Main Story 25
これほどの目撃者が居て!
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機場
「ぬははははぁ~! 私は~! 帰って来た~!」
無い胸を張って絶叫する女性に対し、走り込みしている一般兵たちが全員で無視する。顔を背けるどころか体すら背けて横になって走る姿はさながらカニだ。
だが見ない。見たら最後だと全員が知っている。
と、鎧を脱いでシャツを羽織った女性が鍋を抱えて歩いて来た。
「あっ先輩。お昼ならもう終わりましたよ? クズ野菜の炒め物なら作れますけど食べますか?」
「何よその野良犬の食事は~!」
「だって先輩は……野良犬みたいなものじゃないですか?」
「こにょ~!」
激怒した先輩と呼ばれた女性が後輩らしき人物に殴りかかる。
だが後輩も慣れたものだ。持っていた大きな寸胴鍋をひっくり返して相手の頭の上からかぶせてやった。
「これで勝ったつもりか~!」
「まあ色々と勝ってますけどね」
「何を~!」
すっぽりと鍋の中に納まった先輩が暴れないように鍋の底に腰を下ろして後輩は息をつく。
「だって私の方が背は高いですし」
「私は無駄に上へと伸びなかっただけよ!」
「胸も大きいですし」
「無駄に脂肪を抱え込まないことにしているのよ!」
「給金は多いですし」
「近衛は薄給で有名なのよ!」
この屈しない根性を他の部分で出して欲しいと後輩は切に思う。
「……今度彼の実家に挨拶に行くんです。結婚するにあたってちゃんと挨拶しないといけませんからね!」
頬を赤くし、その頬に手を当てて後輩は『いやんいやん』と顔を振る。
まだ誰にも言っていない秘密事項だったが、これを機会に尻の下に居る馬鹿な先輩に現実の厳しさを教えることにしたのだ。
「あっようやく行くんだ」
「はい?」
ただ尻の下の反応がいつもと違った。
いつもなら激怒して暴れ狂って世の女性と男性を呪いだすのに、努めて冷静だ。
「……」
後輩は鍋の底から尻を退かしてそっと鍋を動かす。
何故か先輩は膝を抱いてちょこんと座って居た。
「ミシュ先輩」
「何よ?」
「偽者ですね?」
「は?」
馬鹿なことを言う後輩を先輩……ミシュは何とも言えない視線を向けた。
「大丈夫ルッテ? 栄養が胸と身長ばかりに偏って馬鹿なのは知っているけど」
「先輩ほど馬鹿じゃないんで大丈夫です」
「ほう。その言葉は決して忘れん」
心の中の復讐ノートに後輩の言葉を刻みつけ、ミシュは馬鹿……ルッテを見る。
「で、なんで私が偽者なのよ?」
「だって先輩が私の幸せに僻まないなんて変じゃないですか! 恋話をしている女性騎士が居れば全力で走って行って邪魔をする。それでも止めないなら使い古された靴下を投げ込む。それでもダメなら馬糞を抱えて突撃するというクズで有名な先輩が、私の幸せに無反応だなんて絶対に変です! それか空腹で変な物でも食べましたか? その食べた物を教えてください。今後先輩の食事はそれで作りますから。そうすれば被害者が減りますから!」
『後で殺そう』と心に近いミシュは穏やかな視線で馬鹿を見た。
「馬鹿よ。よく聞くと良い」
「聞きます。そして何を食べたか教えてください!」
「……まあいい」
どうやらこの後輩……と言うか身内に躾が必要だ。
「そもそも前からずっと思っていたのだよ。お前の態度は義理とはいえ姉に対しての態度ではないと。失礼過ぎるのだと!」
「はい?」
カクンとルッテは首を傾げた。
何か今不思議な言葉が聞こえた気がするが……不思議過ぎてどうやら耳から奥にその言葉が入らなかったようだ。それは仕方ない。だって入らないのだから。
「義理とはいえ姉ってナンデスカ?」
カタカタと震えるルッテの言葉にミシュはため息を吐いた。
本当にこの義妹(予定)は馬鹿で困る。
「……馬鹿なのは知ってたけど、そこまで馬鹿なの? どこから説明すれば良いの?」
この田舎娘はと呆れるミシュは自分もそこそこの田舎出身であることを棚上げした。
だがルッテとしては死活問題だ。今の言葉は絶対に聞き逃せない。
「最初から全部です!」
相手の首を締め上げてルッテは全力で相手に懇願する。
必要だったらこのまま締め上げる必要がある。何故かそうした方が良い気がしている。
だがヌルンと相手の拘束から逃れミシュは地面に着地した。
「それだよそれ。そういう態度を義姉にして良いと、」
「だから誰が誰の義姉なんですか!」
「……は?」
会話が噛み合わない。
それに気づいたミシュは……ポンと胸の前で手を打った。
「あ~。ルッテさん? 1つ聞いても良いですか?」
「何をですか!」
「メッツェから家族のことは?」
