りの日が続いて気温もだいぶ下がっていたけどね。
確定でドラゴンたちは姿を隠す。
「……寝る」
「起きなさいノイエ」
「いや」
雨と共に拗ねてしまったウチのお嫁さんを叩き起こす。
一瞬でベッドに戻って来て横になるとは流石はノイエだな。
「起きなさい」
「ダメ」
「どうして?」
「雨はズルい」
「確かにな」
でも世の農家さんたちは雨を待っているんだよ? 雨が降らないと食物だって育たないからノイエの好きなお肉たちがお腹を空かせてしまうんだ。そうすると美味しいお肉にならないんだよ?
「雨は大切」
「分かってくれたか」
「でも寝る」
「拗ねるな~」
こうなれば最終手段だ。隙を見てノイエのアホ毛を捕まえる。
ビクビクと暴れるアホ毛はタコの足のようだ。
「放して」
「ダメです」
「むぅ」
「起きなさい」
「いや」
「なら……」
捕まえているアホ毛に優しくキスをする。
チュッチュッとキスするとノイエが頬を赤くして全身を震わせる。
「ダメ」
「起きなさい」
「いっや」
「ならば」
キスとペロペロを交互でどうだ?
お嫁さんが世の男性の前では決して見せられないほどの妖艶な姿を。
「起きる?」
「まだまだ」
「実は楽しんでる?」
「違う」
違うと言うならこっちを見ろノイエ。全力で顔を背けるな。
やっぱり気持ちいいとか思っているんだろう? ほれほれ正直に言いなさい。さもないとこれをこうして。
「ダ、メ」
全身を硬直させたノイエが一気に脱力した。
うむ。髪の毛だけでお嫁さんを満足させるなんて僕ってばどんな技術の持ち主なのでしょうか?
自分の才能が恐ろしいぜ。
「……旦那さま。奥さま」
「はっ!」
その声に顔を向けると、今日も大人サイズの右腕の義腕が危なっかしく見えるコロネが居た。
「朝です。お食事です。それとも着替えますか?」
「おおう」
冷ややかな声に返事に困る。
違うんです。これは朝からノイエさんと仲良くですね……ってお嫁さん。背後から抱き着いて来て僕をベッドに引きずり倒そうとしないで。ここでちゃんとコロネの誤解を解いておかないと僕の何かが失われてしまう気がする。
放せノイエよ。後生だから!
けれどノイエさんは放してくれず、そのままベッドに押し倒された。
全力で馬乗りして来て……若干開けていた寝間着を完全に開けさせる。
「お食事も着替えもあとですね。でしたら少ししたらお湯を持ってまた来ます」
確りとした言葉を残してコロネは去って行った。
違うんだ。これはノイエさんが……あれ? 気のせいかノイエさんのアホ毛が伸びてませんか? 僕が掴んだままで放してくれなかったから? そんな言い訳でアホ毛が伸びた理由を誤魔化せるとでも? 伸びていない? またまた~。さっきちゃんと掴んで……あれ? 伸びていない。どうして?
「邪魔したから2回」
「不条理な~!」
不条理を叫んだところでノイエが許してなどくれない。
がっつりと跨いできたノイエに確りと搾られ……何で朝から疲れないとダメなんだろう?
「ほえ?」
朝食を摘まんでいたらコロネが僕の傍に来た。
何ごとかと思えば昨日の話だ。
「引き受けます。私だってメイドの端くれ。主人の命令には応えませんと」
「そうだな」
思いつめた感じで話してくる相手に完全に引き気味な僕だ。
朝からそんな熱血漢な感じは要りません。
「お任せください。アルグスタ様」
「お~任せた」
本人がやりたがっているならばさせる。
それが僕の緩い返事に繋がるわけだ。
これで全手動ハンコマシーンの誕生だ。
イールアムさんが宰相のお仕事が忙しくて代理を引き受けてくれないと知った時は絶望したけど、クレアが確認した書類に判を押すくらいならコロネもできる。
クレアとイネル君には本当に感謝だな。
あの2人が居るからハンコマシーンを置いて行けば僕も自由に外へ出れる。
「食べたから寝る」
「ポーラ~」
「ねえさま。だめです」
お肉を抱えて寝室に戻ろうとするノイエをポーラが全力で阻止する。
今回は本当にやる気を失っている様子だ。
どうしたノイエ? 普段の雨期でもここまでやる気を失わないだろう?
