第五試合1人目は
ユニバンス王国・王都内勝ち残りトーナメント会場
舞台下の掃除が終わった。
ポーラが作り出した氷の塊は全て蒸気となり消え失せた。
作り出した本人は、何故かフレアさんに抱き着いて甘えている。
僕の言葉で少しは元気が出たみたいだけど、それでも負けたことが悔しいと見える。全力でフレアさんに抱き着いて甘えているし、何より子を持つ今のフレアさんは甘えてくる子に弱いっぽい。
いつものツンとした雰囲気は消え、優しい表情でポーラの頭を撫でていた。
「良い女だろう?」
「アンタの発言で色々と台無しだよ」
「何おう?」
馬鹿兄貴が凄んで来るが、地を這う虫状態の僕には通じない。
そろそろ椅子に座る生活に戻りたいです。具体的に言うと背中に刺激を受けない生活に戻りたい。
「先生」
「死ね」
「……まだしばらくこのままで」
ヒールの踵で踏み踏みされながら舞台に目を向けると、審判が颯爽と登場した。
「ではこれより試合を再開します」
「「「おおお~!」」」
歓声に力が増した。
賭けも行われているから凄い熱気だ。
僕は賭けの元締めに就任させられているので賭けてはいない。
もし賭けられるのであればノイエにウチのお金を全部とかやっていたはずだ。
それを見通して叔母様は僕を元締めにしたのかもしれないけどね。
ちなみに人気順ではノイエ。カミーラ。トリスシア。ジャルスだ。
奇しくも勝ち残った4人は全員が人気者だ。大物食いは発生しませんでした。
「第五試合1人目は、ノイエ・フォン・ドラグナイト」
「……はい」
大量の串焼きを入れた袋を抱いてノイエが舞台へと上る。
「2人目はジャルス」
「ああ」
パレオを巻き直したジャルスもまた上る。
人気ではノイエの方が上だけど、色気ではジャルスの方が上だ。
こればかりは仕方が……ノイエさん?
一瞬で串焼きを始末したノイエが何故か鎧を脱ぎだした。
本日の彼女はノースリーブのシャツと短いスカートだ。何故ならば鎧の中が熱いから。
熱いということは汗をかく訳で……服の下にノイエが着ている下着の色が見える訳です。今日が黄色だと僕は知っている。何故なら着替えるところから見ていたからね!
「どうして脱ぐ?」
ジャルスの問いにノイエが首を傾げた。
「お姉ちゃんと同じ」
「そうか」
どうやら同条件でジャルスと戦いたいらしい。
負けん気の強さと頑固な面が……でもノイエって鎧が必要なのか謎いんだよな。攻撃当たらないしさ。
「なら始めるか」
「はい」
開始線に立つ2人に審判である叔母様が合図する。
「始めなさい」
一方的だった。
誰もこんな展開は予想していなかった。
もし予想していたとすればその人間は未来が見えているのだろう。
一方的にジャルスの棍棒がノイエを打つ。
何度も何度も打たれてはノイエの華奢な体が宙を舞い、そしてまた舞台へ、ジャルスの前へと戻る。
不思議な光景だった。
でもそれは現実に繰り返される一方的な暴力だ。
「先生! 絶対にジャルスが不正を働いている気がします!」
「落ち着きなさい。馬鹿」
「む~り~!」
僕のノイエが滅多打ちなんて許せるわけがない。
死なす。夜な夜なジャルスの耳元で呪いの言葉を呟き続けて殺してやる~!
ジタバタと手足を振り回して不満を解消する。
「で、あれってどんな仕掛けなの?」
どう見てもノイエの動きは、何かしらの条件下で行われている行動にしか見えない。
「……昔の癖よ」
「はい?」
滅多打ちが、ですか?
必死に顔を動かして先生を見上げると彼女は心底呆れていた。
「ねえ馬鹿」
「はい」
「ジャルスってノイエを可愛がるようには見えないでしょう?」
「……」
ゴージャス系グラマラスボディーのジャルスは、実は子煩悩で……はい。想像できませんね。
「何か近づいて来るノイエを小突いて遠ざける映像しか思いつかないです」
「現にそうなっているでしょう」
棍棒でノイエを殴るジャルスかな。本当だ。
「ノイエって……胸を枕にするでしょう……」
「あの~先生? ヒールの踵がズブリと……何でもないです」
その目から光を失ったアイルローゼが無表情で口を開く。
「ジャルスの胸を枕にしようと挑み続け、ジャルスもまた面倒臭いと振り払う。いつもあのような展開が繰り広げられて……そろそろカミューが殴り飛ばしに行くわよ。巨乳なんて絶対に重いだけなのに……さっさと垂れればいいのに……」
「お~い。先生。現実に帰ってきてください。ノイエは先生の膝枕も大好きみたいですから」
膝枕の良さを語ったら先生の目に光が戻った。
「そうよね。私の太ももがあんな肉の塊に負けたりしないわ」
「そうです。僕としては太ももから下の曲線が特に好きです。脹脛辺りの絶妙な膨らみに興奮をっ!」
ヒールの踵が背中を抉って来て、風穴でも開ける気ですか? 興奮がその穴から全部吹き出ますよ?
