死体廃棄場?

 ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機場



「北側は凄いですね~。お偉いさんが大集合です」

「そうですか。面倒なので近寄りたくないですね」

「……そう言えばモミジさんもお誘いを受けていましたよね? サツキ家の代表として?」

「ええ。ですが私はドラゴン退治というお仕事がありますから」


 もっともらしいことを言う女性が小川の中に立っている。

 膝から下を流れる水で濡らしながら、スッと“カタナ”と呼ばれる剣を上段に構えた。


「どうぞ」

「は~い」


 石に腰かけている女性……ルッテは、手頃な石を軽く小川に向けて放り投げる。

 ふんわりと放物線を描いて小川へと向かう石は、川の中に立つ女性……モミジの前へとたどり着く。

 フッと鋭い呼吸と同時にモミジが構えていたカタナが動く。


 上から下へと動いたカタナは、宙を移動する石を切断した。


「すごっ」


 見ていたルッテは驚きの声を上げる。


「……ダメです」

「ふぇ?」


 刃も触れていない状態で石を切断したモミジはカタナを鞘へと戻す。


「石の断面がこんなに崩れています。たぶん切断面を合わせたら切れ目はガタガタです」

「……普通物ってその刃で斬る物だと思うのですが?」

「これぐらい私の村なら誰でも出来ることです」


『はぁ~。誰でも出来るんだ~』とルッテは呆れながら感心した。


「子供の頃にまずこれを覚え後は精進です。兄様は石と刃との距離がどれほど離れていても斬ることを追及したそうです。姉様はとにかく速さです」

「モミジさんは?」

「真ん中を綺麗に斬ることです。でもこれは真ん中を断っていても斬り口がダメです。まだまだ思い描く領域には手が届きません」

「そうですか~」


 とにかく遠そうな相手のゴールを知り、ルッテはその目を動かす。

 本日はもう1人の副隊長様はお休みだ。だからいつも彼女が居る木陰には誰も居ない。


「イーリナさんはどこに行ったんでしょうね?」

「あの人の考えは私には分かりません」


 小川から上がり足を拭うモミジも呆れる。

 自由人と言うか、何を考えているのか謎な彼女はとにかく勝手に休む。

 ただ元々人が足りているノイエ小隊に於いて欠員が生じてもそれほど問題は生じない。


 休んで困るのは隊長であるノイエだけだ。彼女が休むとドラゴン退治が恐ろしい苦行と化す。

 次いで問題になるのが副隊長のルッテだ。現在のノイエ小隊をほぼ管理しているのがルッテだ。休まれると運営が滞る。何より彼女は唯一と呼ばれる祝福を持っている。そのおかげで彼女は一生涯王国での仕事が決まっているのだから。


「ルッテさん。ノイエ様は?」

「そう言えば静かですね」


 片目を閉じてルッテは自分の祝福を使う。

 ゆっくりと開いた目は黒く窪み……深い闇を想像させる。


「あれ? 居ないですね……あっ発見」


 仕事をしていると思った隊長は、何故か王都から見て北西の街道に居た。

 道の真ん中に立って……何故か首を傾げているような姿が上空から見て取れる。


「何であんな場所に? ふえっ?」


 視線を街道の先に動かしたルッテはそれに気づいた。

 武装をした一団が王都に向かい接近している。それに気づいた隊長が……そう思ったルッテだったが、軽い足取りでその一団に近づいたノイエが、荷車の上に置かれている豚の丸焼きに食らいつく姿を見た。


 罠に引っかかった小動物のようにノイエが豚の丸焼きに食らいつき……横からやって来た巨躯の女性に掴まった。上半身を太い腕に抱えられ、それでも咥えた肉を放さない隊長も凄い。


