閑話 21

「にゃん」


 自分の腰を振って尻尾を揺らす猫が真っ直ぐ進む。

 枝分かれしている通路を適当に歩く。


 猫……ファシーが居る場所は魔眼の中だ。

 特に照明など全体的に明るい。研究好きな者たちが言うには外の明かりだという。

 魔眼の持ち主であるノイエが暗闇の中に入ったりすると暗くなる。瞼を閉じたぐらいでは暗くならないから意外といい加減なのかもしれない。


 軽い足取りで猫は進む。

 さっきまで歌姫の足を枕に寝ていたが、ずっと寝ていると怒られる。

 魔法使いなのだから動けなくも問題無いと思うのだが、師であるカミーラが許してくれない。

 鍛錬はしなくても体を動かせと命じられているのでこうして散歩をする。


 散歩だから行先は決まっていない。

 気の向くままに……人の話し声が聞こえて来たから壁に体を預けながらこっそりと進む。


「この~裏切り~もの~!」

「寝ていたのはシュシュじゃんか!」

「その時は~起きてからって~」

「起こしたよ。声を掛けたよ。遠くから」

「うがぁ~」


 顔を覗かしてファシーは確認化する。

 古めかしいメイド服を着たシュシュと露出の多い下着のような服を着たレニーラの2人が取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「温泉~」

「行ってないから」

「ケーキ~」

「……は、食べた」

「許さない~」


 馬乗りになったシュシュがレニーラの頬を抓んで左右に引っ張る。

 負けじとレニーラもシュシュの頬を抓んで左右に引っ張る。


 低次元な戦いだ。

 けれど2人は真面目にやりあっている。


 トコトコと歩いて近づいたファシーはその場にしゃがんで観察する。


 床の上に居るレニーラの双丘がブルンブルンと揺れている。

 そっと自分の物に触れてファシーは確認する。

 背筋を伸ばしていると揉みづらい。なのにあっちは上向きでもプルプルだ。


「にゃん」

「な~? なぁひ~?」


 頬を引っ張られたシュシュが間の抜けた声を上げる。

 気にせずファシーはメイドの衣装を背後から脱がし始めた。


「ちょっと~。ファシー?」

「にゃん」

「ぬはははは~。どうやらそこの猫は私の味方のようだな!」


 馬乗りされているのに踏ん反り返るという器用さを披露するレニーラを無視して、ファシーはシュシュの上半身を剥いた。


「……揉める」

「「はい?」」


 黙々とシュシュの胸を揉んだ猫は、悲しげな声を発して自分の胸に触れる。

 スカスカと空振る小さな手を見つめていた2人はそれに気づいた。


 引き攣るような笑い声にだ。


「シュシュ!」

「レニーラ!」


 咄嗟に魔法で壁を作り初撃を防ぐ。

 ガリガリと不可視の刃がシュシュが作り出した封印魔法の壁を削る。


「あはは。あは~」


 全力で笑う猫に2人は恐怖する。

 この状態の猫は手に負えない。魔眼の中でも五指に入る攻撃力を誇る魔法使いと化す。


「レニーラ!」

「任せて!」


 シュシュの胸下に腕を回し、レニーラは最強の盾を抱えて後退を開始する。

 必死に後退した2人は、攻撃が届かないのを確認すると尻尾を巻いて全力で逃げ出した。


 ひとしきり笑った猫は口を閉じ、ゆっくりと顔を上げると辺りを見渡す。


「胸……欲しい」


 呟いてファシーはトコトコと歩き別方向へと進みだした。




「にゃん?」

「……」


 散歩を再開した猫は、床に転がっている死体……では無くて女性を見つけた。

 着ている服を開けさせて寝ている様子の存在に、猫は嫉妬して飛び出している肉の塊を掴んだ。


「いたっ!」

「にゃん」

「……ん? ファシーか?」

「にゃん」

「……引っ張らないで欲しいんだが?」

「にゃん」


 グイグイと胸を引っ張る小柄な少女から、女性……エウリンカは自分の胸を両手でガードした。

 衣服の外に零れている胸を押し込んで戻し、エウリンカはバリバリと頭を掻いた。


「気持ちよく寝ていたのに」

「にゃん」

「何か用かな?」


 ぼやくエウリンカは猫に顔を向ける。

 何処か不機嫌そうな猫が、エウリンカの前に座った。


「胸、欲しい」

「……」

「魔剣で」

「無理だ」

「どう、して?」

「魔剣で血肉を増やしたり減らしたりは出来ない」

「……ノイエの」

「あれはノイエの地毛だ。ノイエの髪の毛を触媒にして作った魔剣だ。だから肉体の一部と化している。けれどファシーが望んでいるのは豊胸だろう? それは魔剣では不可能だ」

