あの2人はやる気よ

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸近郊



「うわぁあああああ~!」


 荒れ地になっている方に向かいミジュリが叫んでいる。

 その様子を僕は遅い晩御飯を食べながら眺めていた。


 一応あの残念は反省を思い出した。それと同時に恐怖も思い出したのだろう……今は全力で吠えながら感情のままに魔法を放ちまくっている。

 八つ当たりだ。ただの八つ当たりだ。ぶっちゃけ煩くて困る。


「ポーラ。おかわり」

「はい」


 給仕をしてくれるポーラにグラスを渡すと冷えたワインがまた届く。

 それを口にしながら……そろそろかな? どうだろう? まあ良いや。


「行って来い。ニク」


 我が家の宝玉担当リスをミジュリの元へ……行かないな。行かないね。行けよ?

 何故か全力でリスが顔を左右に振る。


 大丈夫だ。最近のトレンドは気合らしい。気合があればミジュリが作った毒の中でも走っていける。無理? どうしても? 頑張る気力も無い?

 なら仕方ないのでとりあえずミジュリが落ち着くまで……あっ姿が消えた。


「改めて逝って来い!」


 冗談だって。だから僕の体を這い上ろうとするな。まだたぶんあの周辺は毒だらけだろうから近寄るとかなり危ないはずだ。というか本当に毒なのか?


「良し。戦術的に撤退だな」

「で、お嫁さんが待つ寝室に?」

「……嫌なことを言うなって」


 振り返るとポーラの姿をした悪魔が優雅に椅子に腰かけて寝っ転がっていた。

 本当にその辺の椅子ってエプロンから出るの? カラクリを説明して欲しいわ。


「ノイエは良いんだけどね。お嫁さんだし」

「あら? ならあのスライムが嫌なの?」

「……あれはあれで素晴らしいと思います」


 何度思い返しても良い物は良い物なのだと思う。


 本日のお風呂で僕は最後の命の洗濯をしていた。1人で。

 だがそれを許さない人たちが居る。ノイエとファナッテだ。

 2人して全裸になって襲撃して来た。


 流石にファナッテを湯船に入れると後で大変なことになりそうだからと僕が全力で制した。

 ノイエも何故か味方に回ってくれて、湯船に入れないファナッテが可哀想だからと代わりに彼女の体を洗った。


 ピカピカに磨いた。何故ならば胸だけ集中的に洗うとノイエが拗ねるだろうからだ。だから全身を洗った。二度洗い三度洗いと頑張った。

 そして堪能した。ファナッテの胸は良い物だと。


「問題は誰かがふざけた魔法を」

「聞こえな~い」

「聞こえているだろうが!」

「でも聞こえな~い」


 イラっとしたから空のワイングラスを投げつけたら、あっさりキャッチされた。


「別に良いじゃないの。死にはしないわよ」

「死ぬから! 枯渇して死ぬから!」

「大丈夫よ。空になっても自動回復するのがあれの機能でしょう?」

「工場が先にパンクするわ!」

「頑張りなさい。子孫繁栄の為に」

「このままだと大量虐殺だよ!」


 僕の苦情はいつも通りにスルーだよ。


「それで何か用か?」

「ん~。まあ一応お礼でもと思って……何よその手は?」


 慌てて駆け寄って確認したが熱は無いらしい。


 基本ポーラは氷の魔法と祝福を使うからヒンヤリしていることが多い。

 今夜もワインを冷たくするのに氷を作り出していたしね。


「大丈夫か? 変な物でも食べたか?」

「失礼な! 私だって感謝することぐらい……何処に手を入れている?」

「額だとちゃんと確認できないから」


 脇の間に手を入れてみたが大丈夫そうだ。やはり変な物を食べたに、


「魔女の本気キック!」

「へぶらっ!」


 顔面を蹴るなと言いたい。


「全く……少しは素直に感謝されなさいよね!」

「それがお礼を言う人の態度なのか?」

「私は良いの。だって魔女だもの」


 椅子の上に立って胸を張る悪魔が高笑いをする。

 ポーラの何かが壊れて行くからそのようなリアクションはマジで止めて欲しい。


「で、何に関してのお礼よ?」

「ん~。あの馬鹿な復讐魔を押さえ込んでくれたことに関してかしら?」

「あれは馬鹿だから自滅しただけ。というかノイエの姉を自称しながらノイエの性格を把握して無かっただけだな」

「無理を言ってあげないの。普段の彼女はどこかの魔女に融かされてたんだから」

「へいへい」


 軽く肩を竦ませると、悪魔がパンと胸の前で手を打つ。

 屋敷の方からゴロゴロと音が響いて来て……我が家のロボが転がって来た。


 ピタッと止まって……手足を出して酔っぱらいの親父のようにこっちに背を向ける。

 その様子はエロっているようにしか見えない。というかお前はロボだろう?


