あのゴミは何がしたかったのでしょう?
ユニバンス王国・王都貴族区内ハルムント邸
「まず清潔な部屋を。それと清潔なシーツと布を。これを煮沸して……」
ポーラからの説明を聞き終えたオッサンが医者の顔となってメイドたちに色々と指示を飛ばしている。指示が来る前に動き出しているメイドさんの様子からして、ここのメイドは医療にも秀でた人が居るらしい。
何でもありだな? 流石ユニバンスの魔窟……メイドランドだ。
夢と希望と死と絶望まで併せ持っている。
「叔母様」
「何ですかアルグスタ?」
「あの子の名前は?」
先生との話し合いを終え、少女と向かい合っているポーラを眺めていた叔母様にそのことを問う。
そんな物欲しそうな表情を浮かべてもポーラはウチの子ですから手放したりはしません。絶対に譲りません。数日でもレンタルしません。
3日もあれば叔母様ならポーラを洗脳しかねないですから。
「そうそう忘れていました」
未練がましい叔母様の表情が元に戻り、スッと横から差し出された紙を受け取る。
叔母様は一度その紙の内容を確認してから僕に手渡してきた。
「名前、ですか?」
渡されたのはズラズラと名前が書かれたリストだった。どれもこれも女性の名前だね。
「ええ。一応責任者であるアルグスタが名付けるべきかと思って」
「はい?」
間抜けな声を出したら睨まれた。
睨まれるような無礼だとは思いたくない。だって名前を決めろっておかしくない?
「別にあの子の本来の」
「それが原因であの娘が狙われるようなことになったとしたら?」
狙われるって。
「元暗殺者でしょ? 別に返り討ちに」
「敵が暗殺者だけだとどうして断言できますか?」
そう言われると答えに困る。
叔母様はいつも通り教師のような振る舞いで言葉を続けた。
「将来あの子が成長をし、何かの理由でブルーグ家に仕えていた暗殺者であるという過去が露呈する。それが原因で彼女が行った仕事の内容が明るみになって弱点となったら? その弱点が原因となって、したくもない仕事を命令されたら?」
あ~。それは確かに厄介だ。
「わたくしも動きあの娘の過去を消していますが、名前がそのままでは誤魔化しようがありません」
「それで新しい名前ですか」
「ええ」
それなら納得だ。
「それに祝福などは使わなければ存在が明るみに出ることもありませんし」
「でもそれだと彼女の強みが?」
何故か睨まれた。
「わたくしの手にかかれば、ただの街娘でも騎士を打ち倒す戦士に育ててみせましょう」
「……」
その自信は何処から湧いて来るものなのでしょうか?
というかそれが事実だとしたら、もうこの国の教育は貴女が一手に担えば良いと思います。
それは無理? 才能の無い者を育てるのは苦痛でしかない。それに大勢は無理と。なるほどね。
「貴方の妹をわたくしに預けさえしてくれれば、わたくしの苦労も減るのですが」
「ポーラは渡しません。ウチの子ですから」
「……」
今絶対に舌打ちしたよね? スッと顔を動かして音を立てずに舌打ちしたよね?
全く。確かにポーラは才能の塊だけど、でも基本は努力の子だからあそこまで成長したんだと思う。その証拠に毎日のように何かを学んで……それで良いのか? それを許しているからポーラはどんどんおかしな成長をしているのでは?
若干悩みつつもポーラに目を向ける。
「いいですか? めいどどうはとてもきびしいのです」
「はい。お姉さま」
「ですがせんせいのことばをしんじ、まいしんすれば……」
「はい。お姉さま」
はて? あの少女の態度と言うか何かがおかしくなっていないか?
傍目から見ると飼い主の前に座って、全力で尻尾を振っているような子犬にしか見えない。
飼い主であるポーラはそれに気づいていないのか、とても熱くメイド道を語っている。ってメイド道って何? その道は最終的に何処へ通じているの? 途中で絶対に修羅の道とか含まれているよね?
