邪魔をするなら蹴散らしてあげなさい

 ユニバンス王国・王都北側 演芸区画(仮)



 もうほとんど死にかけていた相手の首を刎ねても大量出血は起こらなかった。

 ただ弱々しくその斬り口から血液を溢れさせ……そして古き顔見知りは顔の大半を焼け爛れた状態で満足げに微笑んでいた。


「アルグスタ様」

「何だ?」

「……いつもと雰囲気が違うようですが?」


 黒いドレス姿の女性……先代メイド長であるスィークの問いに舞台へと戻った彼は、軽くその石造りの塊に手を置きひょいと昇って椅子とした。


「余りにも暇で寝てたんだよ。今も寝てる。気にするな」

「……害意は無いと?」


 目を細め凄みを見せる相手にアルグスタは膝を叩いて笑う。


「その問いの返事は困るな。“俺”は害意の塊だ。ただその思いは別の方へ向けられている。だからこの国をどうこうする気は無い」

「それを信じろと?」

「信じるも信じないもお前次第だろう? 逆に聞く。何をどうすればお前は俺を信じる?」

「……」


 沈黙した相手に気怠そうな目をアルグスタは向けた。


「お前にはその問いへの答えなど無いだろう? お前は誰も信じてなどいない。信じているのは自分の実力だけだ。まあそれが暗殺者の類の人間としては正しい姿勢なのだろうけどな」

「……そうですね」


 フッと息を吐いてスィークは相手への警戒を緩めた。


「それで良い。お前が培ってきた、その信じている実力は本物だ。お前がその気になれば俺の首など容易く取れるさ。まあその後は知らないけどな」

「どうでしょうね。ノイエなら西部の地からでもわたくしの攻撃を防ぎそうですが?」

「それは流石に買いかぶりすぎるだろ? だからまあ……こうして俺が寝ぼけているわけだがな」


 軽く鼻で笑ってアルグスタは前髪を掻き上げた。


「……本当は余り起きたくは無いんだ。ただ『復讐。復讐』とふざけた声が俺の耳にも届いてな……ノイエが適当にこの体に対して何かしているのが原因だと思うのだが、本当に煩わしくてな」

