ふくしゅうを。ふくしゅうを。ふくしゅうを
ユニバンス王国・王都内
「やはりあの人は無理そうですね」
「はい」
時は夕刻を過ぎ夜の闇が王都を包んでいる。
食堂街と呼ばれている通りには料理と酒の匂いが強く漂い、恰幅の良い男性は軽く唾を飲みこんで小腹が空いたと自己主張する自身の腹を誤魔化した。
賑やかな通りの端を恰幅の良い男性とまだ幼い少女が手を繋ぎ歩く。
少女は食堂でルッテの動きに驚いた少女だ。
「あの距離から気づくんです。常に全体を見ていると思った方が良い」
「はい」
恰幅の良い男性は、丸々と太った腹を軽く揺らしながら通りを行く。
2人は特別似ているという訳ではない。ただ髪と目の色が同じと言うだけで一緒に行動している。
そちらの方が色々と誤魔化しやすいからだ。
「お嬢様と老メイドも動いている様子ですし、我々もとは思いましたが……」
「でも『目』はもくひょうになっていないはず」
「ええ。でも狙われたと知れば監視の目も欺けるかと思いましてね」
「こざいくはにがて」
「そうですね」
“少女”の言葉に応じて彼もまたそれを認める。
自分はこの手の搦め手より、直線的に敵を屠るような戦い方を望んでいると理解しているらだ。
「とは言っても第一目標は……あれは不可能でしょう?」
「はい」
相手の言葉に少女は頷く。
常に上空でこの国最強が見張っているのだ。ドラゴンを無表情のまま殴り殺す人物を前に、少女は何をどうすれば自分があれに勝てるのかなど考えることをまず放棄した。
「あのふうふはむり」
「ですね。そうなると残りは無差別に関係者を狙うか……」
それとて難しい。
第一目標であるアルグスタの若き2人の部下には常に多くの護衛が存在している。
その護衛たちは確認するのも馬鹿らしくなるほどにクロストパージュ家の紋章を見せつけて宣伝しているのだ。
それを理解し手を出すと言うことは、王都でも有数のドラゴンスレイヤーたちを、そして王家と東の雄であるクロストパージュ家を敵に回すことになる。簡単に見て国の半分以上を敵に回すに等しい行為だ。
誰が好んでそんな馬鹿をするだろうか?
だったら他の部下でもと思ったが、主力である3人の部下はそれぞれ隙が無い。
副隊長のルッテは常に祝福を張り巡らせて自身の周りに目を向けている。
こちらが僅かに動いて見せただけで先手を打ってくるほどにだ。
異国の少女もまた難しい。自分たちの祝福を駆使しても、ドラゴンスレイヤーと呼ばれる存在を打倒せるのかは時の運だ。失敗する確率の方が高いかもしれない。仮に“3人全員”で協力すれば無理では無いのだろうが、それほどの危険を冒しても失敗する可能性が存在する。
やはり勝負は避けるべきだ。
そして最近加わったという近衛魔法隊の隊長だった人物は、関りが薄すぎる。
たぶんあれを殺害してもドラグナイト家へのダメージとはならないと思われるし、何よりその生態が謎過ぎて居所を掴むのも難しい。
リスクだけが多くて狙いたくはない。
「消去法で……屋敷の者を狙う外、無いようですね」
「だいにとだいさん?」
「ええ」
少女の言葉に彼は頷き返した。
「義理とは言え大切にしている妹か、屋敷を束ねているメイド……どちらか両方か殺害すれば、ドラグナイト卿も自身がどれ程調子づいているのか気づくはずです」
「きづかなかったら?」
「それは私たちが考えることではありません」
その時は貴重な駒を使ってただドラグナイト家に喧嘩を売っただけのことになる。
責任を取るのは無能な跡取り候補の誰かのはずだ。ブルーグ家は過去からそうして生き残っている家なのだから。
「きらい」
「何が、ですか?」
少女はそっと自分の服を引っ張り右の手首を晒す。
そこには無骨なアクセサリーが嵌められていた。
「ブルーグもひとをどうぐにするひとも」
「そうですね」
少女の言いたいことは分かる。彼とて同じような物が首に巻かれているのだから。
ただ分厚い脂肪で隠れて見えないが。
「ですがきっといつの日にか罰を与えられることとなるでしょう」
彼はそっと視線を上げて空を見上げた。
キラキラと星が輝く空は信じられないほどに美しい。
けれどそれを見上げる自分たちは……醜いほどに地を這う虫でしかないのだ。
「人を使い捨てにしてきたブルーグ家を恨んでいる者は多いのです。だから必ず誰かが復讐することでしょうね」
「でも……それをするのは」
「はい。私たちでは無いでしょう」
素直に彼は認める。自分たちは今回捨てられた駒でしかない。
確実に仕事を、命じられたことを実行して死ぬしかないのだ。
「だから誰かなのですよ。私たち以外の誰かなのです」
「……うん」