「調子に乗って変なことを言ってるんじゃないわよ。馬鹿っ!」
「……死んでしまう」
今踏んでいるは何かしらのツボじゃございませんか? 手足がピリピリと痺れているのですが?
「そう言うことでノイエはたぶん反射的にジャルスに挑んでるんだと思うわよ」
「何を?」
「……何かしらね?」
アイルローゼ? 少なくとも君はノイエの姉なのでしょう?
だったら彼女の行動をちゃんと把握して……ノイエの性格からして昔出来なかったことをしようとしているに違いない。
「たぶんノイエはどんなに殴られても平気と自慢したいんだと思いま、ぐっ」
背中にヒールが。
「もし正解だったらそのヒールを退けてください」
「なら違ったらこのヒールを馬鹿弟子のお尻に」
いやん。そんな性癖は僕にはございません。
改めて視線を舞台へと向けると、ノイエが吹き飛んでは……あれ? 実はノイエってば棍棒からのダメージはゼロですか? 気のせいか殴り続けているジャルスの方が苦しそうだぞ?
大粒の汗を額に浮かべ、棍棒を振るう度にその汗が飛び散る。
対するノイエはいつもと変わらず汗すらかいていない。汗で濡れていた服がむしろ乾いている。
「先生?」
「……」
何故かアイルローゼが僕の背中から足を降ろした。
「戦闘は全くダメな僕から馬鹿兄貴に質問」
「あんだよ。今面白いから黙ってろ」
「説明を求む」
「全く……」
前のめりで舞台を見ていた馬鹿兄貴が椅子の背もたれに寄り掛かり足を組んだ。
「ノイエはずっと攻撃を受けているが、瞬間的にあの棍棒に対して防御している。つまりあの攻撃を苦も無く受け流している」
「吹っ飛んでいるけど?」
「そりゃそうだ。ノイエは攻撃を受けた瞬間舞台を蹴って飛んでいるんだからな」
つまり我が家のお嫁さんは最強らしい。
「ふっか~つ!」
元気よく起き上がって舞台を見る。
「ノイエ~」
「はい」
こちらを向いたノイエが、背後から振るわれる棍棒を見もしないで回避したよ。
「遊んでないでそろそろ終わらせて」
「むぅ」
何故か拗ねた。
「もっと遊ぶ」
「家に帰ってからにしなさい」
「……はい」
渋々納得してノイエがジャルスに向き直った。
「お姉ちゃん」
「あん?」
「終わらせる」
「やってみなよ!」
怒りの形相でジャルスが棍棒を振るう。
ノイエはそれを避け続け……一瞬の隙を突いて正面からジャルスの胸に抱きついた。
正面だ。顔から胸の谷間にダイブだ。背中に手を回して全力で谷間を堪能している。
「「「おおお~!」」」
ノイエの頭が半ばまで谷間に埋まったら、野郎共の声援が沸き上がったよ。
「やはり凄いな」
馬鹿兄貴が指笛を吹いて……馬鹿の背後に移動して来たフレアさんが危ない気配を。
「馬鹿弟子?」
「綺麗な足を見ていますが何か?」
「……馬鹿」
椅子に腰かけているアイルローゼがそっと足を組み替える。
太ももからの脹脛がとてもいい感じで晒されています。感動です。ありがとう。
「で、試合はどうなるの?」
舞台上では棍棒を放して肩を竦めたジャルスがノイエにされるがままだ。
そして我が家のお嫁さんはこれでもかと谷間を堪能していらっしゃる。
「ノイエの勝ちよ」
「はい?」
呆れた感じで頬杖をつく先生がそう言って来た。
「だからノイエの勝ちよ。ああなったらノイエの勝ちって決まっているのよ」
「決まっているって……」
諦めた様子でノイエの頭を撫でたジャルスが『負け』を宣言し棄権した。
結果としてノイエの勝ちが確定したのだった。
決まり手は……谷間埋めとかで良いのかな?
~あとがき~
あの胸は良い枕になるとノイエは昔から常に狙っていました。
狙った以上は実行する行動力を持つので…ジャルスは嫌々追い払う。でも諦めない。ずっとそんな攻防が続けばジャルスもたまに負けてあげて、甘えん坊の好きにさせたりしていました。
実を言えばジャルスはノイエを嫌っていません。
可愛らしい妹分としてそれなりに愛情を持っています。
まあ日々の行動や発言などで誰もジャルスの本心を知りませんけどね。
決まり手は谷間埋めで良いんですかね?
© 2022 甲斐八雲
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