「……」

「ファシー?」

「くひひ」

「落ち着きたえ!」


 笑いだそうとした猫の口を押えてエウリンカは相手が笑うのを阻止した。


「これは余り言いふらさないで欲しいんだが」

「?」


 笑うことを止めた猫にエウリンカは辺りを見渡し口を開いた。


「君のように何人か魔剣で胸をどうにか出来ないかと相談を受けたことがある」

「ある、の?」

「ある。でも成功していない」


 本当にどうでも良い願いだが真摯に頼まれたから仕方なく作ったことがある。


「豊胸用の魔剣を胸に差し込んだら……当たり前だが相手が死んだ。挙句に胸が破裂して大惨事になった」

「……」

「魔眼の中だから死ぬことはない。けれどそのせいで膨らませても元に戻る」

「つま、り?」

「……魔眼の中に居る限り胸を大きくする手はない」


 前髪で隠れた瞳を大きく開いてファシーは驚く。

 結果としては不可能だと宣言されたのだ。


「まあ胸が無くとも君は小さくて可愛らしいから良いじゃないか」

「……良く、ない」

「どうして?」

「ジャルス、みたいに、なりたい」

「……」


 ジャルスは魔眼の中でも有名な女性だ。

 高身長で巨乳であり、スタイルと言う面では魔眼の中でも上位に入る。


 そんな人物を憧れるのには、ファシーは色々と足らなさすぎる。


「ファシー」

「は、い」

「……頑張ると良い」


 エウリンカは答えを放棄した。




「にゃん」


 胸が大きくならないと知り、猫はしょんぼりしながら歩く。

 頑張っても魔眼の中では無理らしい。だったら大きな者たちの“肉”を削いでと考えたが、魔眼の中に居る限り回復してしまう。


「にゃん」


 ため息を吐いて猫は散歩を続ける。と、声が聞こえた。


 今歩いている通路は普段使わない道だ。

 今までで数えるくらいでしか使用していない。


 気を付けながら進むと、人影を発見した。


 床の上で2人の女性が……横たわっている女性の1人が全速力で走って来た。


「見た?」

「見て、ない」


 駆けて来たのはミャンだ。

 必死の形相でファシーの肩を掴んで顔を近づけて来る。


「本当に?」

「は、い」

「……だったら回れ右してここから立ち去って」

「どう、して?」


 良くは見ていないがファシーはもう1人の女性が気になった。

 仰向けで寝ているのに大きな胸が形を崩さずに存在している。正直羨ましい。


「良いから」

「……」


 慌てる相手が怪しい。相手は同性愛者で有名な……思い出しファシーは頬を赤くする。

 猫の様子に気づいたミャンはニヤリと笑い相手の耳に唇を寄せた。


「ならファシーも混ざる? 女性も」

「ふなぁ~ん!」


 顔を真っ赤にしてファシーは相手の手を振り払い逃げ出した。


 全力で逃げる猫を見送り、ミャンは大きくため息を吐くと元の位置に戻る。

 横たわっているのはノイエの実の姉であるノーフェだ。


 ミャンはこの場所で彼女を独占していた。

 もし今みたいに誰かが来たら追い払う。それでも強行して覗こうとすれば魔法を使って殺害する。

 もう何人殺しているのか分からないが、あの猫のように素直にどこかに行ってくれる存在が嬉しい。


「あは~。今日も傷が出来てないか確認しないとね。うん」


 逝ってしまった目で相手を見つめ、唇に涎を浮かべながらミャンは相手の服を脱がし始めた。




「ファシーに出会うとはな」


 ガリガリと頭を掻きながらエウリンカは安全な場所を求めて深部へと向かい歩く。


「あら?」

「ん?」


 その声に俯いていたエウリンカは顔を上げる。珍しい人物が座って居た。


「良い所で出会えた」

「自分にか?」

「ええ」


 微笑む相手にエウリンカは首を傾げる。

 相手とはそんなに親しくはない。厳密に言えば、魔眼の中に親しい人は余り居ない。


 そっと座り直した相手が見つめて来た。


「エウリンカ」

「何か?」

「作って欲しい物があるの」


 彼女は柔らかく笑った。




~あとがき~


 魔眼の中をお散歩する猫の話です。

 自由に生きている猫ですが、それ以上に自由人なミャンが。

 ノーフェさん逃げて~w


 で、エウリンカに何かを頼んだ人物は誰だ?




© 2022 甲斐八雲

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