「それで貴方は寝ぼけて出て来たと?」

「ああ。そう通りだ。だからまあ……この会話もただの寝言の類だと思って忘れて欲しい」

「畏まりました」


 告げてスィークは転がっている老メイドの頭部を広げた布で優しく包む。


「どうする気だ? 暗殺者の類は晒し首だろう?」

「……何処に暗殺者が?」


 包んだ布を血で濡らす頭部を抱きかかえ、スィークは舞台へと目を向けた。


「ここに居るのは主人に従い付き従ったメイドのなれの果てでございます。誰かの寝言と一緒でそう思っていただければと」

「そうか。ならそれで良いんだろうな」


 ゴロリと横になり、アルグスタはニヤリとした笑い顔をスィークに向けた。


「意外と優しいな。先代メイド長……話を聞く限り厳しさだけで構成された人物だと思っていたが?」

「ええ。ただわたくしはメイド長でしたので」


 軽く指を鳴らしスィークは待機している部下たちを呼び寄せる。

 誰もが口が堅く何より忠誠の厚い者たちばかりだ。この場の会話も『忘れろ』と命じれば綺麗に忘れることの出来る者たちばかりだ。


「全てのメイドに対し優しい存在でありたいと」

「高尚な心掛けだな。尊敬するな」


 目を閉じてアルグスタは息を吐く。


「そろそろ限界だ。俺は寝るよ」

「でしたら最後に」

「……何だよ?」


 有無を言わさない口調のスィークに気怠そうな声をアルグスタは吐き出す。


「お名前を伺っても?」

「アルグスタだよ」


 本当に面倒臭そうに彼はそう答えた。


「この国の元王子だった男だ」

「……」

「まあ俺としてはユニバンスよりもルーセフルトの名の方がしっくりと来るがな」


 そのまま口を閉じて彼は眠りに落ちる。

 相手の呼吸や様子から本当に眠った者と判断したスィークは、部下たちに撤収を命じる。


「先生」


 ただ弟子の1人が音も立てずに近づいて来た。


「近衛の密偵たちが体勢を立て直して反撃に打って出てきました」

「遅い。本当にあの馬鹿王子の部下たちは……」


 一番の弟子が居ないとこうも反応が遅いのは、上官である者の怠慢だとスィークは胸の内で呟く。


「構わず撤収します。邪魔をするなら蹴散らしてあげなさい」

「「はっ」」


 片膝を着いて待機しているメイドたちが声を揃えて返事をする。


「それとこの場での出来事は全て『夢』です。目覚めたら立ち上がり全てを忘れなさい。もし忘れられないようならばこのわたくしが直接永久の眠りに誘ってあげましょう」

「「はっ」」


 迷うことなく立ち上がったメイドたちは、先ほどの会話を全て頭の中から消し去った。


「では参りましょう」


 まだ暖かな頭部を抱いてスィークは歩き出す。

 その前後左右を警護するメイドたちの手により反撃に打って出た近衛の密偵たちは蹴散らされ……メイドたちの撤収を許してしまった。




「お食事ですか? メイド長様」

「はい。少々無理をしまして……食べますか?」

「出来たら。少し空腹で」


 ちょっとした空箱を椅子にしていた腰かけていたメイドは、自分の隣を相手に進める。

 譲られた場所に腰かけたモミジは、相手から手渡されたパンに嚙り付いた。

 野菜と焼かれた肉に塩コショウが良く効いていて……気づけばペロリと食べてしまった。

 もう少し食べたいところだが、今日の仕事はもう終わりの様子なのでモミジは我慢を選んだ。


「そちらは?」

「はい。何故かボロボロになった近衛の人たちが片づけを引き受けてくれまして」

「そうですか」


 メイド長の問いにモミジは短く答える。

 付き合いはそれなりにあるのだが、ただ一点色々と気まずい部分があってどうも会話が弾まない。


「イーリナさんは?」

「えっと地面に『帰る』とだけ示されていたそうです」


 迎撃を終えたのであろうイーリナは早々に帰宅を選んだらしい。

 掃除を引き受けた近衛の者たちから直接聞いたのでたぶん間違いではない。その者たちからフレアの居場所を聞いてモミジはここに来たのだ。

 ただ近衛の者たちも帰宅する彼女の姿を見てはいないそうだ。


「まあイーリナさんですから」

「そうですね。昔からあんなでしたし」


 2人は納得し何となく口を閉じる。


《どうすれば良いんでしょうか?》


 モミジは内心頭を抱えていた。

 謝った方が良いのかとも考えたが、別に悪いことはしていない。だから頭を下げたら相手に嫌味とも思われかねない。故にどうすれば良いのか分からず困ってしまう。


「アーネスは元気ですか?」


 と、フレアの方からその言葉が出て来た。


「はい。とっても」

「そうですか」


 そこで会話が終わる。


《頑張れ私! こういった責め苦は興奮できません!》


 気合を入れてモミジは口を開く。


「フレア様」

「お気になさらず」

「……はい?」


 出鼻を挫かれたというか、相手の毒気の無い言葉にモミジは間の抜けた声を上げた。


「もう終わったことです。だから貴女は何も気になさらず……どうか彼と末永くお幸せにお過ごしなさいますよう重ねてお願いします」


 立ち上がりモミジの前に来たフレアは深々と頭を下げた。


 だからこそ分からない。

 ここまで相手を思いやれる人物が、どうして彼を捨てたのかが。


「フレア様は彼のことを?」

「……その言葉はどうか」


 もう一度頭を下げてフレアは立ち去ろうとする。


 その背を見つめモミジは何とも言えない怒りを覚えた。

 余りにも自分勝手すぎる気がして……腹が立ったのだ。


「ちょっと待ってください! いくら何でも!」


 声を荒げるモミジにフレアは振り返った。


「ええ。その通りです」


 ただ優しげな表情でフレアは言葉を続ける。


「私はただの悪い女です。誰からも嫌われるようなことをし、罪も犯した女です。ですからどんなに酷く言われても反論などできません」

「だからって!」

「ですからどうかこのような馬鹿な女にはもう関わらずに願います」

「……」


 もう一度頭を下げて立ち去るフレアに、モミジは腰のカタナを抜いて上空に断空を放つ。

『違う。そうじゃ無い』と叫びたかったが……ただ相手の態度にその言葉を飲んだ。


 きっとフレアは望んで嫌われる道を進んでいるのだと分かったからだ。

 まるでそれが自分への罰だと言いたげに……だからこそ腹が立った。




「あ~良く寝た」


 背伸びをして起きたら太陽がだいぶ西の空に。

 うん。ぐっすり寝たね。


「……」


 そして僕を見つめるノイエのアホ毛が禍々しい動きをしているんですが?

 今日の仕事は終わったのでしょうか?


「アルグ様」

「……申し訳ございませんでした!」


 とりあえず全力でお嫁さんに向かい土下座した。




~あとがき~


 騒ぎの元にこの人あり。と言うことで見学に来ていたスィーク叔母様の乱入です。

 ただ顔見知りの頭部がさらし者にならないように…叔母様はメイドに対しては優しいのです。


 久しぶりの本物アルグスタは…書いてると別人だな。別人なんだけどね。

 ただ彼の苦情は…ノイエの中に居るミジュリたちに言って欲しいかな。


 で、ノイエが激おこです。その理由は?




© 2022 甲斐八雲

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