空回りしてばっかりだな~

 ユニバンス王国・王都内練兵場



 日も沈むと王城の傍らに存在する練兵場はその役割を変える。

 王都の外で働いて居た者たちが戻り、集合する場所と化すのだ。


 出発は各々の隊で行うが、仕事後の報告はちゃんとしなければいけない。特に現王となってからは報告の義務が厳しくなり、文官たちの地位が向上したほどなのだ。

 だから集まり事細かなことを報告し合う時間かと場所が必要となり、こうして練兵場が解放されるようになった。


 そんな暑苦しい場所を長身の若い娘が隙間を縫うようにして通り過ぎていく。


 最近成長曲線が緩くなっては来たもののそれでもまだ成長を続けているのは、ノイエ小隊の副隊長であるルッテだ。下手な女性騎士よりも頭一つ抜き出るほどの身長と、下手な女性隊員の頭一つ分ほどの胸を持つ女性騎士だ。


 そんな彼女は王都に戻る馬車に乗ってぐっすり寝ている内に練兵場までやって来てしまった。

 本当なら途中で降りて適当なお店で夕飯を抓みながら報告書を纏め……と企んでいたのだが、今日は本当にぐっすりと寝てしまった。


「おや? ルッテが珍しい」

「あはは~。何かぐっすり寝ちゃいまして」

「まあアンタはね」


 知り合いの女性騎士に声をかけられルッテは照れ笑いをしながら髪を掻く。


 この国でも有数の祝福を持つルッテの仕事は本当に多い。出来れば王城内で一室を作ってそこに軟禁に近い形で管理するべきだと登城した当初はそんな意見も出た。

 けれど前王であるウイルモットはそれを許さず、人として色々な経験を積めるようにとノイエ小隊預けとしたのだ。もちろん拾って来た近衛団長の強い意向もあった。


 そのお陰でルッテは本当に色々な経験を積むことが出来た。最近はもっぱら異性との経験が増えているのではと陰口を叩かれているが。


「それでそんなに急いで彼の元か?」

「あ~。残念ながら違うんですよね」

「あれ? 相手は仕事かい?」

「はぁい」


 ちょっと残念そうなルッテの声が響いた。


 ルッテの婚約者も国軍に所属している。普段から馬の管理ばかりしているせいで軍馬に関しては国軍有数の知識と経験を持つ人物に育ちつつある。


「軍馬の育成の関係で東部に出向いてまして」

「ああ。東部の草競馬か」


 女性騎士は納得し呆れた。


 草競馬と呼ばれているそれは、東部で盛んに行われている娯楽だ。比較的裕福な東部の貴族たちが自慢の馬を持ち寄って競争させているのだ。


 王都には馬好きの近衛団長も居て比較的良い馬が揃っており、そんな近衛団長はちょくちょく自分の馬を参加させては好成績を収めている。

 そうなると国軍も負けてはいられない。ただの意地である。

 ルッテの婚約者は自身が育てた馬を連れ、今年からの参加が決定し東部へと出向いて行った。


「国軍も大変だね」

「あはは~。近衛とは資金力が違いますしね」

「それを言ったらアンタの所は一番の大金持ちでしょうに」

「あはは~」


 笑って誤魔化しルッテはその場から逃げ出す。


 対ドラゴン遊撃隊であるノイエ小隊は、とにかく裕福な小隊として有名である。

 隊長の伴侶であり遊撃隊の責任者であるアルグスタが妻に対する愛情を破格の金額で表した結果、ノイエ小隊の待機所は軽く砦規模にまで拡張していた。

 もう傍から見たら簡単な要塞だ。木製の要塞だ。

 敵兵1,000を相手にしばらく陥落しないと言われるほど堅牢な物が出来上がりつつある。


 それでもアルグスタなどは『まだだ。まだ終わらんよ』と勝手に盛り上がっている。

 もう終わってくれて問題は無いのだが、今後を見通して彼は木製から総石造りへと夢を馳せている。お陰で周りからの嫉妬交じりの視線が痛い。

 視線を良く知るルッテとしては余り耐えたくはない物なのだ。


 自身の能力まで軽く使って人混みから逃げ出したルッテは、とりあえず夕飯と報告書をまとめる場所を求めて食堂街へと向かうことにした。


「空いてますか~?」

「ああ。ルッテちゃんか。そっちの二人掛けで良いなら空いてるよ」

「どうもです~」


 古びているが良く掃除がされた店内に足を踏み込む。客席の大半が埋まっていたが、兵たちが同僚を伴って訪れているせいか埋まっているのは大半が大人数用の大きな机ばかりだ。おかげで二人掛けなどの席はまだ空いていた。