「……アルグ様が悪い」
「良し。詳しい話を聞こうじゃないか」
お嫁さんの不満は直ぐに聞いて改善しなければいけない。
さあ言うと良い。どんと来い。
「アルグ様が……ドラゴンを呼んでくれない」
おっとノイエさん。斜め上な発言にビックリな僕が居るよ?
「強いの呼んで」
「呼んだことあったっけ?」
「異世界のが良い」
「無理を言う」
どうやらノイエさんは、最近の歯ごたえの無い敵に不満らしい。
それって僕がどうこうできる問題じゃない気がします。
「強いドラゴン」
「ふむ」
こんな時は悪魔さん。
チラッと目を向けたら……ポーラは全力で目を逸らした。
流石の悪魔でもネタが無いのかノリが悪い。
「ノイエさん」
「なに?」
ここは頑張って誤魔化すしかない。
「美味しい料理と同じで強いドラゴンは後から出て来るものです」
「むう」
「つまりここは我慢の時です。きっと待てば強いドラゴンが出て来るから!」
「……」
クルッとノイエがアホ毛を回した。
「分かった」
分かってくれたか。
「出てきたら呼んで。寝てる」
「そう来たかっ!」
終始眠ろうとするノイエを『お城でも寝れる』と言ってどうにか連れ出した。
今日は朝から本当に疲れます。
王都王城内・アルグスタ執務室
「お姉さま。どんと来てください」
「……どん」
「どーん」
容赦ないポーラの攻撃が炸裂した。
書類の山をドーンと置いたらコロネが両眼をドーンとまん丸だ。だがコロネは挫けない。頑張って僕のサインが刻まれているハンコを手に書類の山に立ち向かう。あんな装備であんな強敵に立ち向かうとかあの子はマゾなのだろうか? 僕なら絶対に挑まんな。
「ちゃんとないようをかくにんするのです」
「はい。お姉さま」
厳しい教官と化したポーラの指導は厳しい。
それでもコロネは挫けない。彼女はどうしてあんなにも頑張るのだろうか?
「アルグ様」
「ほいほい」
膝枕しているノイエが次のお菓子を求めるので口に運ぶ。
サクサクと焼き菓子を食べるお嫁さんが可愛いのです。
「ノイエ」
「はい」
「そんなに眠いの?」
「はい」
どうやら理由はちゃんとあったらしい。
本日のノイエさんはやる気が無いのもあるがとにかく眠いらしい。そして空腹だ。
延々と僕の執務室に貯めこまれている焼き菓子を食べ続けている。
「怪我してる?」
「痛くない」
「なら魔力か」
つまり犯人はお前か、悪魔。
視線を向ければ妹の姿をした悪魔が……全力で無視している。正解らしい。
「まあこんな風にのんびりするのも悪くないね」
夫婦で仲良くのんびりした時間を過ごす。
何て贅沢を満喫しているのだろうか?
「アルグ~。居るか~?」
「彼は死んだ」
「そっか。なら動いている死体を墓の穴に押し込むか」
だから指をバキバキ鳴らしてやって来るな。馬鹿兄貴よ。
「で何よ?」
「おう。陛下からの指示だ」
「何かしたっけ?」
最近静かに過ごしています。
「したと言うよりこれからするんだろう?」
「何それ? 人聞きの悪い」
「間違っていないはずだぞ?」
やって来た馬鹿兄貴が向かいの椅子に腰かけた。
「西部行きの日程が決まったぞ」
~あとがき~
ノイエさんのやる気が無くなりましたw
原因は悪魔が何かをしているか…何してるんだか。
© 2022 甲斐八雲
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