「聞いてますから! って私の婚約者を呼び捨てにしないでください!」
「……で、姉のことは?」
その言葉にルッテは停止した。
何か思い当たる節があるのか動きを止め、何故かガタガタと大きく震えだした。
「メッツェさんが言うには姉は遠い場所に居て生死不明だとか。きっと死んでいるからもし話を聞いても無視してくださいと」
「ほほう。あの馬鹿はこの後血祭りにしてやる」
どうやら一度姉が何であるのかを弟に知らさないといけないとミシュは知った。
だがルッテはどうにか踏ん張った。色々な何かが崩壊しそうな自分を奮い立たせてどうにか踏ん張った。足元が薄氷程の厚さしか感じないがそれでも堪えた。
「でも彼は下級とはいえ貴族です! ちゃんとエバーヘッケと言う苗字持ちで!」
「あっ教え忘れてた。私の家名ってばエバーヘッケ」
「なん……ですと?」
足元の薄氷が割れるのをルッテは感じた。
「だから私の名前は、ミシュエラ・フォン・エバーヘッケ」
「……ミシュエラって誰ですか~!」
大絶叫だ。
もう心の何か、主に均衡を失ったルッテは泣きながら叫んでいた。泣かずにはいられなかった。
「似合わないです! 似つかわしくないです! ミシュエラって誰ですか! どんな妄想ですか! そんな嘘を吐くぐらいならまだ彼の姉だという方が説得力あります!」
「目を覚ませ馬鹿が~!」
発狂する後輩にミシュはドロップキックをお見舞いする。
ゴロゴロと地面を転がり……ルッテは綺麗に体勢を起こしてダッシュで戻って来た。
「先輩はミシュです! そんなミシュエラなんてお嬢様らしい名前は絶対に似合いませんから! 世の貴族令嬢に謝ってください。今からお城に行ってとりあえずフレア先輩に謝りましょう! あの人ならきっと半殺しぐらいで許してくれるはずです!」
「……」
発狂しているルッテにミシュは腰に下げている飾りを外す。
ユニバンスの騎士である証明となる飾りには、国の決まりで本名が刻まれている。これを偽造するのは大罪であり、発見次第厳しい取り締まりを受け大半が死罪となる。
故にミシュとてこれの偽造品を持ち歩いたりはしない。
黙って相手にそれを見せた。
ジッと飾りを凝視し、何度も拭いて確認し、こちらの様子を伺っている一般兵たちに1人1人確認して回り……そしてミシュの前に戻って膝から崩れ落ちた。
「これがミシュエラだなんて絶対に間違っている……」
「だからそっち? 私がエバーヘッケ家の娘と言うことは? メッツェの姉と言うことは?」
何故か自分の名前に文句を言われ続けているミシュは、手元に戻った飾りを掲げて名前を見つめる。特に愛着など無い普通の名前だ。自分の本名だ。ただ愛称と言うか普段使いしている『ミシュ』の方がしっくりと来るのは本音だ。改名して良いのであれば『ミシュ』にしたいほどだ。
どうにか顔を上げたルッテはミシュの問いに口を開いた。
「だって名前が立派だと……墓石に刻むと残るんですよ?」
「へっ?」
ゆら~と立ち上がった後輩が発する気配から、おぞましい物を感じてミシュは自然と間合いを取った。
「先輩が彼の姉だと? 同じ家名だと? そんな問題は簡単に解決できるんです」
待機している野次馬たちにルッテは視線を向けると……彼らは黙って彼女が愛用している弓と威力重視の爆裂の矢(改)を持って来た。
「だって今日が先輩の命日になるんです。故人になれば……『あ~。そんな先輩居ましたね~』って笑い話に出来ます」
「おい待て後輩?」
だがルッテは止まらない。
「でも先輩の本名は残るんです。ですが心配しないでください。アルグスタ様にお願いしてどうにか墓石の方は『ミシュ』と刻んでもらいます。何ならここで始末して行方不明扱いすれば……そうです。その手がありました」
狂気を顔に宿し、ルッテは虚ろに笑いながら弓を構える。
「先輩を始末して行方不明にすれば良いんです」
「これほどの目撃者が居て! ……って、全員して顔を背けるの!」
野次馬たちは顔どころか背を向けて来てミシュは絶叫した。
「先輩」
「はい?」
危険な声音に震えながらミシュはゆっくりと後輩を見る。
「死んでください」
迷うことなくルッテは矢を放った。
~あとがき~
ミシュとルッテの会話って本当に書きやすいわ~w
ただ暴走するから予定より長くなって…まさかの次話まで話が伸びるとは。
ようやくルッテはミシュの秘密を知りました。
そう。ミシュの本名はミシュエラです。みんな覚えていますか?
えっ? 彼の姉? そんなことは…始末してしまえば良いんです。始末すれば
© 2022 甲斐八雲
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