 馴染みの店に飛び込み席を確保したルッテは、懐から今日の分のメモを取り出し軽く視線を走らせた。

 隊長は今日も元気でした~と、その報告で満足してくれるのは直の上司であるアルグスタだけなので諦めてそれっぽい文章を作り出す。


 もう基本は適当だ。前半と後半で隊長がどれ程のドラゴンを倒したのか書いて文章にする。それだって死体置き場から届けられた報告を元に作り上げた嘘の報告だ。

 ノイエの動きが早すぎるので全てを目で追えるわけがない。良くて半数以上ぐらいだ。


「なに? 今日も仕事を抱えて来て~」

「あはは~。知らない間に副隊長なんてものになってしまって」

「大変よね。ここに来た時はまだ幼さも残っていたのに……」


 給仕をしているオバチャンは、足先から頭の上まで椅子に座って居るルッテを見る。


「もう本当に立派になって」

「何処を見てますかっ!」

「その胸の立派な瓜二つ?」

「瓜じゃ無いです! もっとこう形は良い方で……って違いますから!」

「あらあら。恥ずかしがり方は昔のままね」


 ケラケラと悪びれた様子も無くオバチャンは笑うとオーダーを取って行く。


 この店に来た時のルッテのメニューは昔から変わらない。野性味あふれるスープと焼いた肉。それとパンだ。

 何と言うか野外で食べているような簡単な味付けが好きで、いつもここに来るとそればかり食べてしまう。


「あっと仕事仕事」


 現実を思い出してルッテはメモに目を向けた。


 ノイエの報告は簡単で良い。もうほぼ毎日似たようなことを書いているけれど問題は無い。

 問題があるとしたら本題の方だ。最近は王都内の監視が増えて大変なのだ。


 主要個所を定刻に確認し、そこに誰か居なかったかを確認する。

 場所の指定をしてくるのは王家であったり、近衛であったり、国軍であったり色々だ。

 毎日のように同じような場所を監視することにもなるが、特に異変は見つかっていない。


《ドラグナイト邸の周りなんて見張ってどうするんだろう?》


 国有数の問題児ではあるが、上司のアルグスタは基本良い人だとルッテは理解している。


 自分に最良の相手を紹介してくれたのも彼である。今日だってこっそりと東部に目を向けて彼が仕事をしている様子を眺めていた。その時間がちょっと多くて普段より疲れてしまったのは計算外だったけれど、でも必要なことだ。それをしないとではその日のやる気が変わる。


 何より必死に馬を応援している彼の姿が愛らしくて、


「へへへ~」

「ルッテちゃん?」

「ひゃいっ!」


 食事を運んで来たオバチャンは椅子に腰かけだらしなく笑うルッテに、冷めた視線を向けていた。


「まあオバチャンもそんな年ごろがあったから言いたくは無いけど……もう少し場所は考えた方が良いと思うわ。アンタはそれなりの地位なんだしね」

「……はい」


 年配の努めて冷静なお叱りと忠告にルッテは顔を真っ赤にして身を小さくする。

 店中の視線が自分に向けられている気がして恥ずかしくなったのだ。


 パンパンとルッテの肩を叩いてオバチャンは仕事に戻る。

 フォークを掴んだルッテは恥ずかしさと一緒に焼かれた肉を噛みしめだした。

 何か今日は普段よりしょっぱい気がした。


「はい?」


 と、間髪を入れずにルッテは自分の背後に首を向ける。


 何処かフクロウを思わせる動きだったが、ルッテの首とてそこまでは曲がらない。

 ちゃんと上半身を動かして頭を向けているのだが、ただ唐突に動く物だから相手は驚いたように店の床を転がった。


「ああ。ごめんなさい」


 自分が驚かせてしまった少女に気づき、ルッテは慌てて駆け寄る。

 床の上に座り込んでいたのは歳の頃なら8歳くらいか、金髪碧眼の可愛らしい少女だった。


「大丈夫?」

「へいきです」


 何処かおどおどしながら少女はゆっくりと立ち上がる。


 ルッテは手を伸ばし相手の服に汚れが無いかを確認した。

 こんな時間に貴族の子供が1人でとは考えにくい。けれど相手の服は上質な物で……『弁償か? また出費か?』と内心で頭を抱えてしまった。


「本当に平気? ご家族は?」


 尋ねるルッテに少女は首を左右に振る。


「おじといっしょです。みせをでようとして」

「そう? ごめんなさいね」

「大丈夫です」


 終始床に目を向けていた少女はペコペコと頭を下げると逃げ出すように店の外に出て行く。

 しばらくそれを“追った”ルッテは、少女が恰幅の良い男性と合流するのを確認し視線を元に戻した。


「あ~。何か今日は空回りしてばっかりだな~」


 自身の不調を認めルッテは席に戻る。


「早く帰ってきてくれればいいのに」


 軽く拗ねてフォークの先で思いっきり焼かれた肉を突き刺した。




~あとがき~


 存在が薄くなっていますがルッテは、フレアの後任としてノイエ小隊の副隊長として日々ちゃんとお仕事をしています。

 私生活も充実していて、出張中の彼だって毎日ちゃんとチェックを怠りません。

 そんなことをすれば余計に疲れる? それの何が問題でしょうか? と…ある意味でアルグスタに毒されております。


 で、現時点で婚約者があれの弟てあるという事実は知りません。

 結婚するまで黙っていようと…みんな生暖かくルッテを見守っているのですw




© 2022 甲斐八雲

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