寂しかったのでしょう?
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「む~」
「……」
ポーラを膝の上に乗せてギュッと抱える。彼女の背中から抱きしめている状態だ。
僕らが執務室に戻ると、クレアとイネル君は仕事を終えて帰宅していた。
時刻としては夕方なので帰っていてもおかしくない。それに馬鹿兄貴が言うにはあの2人には常にクロストパージュ家の護衛が傍に居るらしい。東の雄と僕との戦争は避けたいだろうからあの2人には手を出さないというのが馬鹿兄貴の判断だ。
と言うかあの2人も標的になっていることが許せない。何その無差別テロは? ふざけるなと言いたい。何よりこんな幼くて愛らしいポーラも暗殺対象だと? 本気で笑えないんですけど? ねえ? 誰の何に喧嘩を売ったのか本気で思い知らせる必要があると思うんですけどね。
「にいさま」
「反論は却下」
「……くるしいです」
少しだけ力を緩める。でも放さない。
ウチの可愛い妹様に何かあったら僕の気が狂ってしまう。
これは癒し兼保険です。今すぐノイエを呼んで西部と戦争しても良いんです。つかやるか?
先生だってポーラが狙われていると知れば……ダメだな。アイルローゼの腐海で人を殺すようなことはしたくない。
なら猫か? あれはあれで人殺しはさせたくないし、だとしたら誰が適任だ?
「今夜はホリーを呼ぼう。後のことは知らん」
「にいさま」
「黙ってなさい」
「……」
必死に小さな体を動かしてポーラが僕の方を向いた。
「あらそいはだめです」
「でもポーラ」
「だめです」
珍しくポーラが怒った様子で僕を見つめて来た。
「こんかいはいつものたたかいとはちがいます」
「でもそれは相手が仕掛けてきたことだしね」
喧嘩を売って来た方が悪い。
「だからだめです」
「どうして?」
「こじがたくさんしょうじます」
「……」
「それはだめです」
自分も子供の頃に病気で両親を失ったポーラがそんなことを言うのです。
親の居ない悲しみを良く知っているからこその言葉だろう。
「分かった。街に攻撃はしない」
「はい」
「でもブルーグ家には地獄を見せる」
「……」
それは決定事項だ。誰の何に喧嘩を売ったのか知らしめる必要がある。
僕の家族の命を狙う代償がどれ程の物かその身で知ると良い。
「にいさま」
「なに?」
「ころしてはだめです」
「それは相手次第です」
「にいさま?」
「こればかりはポーラの言葉でも約束できません」
だって僕は家族を守るためなら何でもすると決めている。
と、ポーラが頭を動かした。
音も立てずに執務室へやって来たノイエが……今日は仕事が早く終わったのか?
ただ入り口に立ったノイエのアホ毛が綺麗な『!』になっていた。
「ダメ」
トトトと走って来てポーラを僕から奪おうとする。
でも今日は譲りません。ギュッと妹様を抱きしめて防御です。
「どうして?」
まさかの僕の防御にノイエが狼狽えた。
「今日はダメです」
「何で?」
「馬車に行ったら説明します」
「……はい」
渋々と言った感じでノイエが頷く。
僕はポーラを抱きかかえたまま立ち上がり、帰宅する為に馬車へと向かう。
ノイエは僕の服の裾を掴んで離さない。完全に拗ねて膨れていた。
お城を出て待っているとナガトが馬車を引っ張って勝手に来た。
扉を開いて中に入ると、ノイエが僕の背中に抱き着く。
「アルグ様?」
「ノイエ」
そっと彼女の手を外してポーラを挟む形でノイエと向き合う。
馬車の中で川の字になって横になると、ナガトが勝手に屋敷に向かい動き出した。
「僕は怒っています」
「にいさま」
「ポーラは黙ってなさい」
少し強めに告げたらポーラは口を閉じた。
「怒ってる?」
「はい」
「どうして?」
ノイエが真っ直ぐ僕を見つめて来るので、僕は簡単に今日の出来事を頭の中でまとめた。
「ポーラの命が狙われています」
「……」
これじゃあ伝わらないか?