小さく少女は頷き夜空を見上げる。その時不意に星が流れた。
咄嗟に少女は昔に聞いたことを思い出し星に願う。
『ふくしゅうを。ふくしゅうを。ふくしゅうを』と。
「どうかしましたか?」
「……なんでもない」
そう、なんでも無いことだ。ただの足掻きだ。
それを理解している少女は小さく笑って歩き出した。
「こんやはどうするの?」
「何処か安宿を探して」
「たべるりょうをへらして」
「体重は……なにぶん」
「ふべん」
あからさまな相手の態度に彼は苦笑するしかない。
オジと姪として振る舞ってはいるが赤の他人である。そして少女は年頃の難しい年代なのだ。
「おなじへやはいや」
「ですがそうなると私は」
「……なに?」
「何でも無いです。はい」
今夜も馬小屋が確定した彼は大きく肩を落とし、まずは今宵の宿を探すことを優先することにした。
「まだするの? お姉ちゃん?」
「煩い黙れっ!」
「ひぃっ」
床に膝を着いて女性は守る様に自分の頭を庇う。
それを睨みつけたもう1人の女性は……手にしていた魔剣を投げずに床に捨てた。
「貴女は黙って私の言うことを聞いていれば良いの! ずっとずっと私を苦しめて来たんだから少しは黙ってなさい!」
「……はい」
ボロボロと涙を落とし女性は自分の肩を抱いて震える。
相手にきつく当たる女性は自分の爪を噛んだ。
こんな風に震えているのがブルグレンの街で飼われていた人間凶器だ。こんな風に怯えて震えているだけの存在をずっと面倒を見て来た。見続けたのだ。
逆らうことも許されず、首には魔道具を巻かれて毎日これのメイドとして付き合わされた。
「そもそもアンタが生まれなければっ!」
「ごめんなさいっ」
ギュッと自分の体を抱きしめて女性……ファナッテは泣く。
ボロボロと涙を溢れさせ、中は反射的に謝りながら泣き続ける。
それが許せない。本当に腹が立つ。
立ち上がった女性……ミジュリは、相手の髪を掴んで大きく手を動かす。
ビシッバシッと平手で殴り続ける音が続き、ファナッテは頬を膨らませて切れたらしい唇の端からは赤い血を落とした。
それを睨みつけたミジュリは、掴んでいた髪を放し相手を放った。
「アンタが居たから私の自由は無くなった」
「ご、ごめんなっ」
「アンタが毒を撒き散らすから私はずっと傍に置かれた」
「ごめんな」
また手を伸ばしミジュリは相手の髪を掴んでその顔を覗き込んだ。
「謝るぐらいなら私の為に働きなさいよ。死になさいよ」
「……」
「悪いと思っているんでしょう? それぐらい出来るんでしょう?」
覗き込んで来るミジュリの目にファナッテは震える。
「ねえ? アンタは良いわよね? 好き勝手やって気分が良ければ笑って甘えて……私は貴女の後始末を命じられずっとこの毒を消し続けて! ふざけるなっ!」
「ごめんなさいっ」
ミジュリが相手を許すわけがない。
捕まえて居る相手を逃す気などない。
空いてる手を拳にして何度も何度もファナッテの顔を狙う。
必死に手足を動かし相手の攻撃から逃れようとするファナッテは形振りなど構わない。
服が開け大きな胸がこぼれ落ちても相手の拳から逃れようと抵抗を続ける。
暫くの間……一方的な暴力が続き、ファナッテは床の上に倒れていた。
ミジュリは近くに居ない。
殴るだけ殴って気でも晴れたのか、ただ飽きたのか……彼女は立ち去って行った。
「……あはは……はは……」
顔を腫れさせてファナッテは笑う。
笑顔で居ないとみんなが怖がる。自分の周りには常に毒があって嫌われている。だからせめて笑って……。
「ひぐっ……あぐっ……」
笑いながらファナッテは両手で顔を覆うと声を殺して泣き出した。
せめて笑っていないと……自分は毒だけを生み出す最低な存在なのだから。
生きていてはいけない存在なのだから。
~あとがき~
ブルーグ家が放った刺客は全員で4人。
その内3人が祝福持ちで…数が合わないのは気のせいです。だって祝福が無くてもそれに等しい実力を持つ人っていますからね!
暗殺者たちは全員魔道具を装着しています。もちろん任務をしくじった時に始末する為です。
特別で再現不能な毒が使用される強力なヤツです。
魔眼ではミジュリが憤っています。全ては自分を不幸にした存在が悪いのです。
それは毒しか作り出せないファナッテとその世話を命じた…今回はシリアスさんが頑張るのはこの辺が絡んでいるんですけどね。
ただウチの主人公はちゃぶ台返しの天才だから、作者はドキドキしながら書き進めています。
あれは作者の想像の斜め上を行くことが多々あるので
© 2022 甲斐八雲
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