名も消された者たちの恨みを!

 ユニバンス王国・王都北側 演芸区画(仮)



「1つ問うても宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

「貴女の祝福では私を止めることが出来ても殺せるとは思えませんが?」


“黒影”と名付けられた魔法に対し老メイドは間合いを取ることで対応していた。

 広げられている黒い布は攻撃範囲が決まっている。生地の長さよりも離れた攻撃は出来ない。


 フレアの質問に対し、老メイドは一度息を吐いて顔を上げた。


 相手の言葉は正しい。

 自分が持つ祝福は相手の動きを止めるだけのものだ。だからこそ相手の命を奪うための存在が必要となる。それが死んだお嬢様の役目であった。


 自信過剰な部分はあったが、ボウの腕は優れていた。一流の暗殺者だった。


「そちらも攻撃手段があるようには思えませんが?」

「どうでしょうか?」


 質問を質問で返されたフレアは動じない。

 もう仕込みは終えている。いつでも攻撃をして相手を仕留めることが出来る。


「それでこちらの質問の問いは?」

「……ご自分の体でご確認ください」


 そう告げた老メイドに見られたフレアは自分の体が硬直し動けなくなるのを感じた。

 ただそれだけのはずだ。これ以上の攻撃は……サッとフレアの顔に影が走った。

 老メイドが右手に瓶を持っていたのだ。


「少し強い毒ですがどうぞ」


 軽く放り投げ老メイドは後退する。

 放物線を描いて飛んで来た瓶はフレアの足元で割れた。


「……これは?」


 突如として起きた現象に老メイドは軽く狼狽える。

 突風が吹いて毒の煙を全て吹き飛ばしたのだ。


「失礼ながらお伝えしたいことがあります」

「……」


 冷たく笑う二代目メイド長に老メイドはその頬に冷や汗を浮かべた。


「私が祝福を使えると……どうしてお考えにならなかったのでしょうか?」


 その可能性を失念していた老メイドは、苦笑する。

 これで自分の勝ち目はほぼ失われたのだ。


「流石二代目のメイド長と呼ぶべきでしょうか?」

「どうでしょうね。私は先代に匹敵するほどの実力があるとは思っておりません」

「それほど強力な魔法と祝福があって?」

「はい。勝てるとは思っておりません」


 フレアの言葉に老メイドは胸の内で軽く頷く。


「あれは化け物ですからね」

「ご存じで?」

「ええ。若かりし頃に共に仕事を」

「そうでしたか」


 確かに数度若い頃に仕事をした。

 ただあの時は、自分の祝福を使う間もなくあの化け物は確実に敵の首を取って回っていた。

 手伝いを命じたブルーグ家当主は、隙あらばあの化け物を暗殺せよと言っていたが……隙も無くその機会など得られなかった。


「隙あれば殺すように言われましたが無理でした」

「でしょうね。私もあの人を殺す方法など思いつきません」


 敵対しながらも何故か共通の“敵”の話で意見が一致した。


「それで貴女はどうするのですか? 降伏ですか?」

「いいえ。残念ながらそれは出来ませんので」


 恭しく頭を下げる老メイドにフレアは静かな視線を向けた。


「私たちには裏切り防止の為の魔道具が付けられています。ですので降伏は出来ません」

「そうですか」


 そう言う理由があるなら仕方がない。

 フレアは仕込んでおいた砂鉄に向け魔法を使う。

 布の下に隠してあった砂鉄を矢じりの形にした。


「なら永久のお暇を……どうぞ」


 黒い矢じりを放つ。

 黒い布の下から殺到した矢じりを全身に受けた老メイドは、両膝から崩れその場に座り込んだ。


「絶命しないとは……お気の毒に」


 フレアの声に老メイドはその口から血液を溢れさせて笑う。笑いだす。

 残りの力の全てを注いで笑い続ける。


「気でも触れましたか?」

「……い、いえ。です、が……」


 震える手で老メイドは自身のメイド服を捲る。

 それを見たフレアは祝福を使おうとし、直ぐに諦め回避した。


「良き、判断……です」


 薬物を反応させ強制的に身につけていた瓶を破裂させる。

 全ての毒を撒き散らし……それでも老メイドは笑い続けた。




「しくじりました」


 逃れたフレアは自身の失態に顔を顰めた。

 撒き散らされた毒をそのままにしておけない。が、撒き散らした張本人は……その全身を毒に焼かれながらも移動を開始していた。

 もう長くは生きられないとひと目で分かる。


 けれど老メイドは足を止めない。真っすぐ歩き続ける。


 祝福を使い毒を封じ込めることも大切だが、老メイドが向かう先はアルグスタが居る場所だ。