「誰かがポーラを消そうとしてます」
「消える?」
クルンとノイエのアホ毛が回った。
「……消えるのはダメ」
ノイエが手を伸ばしポーラを抱え込む。
とても大切そうに自分の妹を抱きしめたノイエがジッと僕を見つめて来た。
「どうして?」
「誰かがそれを企んでいるから」
「……」
「悪い人が消そうとしてます」
「……そう」
ギュッとポーラを背後から抱き寄せたノイエの顔が妹の頭に隠れた。
「それは許せない」
ゾッとするほど低く抑揚のない声が響いた。
間近で聞かされたポーラは白い顔をより真っ白にする。
僕だって自分の体から血の気が引くのを感じた。
ノイエがこんなに怖い声を出すとは思わなかった。
「ノイエ?」
「はい」
ポーラの頭から顔を離した彼女の表情はいつも通りだ。無表情だ。でもどこか雰囲気が違う。
「怒ってる?」
「……分からない」
でもノイエはそっと手を動かしポーラの胸の上に掌を置いた。
「ここがざわざわする。凄くざわざわする。痛いくらいに」
「ノイエ?」
「許せない。家族を消すのはダメ。消えるのはダメな子。消えるのは私。だから小さい子が消えるのは違う。消えちゃダメ。消えて良いのは、」
「ノイエ!」
ビクッと反応してノイエの目が僕を見た。
「ノイエも消えちゃダメ。僕が悲しいから」
「……はい」
コクンと頷いたノイエが体を起こしてギュッとポーラを抱きしめた。
「大丈夫。この子は消さない」
「ノイエが守ってくれる?」
「……違う」
目を閉じてポーラを抱きしめているノイエの口がゆっりと動いた。
「お姉ちゃんがしてくれる」
「ちょっとアイルローゼっ!」
「知らないわよ!」
蠢くように通路が蠢動していた。
生物の腹の中の様に蠢く魔眼の通路で、アイルローゼとスハは壁を掴んで必死に耐える。
こんなことは始めてだ。外で何かあったのか、それともあの魔女が何かをしたのか……原因は分からないが、悪い予感しかしないアイルローゼは一瞬撤収も考えた。
《ダメね。ここで逃げれば……深部を毒で満たされたら厄介なことになる》
後のことを考えるとやはり逃げられない。覚悟を決めてアイルローゼは顔を上げる。
一瞬それが見えた気がした。
気のせいか……そう思いながらも目を凝らして確認すれば、たぶん間違いない。
ファナッテが床の上に倒れていた。
「スハ」
「何よ?」
暴れる床にスハもどうにか壁を掴んで対応している。
「ファナッテが居た。ミジュリが周りに居ないか警戒して」
「了解」
アイルローゼは壁を伝いながら前進する。
一歩ずつ近づけばやはり間違いない。倒れているのはファナッテだ。
一瞬右手を向けて魔法語を綴ろうとしたが、アイルローゼは躊躇い右手をまた壁に付く。
揺れる床に気を付けながら必死にファナッテに近づき、彼女の傍で両膝を床に下ろした。
「起きなさいファナッテ」
「……だれ?」
ゆっくりと両眼を開いたファナッテはそれを見た。
赤くて長い髪の毛。それは彼女からすれば天敵でしかない。
魔女だ。あの痛くて苦しい魔法を放つ残虐な魔女だ。
「いやっ! イジメないで! 痛くしないで! ちゃんとするから! ちゃんとやるから!」
必死に起き上がりファナッテは泣きながら後退する。
逃れようと、恐ろしい魔女から逃れようと……自身の魔法を放ちながら後退する。
「分かってる。腐海は使わない」
「……えっ?」
逃げることを許してくれなかった魔女にファナッテは捕まった。
そっと自分の首に両腕を巻かれて優しく抱きしめられたのだ。
「……ダメ。魔法で、私の魔法で」
「ええ。凄く痛いわ」
自分の腕を体を顔の一部をファナッテの魔法に焼かれながらも、アイルローゼは相手を抱きしめた。
「ごめんなさい。私はたぶんずっと貴女のことを勘違いしていたみたいね。……違う、ただ面倒だったのよ」
「……」
「貴女はずっと自分勝手に魔法を使って遊んでいるだけだと思うようにして、関わらないようにしていた。深く関わって知ってしまうと面倒臭いことになるって知ってて」
優しくアイルローゼは相手の耳元に語り掛ける。
「でもそんな私のままでは駄目だと気付かされた。あの馬鹿は私のことを『優しすぎる人だ』って何度も言うものだから、だから向き合うことにした。自分と。
面倒だから、煩わしいからってそんな理由で避けることは止めることにした」
軽く皮膚を焼かれる感覚に眉をしかめる。けれど魔女は言葉を止めない。
「貴女はずっと寂しかったのでしょう? だから唯一の相手であるミジュリに従うしかなかった」
そっと相手を抱いてアイルローゼは優しく語りかける。
「貴女はただ……ミジュリを恐れていただけなのでしょう?」
~あとがき~
事実を知ったノイエですらブチギレです。
ノイエがキレるのってぶっちゃけかなり危ないんですけどね。色んな意味で。
魔眼の中では何かが蠢きアイルローゼたちを襲います。
けれど前進を続けた魔女は遂に目的の人物を発見しました。毒の息吹ファナッテです。
魔女はファナッテを抱きしめ……そして告げます。
本当の自分と向き合い、そして逃げることを止めると。
有言実行でまずファナッテと向き合うことを魔女は実践しました
© 2022 甲斐八雲
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