今から独り言を言うぞ

 ユニバンス王国・王都王城内近衛団長執務室



 怒りに任せて挨拶も無く出て行った弟の後ろを愛らしい小柄なメイドが深く頭を下げていく。


 最も暗殺者たちに狙われているであろう少女だというのにその表情に不安は感じられない。故にハーフレンは自分の机に戻り肘をついて軽く頭を抱えた。


 細心の注意をもってあの馬鹿の警護を命じていたというのに、どうして明るみになったのか?  そもそもあれが気づくとは思えない。

 そう考えると護衛対象である義妹が気づいたのかもしれない。


「ハーフレン様」

「……何だ?」

「紅茶でも」


 改めて淹れ直した紅茶を差し出したビルグモールは、軽く微笑んだ。


「正直アルグスタ様に全てを打ち明けて気が楽になったのでは?」

「……むしろ重くなったよ」


 顔を上げハーフレンは紅茶を啜る。


「あの馬鹿は基本お人好しだ。自分の周りの人間が狙われていると知ったら何をやり始めるか想像もできない。下手をしたらブルーグ家と全面戦争をするぞ?」

「それの何が問題でも?」

「……流石に相手がな。大貴族を相手にあの馬鹿が全力を出してみろ」


 言われてビルグモールは腕を組んで考える。


「それはそれはとても楽しいことになりそうですね」

「……そう言えるお前はアルグ向きなんだろうな」

「でしたらドラグナイト邸の警護に」

「戻さん」


 それとこれとは別なのでハーフレンは許さない。


「あの馬鹿はアイルローゼ含め数多くの優秀な人材を抱えている。正直言えばあの魔女が出て来るだけでも西部は消えるぞ?」

「そうでしょうね。ですがそれを含めて西部は判断を誤ったということでは?」

「……そう割り切っちまった方が楽なんだろうな」


 自身も考えていたことを言われハーフレンは渋面になる。


「失礼します」


 静かな声音が響きメイドが1人入って来る。

 本来であれば王弟屋敷付きのメイドである2代目メイド長であるフレアだ。


「何だフレア? 親父に何かあったか?」

「いいえ。前王様は特に問題無く執務を執り行っています。ただメイドたちの尻を撫でるのでそのことが苦情として私の元に多く」

「後でお袋に言っておけ。今夜にでもお灸が据えられて……明日執務が出来なくなると厄介だからほどほどにさせておけ」

「厄介なご指示ばかりですね」


 皮肉を告げて来るメイドにハーフレンは増々渋面になった。

 自分はこんなにも苦しんでいるというのに、どうも周りの者たちはそれを理解してくれない。


 ハーフレンの元に来たフレアはティーカップを掴んで匂いを確認すると、その中身を処分して新しく淹れ直した。


「蒸らしが足りません。もう少し香りを出さないと」

「メイド長様が淹れたものには敵いませんよ」


 早々に両手を上げてビルグモールは自身の机へと戻った。


「それでアルグスタ様がいらっしゃったとか?」

「もう耳に入ったか?」

「はい。私が行くように仕向けましたから」

「おい」


 流石に許せない言葉だったのでハーフレンは相手を捕まえようと手を伸ばした。

 しかしフレアはその手を掻い潜り、フワリと逃れて背筋を伸ばす。


「余り裏で色々と画策するとアルグスタ様は想像できないことをし始めますので」

「だからって全部を告げたらあの馬鹿は内戦を始めるぞ?」

「何か問題でも?」


 しれっとメイド長は告げて来た。


「自ら犬に手を差し伸べて手を噛まれた馬鹿な貴族が悪いのです」

「その犬が狼だったら?」

「犬種の判断も出来なかった馬鹿が馬鹿なのでしょう」

「……そうか」


 フレアもビルグモールも同じようなことを言ってくる。

 そこまで言われればハーフレンとて……増々慎重に考え込んだ。


 主の様子にフレアは小首を傾げる。

 普段の彼であればここまで焚きつければ、弟の好きにさせて後始末の手配に徹するはずだ。


「何をお悩みになりますか?」

「……お前たちが気づいていないことだな」


 頭を掻いてハーフレンは好戦的な2人に視線を向けた。


「なあ? フレアにビルグモールよ。お前たちですらそこまで言うんだ。それをあのブルーグ家の当主、バッセンが気づいていないと本当に思うか?」

「「……」」

「アルグに喧嘩を売ればあれが動くことぐらい普通考えるだろう?」

「そうですね」


 フレアは正直にそれを認めた。

 自分たちが考えつくことだ。相手だって十分に考えが付くはずだ。


「なら動くのを待っているんじゃないですかね?」


 ビルグモールの言葉が全てだ。