 毒を後回しにすることに抵抗はあるが、流石に暗殺者を……移動する敵に右手を向けたフレアはその手を降ろし、毒の封じ込めを優先することとした。


 1つだけ忘れていた。


 この娯楽の少ない王都では、人殺しの現場ですら娯楽感覚で訪れる者が居るのだ。

 どうやってここの情報を仕入れたのかは知らないが。


「本当にあの化け物は……」


 呟きフレアは掃除を優先した。




 全身が焼けるように痛む。

 たぶん傷んでいるはずだが、その痛みも正直曖昧だ。

 感覚などもう残っていない。

 それでも足を動かし前進を続ける。


 降伏などしていない。ブルーグ家も裏切っていない。

 必死に標的であるアルグスタを殺すために足を進めている。

 だから心臓に仕込まれている魔道具は発動していない。


《私は……何をして来たのでしょうね》


 焼け爛れた顔で老メイドは笑う。


 自分という存在に価値を見出したブルーグ家が祝福を持つ者たちを集め暗殺者とした。

 これまでに多くの者たちが仕事に向かった。

 帰ってきた者も居れば帰ってこなかった者も居た。


 出向いた先で反撃にあったのかもしれない。

 出向いた先で……逃げ出そうとして死んだのかもしれない。


 誰もが暗殺者を務められる精神の持ち主とは限らない。心優しい者も居た。

 この場所に連れて来られた少女のような存在がそれだ。

 ただ生き残りたいがために必死に祝福を使っている。本来は戦いたくもないだろう。


《全てはこの私が悪いのですね……》


 老メイドは必死に足を動かし……そしてたどり着いた。


 石畳の舞台を椅子代わりにして腰かけている元王子だ。

 今回の標的だ。


「ずいぶんと遅かったな?」

「それは……もうしわけ」


 塊の血を吐き老メイドはその場で崩れ落ちた。


 限界などとっくに過ぎていた。それでも必死に歩いて来たのは……何の為なのだろう?

 自分に問うても分からない。分からないが自然と笑みがこぼれた。


 舞台に座る相手は話に聞く限りお人好しだということだった。

 けれどどうやらそれは嘘だったようだ。

 何故ならあんな無慈悲な目を向けて来る存在がお人好しとは思えない。

 言うなれば自分と同じ暗殺者の類に見える。


 舞台に腰を下ろしていた彼は飛び降り地面に立つ。

 軽く前髪を掻き上げ軽い足取りで近づいて来た。


「必死に生にしがみついて見苦しいな」

「……」


 相手の言う通りだ。

 自分が全ての始まりで、多くの者たちを死に追いやったというのに……見苦しくも生き恥を晒している。本当に情けない。


 腰を折り彼は老メイドの顔を覗き込んだ。


「それとも復讐でも考えているのか?」

「……」


 何も答えず老メイドは相手の顔を見る。

 冷たい視線で自分を見下してくる相手は何処か王者の風格を漂わせていた。


 本当に自分たちは愚かなことをした。

 こんな相手を敵に回し戦うなど本当に愚かだった。


「なあ暗殺者よ?」


 覗き込む彼の目が自分の目を真っすぐ見つめて来る。


「どうせもう死ぬだけの存在だろ? だったら叫べよ……自分の気持ちを」


 冷たい彼の目に老メイドは何とも言えない力を感じた。自分と同じ何かを感じた。


「言えよ。もし“俺”の琴線を震わせたら、気まぐれで復讐ぐらいしてやるぞ?」


 笑い屈めていた体を起こして彼はゆっくりと背中を向ける。

 何も答えない……もう喋れない自分を見限ったのか、そう思った老メイドは口を開いた。

 焼け爛れた頬が裂けて血が溢れたがそれでも口を開いた。


「復讐を!」


 彼の足が止まった。


「名も消された者たちの恨みを!」


 がふっと塊の血を口から溢れさせ、老メイドは前のめりで崩れた。

 地面に頬を付けそれでも視線で彼を見る。


「……気が向いたらな」


 肩越しに振り返った彼はそう言って笑うと背を向け歩き出す。

 ゆっくりと片手を上げると誰に向かう訳でもなく命じた。


「掃除は任せた」

「畏まりました」


 彼の声に返事をした者の声に老メイドは全身を震わせ、そして笑う。

 どうやら自分の最後はこの国で最も強い……そこで老メイドの意志は途切れた。




~あとがき~


 師から貰った術式と祝福を持つフレアですらスィークには勝てません。

 あの人は本当にチートレベルの強者ですから…全盛期ならカミーラですら圧倒してるんじゃない?


 いつもと雰囲気の違うアルグスタらしい存在が!

 忘れてた。この馬鹿でもシリアスが出来る条件をw




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る