「ルッテさん。どうかしたんですか?」

「えっと……隊長が元帝国のオーガさんと遊んでいます」

「あの方ですか」


 若干モミジは不安げな声を上げた。


 元帝国のオーガ……トリスシアとは少し前に戦ったことがある。あの膂力で金棒のような両腕を振り回し襲ってくる圧に屈して負けてしまった。


「……再戦ですね」

「はい?」

「アルグスタ様に許可を頂いてどうかトリスシア様との再戦をっ!」

「あの人と戦うんでか?」


 狂気の沙汰とも思える発言に目を元に戻したルッテはモミジを見つめる。

 ギュッと両手を握り、彼女はやる気を全身に巡らしていた。


「今度こそ勝ちます!」

「……頑張ってください」


 傷つけられることが好きなモミジだからこその選択だろう。

 ルッテはそう思いながら手元に置いた水筒を掴みそれを口に運ぶ。果実水を飲み込み、焼き菓子を口へと運ぶ。

 使った分の何かを補充しておかないとまた祝福を使う時に空腹で使えないは出す問題になる。

 だから常にルッテは何かがあれば食べ物を口に運ぶことが習慣となっていた。


「それでルッテさん」

「ほい?」


 ポリポリと焼き菓子を齧るルッテは、先ほどまでのやる気を何処かに無くし……モジモジと少女のように照れている相手に気づいた。


「アーネス様は会場に居ましたか?」

「あ~」


 モミジの恋人であり婚約者でもあるアーネスは魔法学院に所属する魔法使いだ。講師を務めることが出来るほど優秀であり、今回の門の移設には作業員の1人として呼び出されていた。


「えっと……」


 答えに窮するルッテを無視してモミジは1人夢を見る。

 つまり自慢の彼が国王陛下の前で立派に仕事をしていると信じて疑っていないのだ。


「……死体置き場に転がってますね」

「そうですか」


 今にも踊りそうな軽い足取りだったモミジの踵が地面を打った。


「死体置き場?」

「あ~っと言葉が悪かったですね。あれですあれ。えっと……死体廃棄場?」

「ルッテさん。何を言っているのか分からないのですが?」


 質問されたルッテですら答えに困る。

 上空から見る限り、メイドの背後で山と積まれている野郎共の天辺に居るのがどう見てもモミジの婚約者であるアーネスに見えたのだ。




 ユニバンス王国・王都郊外北側



「門を動かしてしまうなど前代未聞だな」

「出来る人たちが集まってましたからね……なら奪ってしまう方が良いでしょう?」

「確かにな。立地的にウチからでは遠回りになっていたが、今後は王都に来るついでで済む。そう考えると定期的にユニバンスの王都に来なければいけなくなるな」

「隣国との外交は大切ですよ?」

「分かっているが面倒なのだよ。お前の兄は頭が良いからな」

「腕っぷしならあっちでメイドに尻を抓られているのが居ますけど?」

「近衛団長の相手は骨が折れる」


 でもその言い方からするとやりましたか?


「壮絶な殺し合い?」

「……互いに本気になるとそうなってしまうから途中で切り上げたよ」

「それは残念」

「どっちに対しての言葉だ?」

「そりゃ~近衛団長に決まっているじゃないですか」

「お前と言う者は……」


 額に手

を当ててキシャーラのオッサンは空になったワイングラスをメイドに渡し、新しいグラスを受け取った。


「仲が良いのか悪いのか?」

「僕としてはどさくさに紛れて……ポーラ」

「はい」


 全力で振りかぶった馬鹿兄貴がグラスを投げ込んで来る。

 けれど背後から影のように姿を現したポーラが、取り出した箒でグラスを受け止めた。

 叩き落とすでもなく、ましてや振り払うでもない。完全に勢いを殺し軽くバウンドさせて片手でキャッチした。

 とても器用な曲芸だ。


「で、何の話でしたっけ?」

「お前と言う奴は……」


 オッサンの不満が止まらない。


「話したいことは色々とあるが、今は別件だな」

「別件?」

「ああ」


 ニヤリと笑ったオッサンが、グイっと前のめりになった。


「トリスシアが今回の一件に対する褒美を求めている」


 あのオーガ~。何て強欲な! 肉か? またお肉祭りか?


 肉の仕入れに思いを馳せる僕に、オッサンが笑いながら声をかけて来た。


「何でも強い者と戦えるのだろう? あれはそれ楽しみにしているとのことだ」

「……」


 そんな話もありましたね。つまり儲け話だ。




~あとがき~


 すっかりノイエ小隊に馴染んだモミジは…色々と終わっているのかもしれないW

 まあモミジは基本…あれ? 最初は真面目だったんだけどな~。


 オーガさんがユニバンス王都に接近中です




© 2022 甲斐八雲

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