「そうだよ。たぶんバッセンはアルグが西部に来ることを望んでいる」

「理由は?」


 スッと目を細め見つめて来るメイドにハーフレンは軽く肩を竦めた。


「ブルーグ家……と言うか西部に居る貴族たちはとにかくアルグスタに一撃を入れたい。もし王都でそれを実行し、あの短気が西部に殴り込みに来れば……だからファナッテか」

「ファナッテ?」


 あまり聞きたくない名前を耳にしフレアは眉をしかめた。

 それをハーフレンは見逃さない。鋭い視線をメイド長へと向けた。


「知っているのか?」

「毒魔法の使い手として有名です」


 背筋を伸ばしフレアは正直に答える。


「彼女は多くの毒を作り出した魔法使いです」

「アルグもそう言っていたな」

「そしてその毒は解毒不能と言われ対処法も無いとか」

「それは初耳だが納得した。ビルグモール」

「こちらになります」


 先の話し合いの内に探しておいた資料をビルグモールはハーフレンに手渡した。


「ここ最近で原因不明の病で亡くなった者たちです」

「……どれも中立派か」

「はい」


 ピラピラと資料を捲ってハーフレンはそれを机の上に戻した。


「コンスーロを呼んで来たいが仕方ない。お前たちも知恵を出せ」

「「……」」

「返事はどうした?」

「自分は近衛の騎士ですので命令されれば」


 早々に抵抗を諦めたらしいビルグモールは席に戻る。

 ただフレアの表情は曇ったままだ。


「フレア?」

「……ハーフレン様。正直に申しても宜しいでしょうか?」

「メイド長の地位を継いだお前が遠慮するとかおかしいだろう? 前任者ほど毒を吐かないなら好きにしろ」

「はい」


 理解ある主の言葉にニコリと笑って、フレアはハーフレンに向け口を開いた。


「少々私の仕事が多くなって来たのでアルグスタ様に全てを打ち明けて逃れようと思ったのに……その企みを台無しにしないで欲しいのですが?」

「毒は吐くなとは言ったが、代わりにどす黒い物を吐き出すな」


 正直すぎる愛妾の言葉にハーフレンは背筋を汗で濡らした。


「仕方ありません。前王様とラインリア様のお世話に子供たちの世話。それに子供の様に我が儘な近衛団長の躾にと忙しいのです」

「俺だけ世話じゃなくて躾って辺りに黒い物を感じるぞ」

「気のせいです」

「その言い回しはスィークっぽいぞ」

「……」


 相手に毒を吐いてハーフレンは顔を顰めた。


「今から独り言を言うぞ」


 そう宣言し彼は言葉を続ける。


「知らない間に俺たちはあの馬鹿に還しきれないほどの恩を受けている。あれはそれを普通だと思っているがこっちからすれば多大な物だ。もう何をどうすれば良いのか分からんほどにな。

 今回の件はブルーグ家がそこまで本気で戦力を動員して来るとは思わなかった。これは俺と兄貴の判断ミスだ。だから兄貴は東部を回り色々と協力を取り付けている。アルグが西部と戦争を始めた時に左右から挟まれないようにな」

「それなら問題は無いかと」


 主人の独り言にフレアは口を挟んだ。


「クロストパージュ家はアルグスタ様と戦う意思はありません。むしろ彼が秘匿している人材を1人でも引っ張って来れないか躍起になっている様子です」

「それはそれで戦争案件になりかねない。一応お前の実家に釘を刺しておけ」

「私にはもう実家などございません」


 恭しく頭を下げるメイドにハーフレンは軽く笑う。


 彼女がたまに王都のクロストパージュ屋敷に出向いているのは知っている。あくまでメイドとしての技術指導らしいが何をしているのかまでは詳しく聞いていない。


「南部はミルンヒッツァが中心になって一応取り纏めてはいる。何故かあの家はアルグスタに関しては全面的に協力的なんだよな」

「嫉妬ですか?」

「何のだよ」


 鼻で笑ってハーフレンは息を吐いた。


「さあ……問題はあの馬鹿がどう動くかだ。誰かそれを予想してくれ」


 特殊な思考で生きるアルグスタの行動など誰も予想などできなかった。




~あとがき~


 暴走王アルグスタが暴走したら…内戦ですら起こりかねません。

 それを回避したいハーフレンは色々と気を配るのですが、周りの相談相手は抗戦派ばかりのご様子でw


 ただ色々と馬鹿な弟には助けて貰っている恩があるので、これ以上恨まれるようなことはして欲しくないんですけどね。

 それを察することが出来る弟だったら問題無いんですけど…




© 2022 甲斐八雲

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