 ロボでも転がれば気持ちが悪くなるらしい。


「さあロボよ! ご主人様の為に宝玉を回収して来なさい」

「なんでやねん」

「はぁ? 逆らうの? 良い度胸してるわね……この似非がっ!」


 椅子を蹴りジャンプした悪魔をロボは静かに横移動で回避する。

 両足で地面に着地する結果となった残念さんは……足を抱えて蹲った。ジンジンしているんだろうな。


「すまんがロボよ。ちょっと宝玉の回収ヨロ」


 仕方ないなという雰囲気を垂れ流し、ロボが転がって行って……球が2つになって戻って来た。


「ニク~。宝玉を寝室に」


 こちらも分かりましたと嫌々な感じを漂わせて宝玉を回収すると玉乗りの原理で……おい待て。それはたぶん偽物だ。ロボだ。本物はこっちだ。見た目が似てたから間違った? カラーリングが違うだろう? 暗くて色が良く分からない?

 その理由なら納得だ。とりあえず足の下に存在する物を蹴り飛ばして、あの宝玉を部屋に。宜しくね~。


 手を振ってリスが遠ざかるのを見つめる。

 蹴り飛ばされたロボも慌てて戻って来ると屋敷へ向かい転がって行った。


「く~っ! あの緑色は、創造主を崇める気はないのっ!」

「屋敷に戻ったぞ~」

「き~っ!」


 何故かハンカチを噛みしめて悪魔が悔しがり出した。まあ良い。


「それであの馬鹿の身に何かあったらどうなってたの?」

「ん? 簡単よ。ちょっと魔眼の魔力量に差が生じるだけのことよ」

「で?」

「パーンてね。簡単でしょ?」


 悪魔が自分の右目の近くで閉じた右手を開いて見せた。


「その話が本当だったらね」

「何よう? 私が嘘つきだとでも?」

「女はたくさんの嘘を抱えて生きる生き物でしょう? 違うの?」

「そうね、それが良い女の条件よ」


 クスクス笑って魔女は改めて椅子に座り直した。


「結構この魔眼ってギリギリのバランスで成立しているのよ」

「そうなの?」

「ええ。ぶっちゃけ突貫工事だったから……良く成功したなっていうのが本音ね」


 当時のことでも思い出しているのか悪魔が……何故かシャドーボクシングを始めた。


「次こそは抉るような左フックをあの馬鹿の脇腹に叩き込む」

「誰によ?」

「決まっているでしょ? 始祖よ」


 紫蘇でも大葉でも何でもいいんだけどね。


「お前ら本当に仲が悪かったんだな」


 殺し合いの話しか聞かないわ。


「まあね。最後は本気で殺し合いしてたし……でもこればかりは仕方ないのよ。ずっと同じ人間と生活していれば、どんなに仲が良くても相手の嫌な点が目に付くようになる。そうなると最後は箸の持ち方1つで大魔法の撃ち合いよ」


 まあ怖い。というかちょっと待て?


「……人類の方向性で喧嘩したとか言ってなかった?」

「それは最後の決別の理由よ。その前からたぶん私たちは破綻していたのよ」


 熟年夫婦の離婚理由じゃあるまいし、そんな話は聞きたくない。


「まあ今回は本当に感謝してるの。最悪私が出てあの馬鹿を押さえ込もうと」

「の割にはあれが魔剣を持っていた理由は?」

「そんなの簡単よ。まず味方だと信じ込ませる。それから裏切る。どうよ?」


 そんなドヤ顔されてもね。


「困っている割には確りと遊んでいるのね」

「それが私よ。刻印の魔女よ」

「そうですか」


 諦めつつ椅子から立ち上がり屋敷に向かって……


「忘れてた。ミネルバさんの傷は?」

「綺麗にくっ付けたわよ。ただ激しく動くと傷口があれするから明日も休ませておいて」

「了解。ポーラを監視に置いて行くよ」

「あら? 優しい。明日は楽しいお説教がお城で待っているから?」

「だろうね」


 今回は平和に終わらせたんだけどな。


「だから今夜はぐっすりと寝て」

「無理ね。あの2人はやる気よ」


 断言しないで欲しい。分かっているけど。理解はしているけど。


「今頃貴方を誘惑する衣装も決まってバッチリ待機しているはずよ。よっこの女殺し」

「今からその女性に殺されに行くんですけど?」

「よっこの子孫殺し!」


 だからポーラの口でそんな言葉を吐き出させるなって。




~あとがき~


 色々な感情が赴くままに魔法を放ちまくってミジュリは退場。


 刻印さんは不真面目ですが真面目なので最後の一戦は越えないタイプです。

 越えなければ全力で遊びますがw


 そして2強が待つ場所へアルグスタは向かい歩き出した!




© 2022 甲斐八雲

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