心の中のツッコミが空しくなって来たので、とりあえず受け取ったリストを眺める。
「ちなみにこの名前って?」
「屋敷のメイドたちから募集しました」
「なるほど」
僕の問いに叔母様がそう答え言葉を続けた。
「もちろんわたくしも案を出しましたが」
「そうですか」
ある名前だけが太文字なのですが……この件に関しては質問したら『死』が待っていたりしませんよね? とっても良く目立つんです。もうこれを選べとばかりに。
「なら“コロネ”にします。可愛らしいですし」
「そうですか」
僕は空気が読める男なんで他の名前を口にするとかしません。
目立つ太文字の名前をチョイスします。
僕の返事を受けて叔母様が待機しているメイドたちに何やら目配せを。
音を立てずに動き出したメイドさんたちは……部屋から消えてまた新しいメイドさんたちが姿を現す。
どこかで待機しているのかな? 常に一定数叔母様の傍にメイドさんが居るんですけど?
「実はその名前は良い出来だと思い、きっとアルグスタも気に入ると思って諸々の書類をそれで準備していたのですよ」
「そうですか。とてもいい名前だと思います」
「そうですよね」
つまり違う名前を選んでいたら、僕が『コロネ』を選択するまでやり直し……で済めば可愛い方か。下手をしたら地獄を見ていたかもしれない。
ナイス僕。やはり空気を読める男は違うな。
「お姉さま。今度ぜひ色々とおしえてください」
「いいですよ」
ポーラに懐いている少女コロネが……まあ妹分を持つことは悪いことじゃないしな。
暫く叔母様と雑談をしながら待っていると、手術の準備が出来たようだ。
不安がるコロネはポーラの立ち合いを望み、妹分の我が儘を聞き入れたいポーラはジッと僕を見て来るのです。
「好きになさい。ポーラはメイドの前にドラグナイト家の令嬢なんです。好きに振る舞っても良いんです」
「はい」
僕が認め促すと、運ばれて行くコロネと一緒に部屋を出た。
で、代わりにやって来たメイドさんがズタ袋を……どこか見覚えのあるボロ切れだな?
「遅かったですね」
「申し訳ございません」
ゴミを引きずりやって来たメイドさんが叔母様の声に謝罪する。
何もその場で自決しそうなほど根を詰めた表情をしなくても……これが普通なの? そっか。ここが、異常が普通のメイドランドだと言うことを忘れていたよ。
ポーラについて行かず僕の傍に残ったミネルバさんの説明に納得しておく。
「思いの外抵抗が激しく」
「流石は元近衛魔法隊の隊長と言うことですか」
投げ捨てられたゴミは……どうやらゴミニートだったらしい。
床の上で伸びている様子は本当にゴミにしか見えない。
「アルグスタ」
「はいはい。持って帰るから包んでもらえますか? 逃げ出さないように縄でグルグルと巻いて馬車の荷台にでも放り込んでおいてください」
「分かりました」
僕が頼んだ通りに叔母様が指示を出す。哀れゴミ……イーリナは縄で巻かれて簀巻き状態となった。
ズルズルと引きずられ運ばれて行く様子は、あれで元近衛魔法隊隊長だと言うのだから中々に笑えない。
「あのゴミは何がしたかったのでしょう?」
呆れる叔母様の呟きに僕も苦笑するしかない。
「あれがコロネの右腕を引き千切って命を救った馬鹿者です」
「ほう」
報告が届いていなかったのか叔母様が驚きの声を上げた。
「自分の報酬を蹴って助命嘆願を申し出て来たので」
「それは中々見どころのある」
「ただ普段は『働いたら負けだ~』と言って怠けてばかりいるごく潰しですがね」
「……」
叔母様の目がゴミを見つめるメイドのものに戻った。
「まあ少なくとも、自分が救ったあの子がどんな場所でどう過ごすのかを気に掛けるくらいの優しさは持ち合わせている引きこもりですよ」
だったら最後まで面倒見ろと言いたくはなるけどね。本当に。
~あとがき~
古い名前は捨てて少女はコロネと言う新しい名前を得ました。
そんなコロネは何故かポーラに懐いた様子で…まあ良いんですけどね。
で、メイドに抵抗していたニートは捕獲されて捕縛されましたw
© 2022 甲斐八雲
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