猫の気まぐれです

 ユニバンス王国・王都王城正面門



《今日と言う今日はあのアルグスタ・フォン・ドラグナイトの暴挙を許すわけにはいかない》


 まだ日の位置はさほど高くなく城に差し込む日差しはきつくない。けれど門の中で立つ彼は額から大粒の汗を流していた。


 理由はフル装備だからだ。


 頭の天辺から爪先まで完全武装している。

 登城した者たちの視線が『こんな暑いのに……』と言う同情的な物から生温かな物まで様々だ。


 だが彼は強い意志を持ってその場に立っていた。


 何でもあのアルグスタは先日陛下の呼び出しを無視したと言う。

 挙句この数日捜索していると知っているのにもかかわらず逃走していたとも聞く。


 許すことのできない蛮行である。


《私は城の中で陰口を叩く貴族たちとは違う。ちゃんと面と向かいあの者に『愛国心とは何か』を言葉で持って叩き込んでくれる》


 言葉でだ。暴力はいけない。


 何故なら今朝はまだ王都郊外でドラゴンスレイヤーが舞っていない。場合によっては一緒に登城してくる可能性がある。否、してくる。彼はそう言う人物だ。


《細君を盾に使うなど言語道断だ!》


 むしろあれは武器のはずだ。武器を盾にするなんて……本当に狂っている。


 待つこと暫し……巨躯な馬が馬車を引いてやって来た。

 有名な馬だ。ドラグナイト家の暴走馬だ。


 パカラパカラと蹄の音を響かせやって来た馬車が停車する。


 まず彼は待った。出会い頭は危険だからだ。

 そして彼の判断は……正しかった。


 馬車の戸が開いてまず白い存在が飛び降りる。ユニバンスでその名を知らない者は居ないと呼ばれるドラゴンスレイヤーのノイエだ。


 彼女はぴょんと地面に降りるとクルっと馬車の方を向く。

 次いで降りようとしていた彼……アルグスタの首に腕を回し、周りの目を気にせずに熱烈で濃厚なキスを交わした。


「行く」

「ほ~い」


 軽い挨拶からドラゴンスレイヤーが地を蹴り宙を舞う。

 もう何をどうしているのか分からない動きで彼女は王都の郊外へと飛んで行った。


《良し! いや待て》


 彼は歩き出そうとして足を止めた。嫌な予感がしたのだ。

 言いようのない冷たい汗が背中を走り……その第六感は正しかった。


 アルグスタは馬車を降りると馬車に向かい手を差し出したのだ。

 それは女性をエスコートする……つまりまだ誰か居る。


 ゆっくりと姿を現したのは赤く長い髪が特徴的な冷たさすら感じさせる美女だった。

 彼女もまたユニバンスでは知らない者は居ないと呼ばれる有名人だ。


 術式の魔女アイルローゼ。


 数多くの兵を1人で殺めた終末魔法と呼ばれる圧倒的な魔法を操る人物だ。


 だが彼女は最近になってその罪を許されたとも聞く。

 何でも異世界から召喚された邪悪なドラゴンに操られての行為だったとか。


 つまり彼女は少なくとも忠告をする自分に対し問答無用で魔法を使うことはないはずだ。


「あ、」

「にゃん」


 声を発しかけ……彼の喉が凍った。


 馬車からもう1人出て来たのだ。

 立って歩く少女ぐらいの大きさの猫だ。猫だ。猫なのだ。


 彼は大きく息を吐くと、クルリと反転しその場を静かに目立たない様に離れることに全力を尽くした。




 こんな乾期の暑い季節にフル装備とか……何かの罰ゲームだろうか?

 遠ざかる騎士さんの背中を見送りつつ、僕は背中をよじ登るファシーに手を貸した。


「にゃお~ん」


 肩車の位置で落ち着いた猫が勝利の雄たけびを上げている。

 まあ良い。可愛いから許す。それに太ももが柔らかいから許す。


「遊んでないで行くわよ」

「はいはい」


 先に行く先生を追って急いで追いつく。すると彼女は僕の腕に肘を絡め……もっとゆっくり歩けと言うのですね。


「屋敷で寝てれば良かったのに」

「煩い」

「まだ色々と辛いんでしょ?」

「黙りなさい」


 大人の階段を強制的に駆け上ったアイルローゼのダメージは、結構酷いっぽい。

 出来たらリグを呼んでと……言い出したら先生にマジギレされた。治療されるのが嫌なのだ。

 彼女のダメージが一番蓄積されている場所をリグに治療させるのは、成年指定の同人誌が誕生してしまうに違いない。生で見たいがここは我慢だ。


 それにリグは別件で現在動けないらしい。

 今更になってそれを言い出す先生もどうかと思ったが、何でも『リグと比べられたくなかったから……』とか可愛いことを言いだすのです。


 もう、どうしてくれようか?


 矢も尽き刀も折れた状態だったのに……オラ、ワクワクしてみんなの元気を分けて貰った気がしたさ!


『何処にそんな力が?』と思うほどに頑張ってしまった。


 ただし目覚めたノイエとファシーに見つかり……三途の川って意外と渡れないんだね。渡し賃が無かったからかな?


 おかげで本日の僕はとっても賢者です。邪念なんて微塵も存在していませんし、性欲なんて明け方を迎える前に僕の中から消滅しました。日中での回復はありえないでしょう。

 ただ今晩ノイエが暴走したら、僕の意思とは別に狩り尽くされると思います。


「何を考えているのよ?」

「意外と腕に感じる膨らみを味わってます」

「……馬鹿」


 少しだけ顔を赤くしてアイルローゼがすり寄って来る。

 脇腹ぐらい殴られるかと思ったのに以外だ。


「にゃん」

「うん。ファシーのも頭に感じるよ」

「にゃあん」


 僕の頭に抱き着くファシーがこれでもかと小さな胸を押し付けて来る。

 判定……引き分け。両者ともに同じくらい。


 心優しい僕はそう言う結論を出すこととした。真実はいつも闇の中だ。




「してアルグスタ」

「はい?」

「……どういう状況か説明せよ」


 登城して謁見の間に行くのかと思いきや、お兄様の私室を無視していつもの議場でした。

 別名『僕の鬼門』だ。ここに来ると必ず不幸になる。


 一番高い所に居る国王陛下が……何故か額に手を当てて頭を振っている。

 お疲れですか? 僕のように休暇を得ることをお勧めします。


「アイルローゼは色々と説明に必要だと思いまして」

「そうであるな」


 僕の言葉に椅子に腰かけているアイルローゼが軽く会釈する。


 本日の議場は立ち見が出るほど満員でございます。

 その理由は美女と名高いアイルローゼをひと目見たいと思う人たちが多かったことと、最前列が空席だからだ。


「ファシーは……猫の気まぐれです」


 僕が肩車している猫は、フードをすっぽりと被って完全に下界と隔離している。

 人見知りが目立つ場所に来てしまったからパニックを起こして凍り付いている感じだ。可愛いから許す。


「アルグスタ」

「はい」


 深いため息の後でお兄様が言葉を選ぶように口を開いた。


「お前はまたそのような手段を使うのか?」

「いいえ。今回に限りファシーの行動は完全に気まぐれです。本日はアイルローゼと2人でっ!」


 ギュッとファシーの太ももが絞まり僕の言葉の邪魔をする。

『シャー』と猫の威嚇音が響くと、前から2列目に居た人たちが全員いつでも逃げられるように身構えた。


「まあファシーは刺激しなければ無害なので、新しい帽子か何かと思ってこのままでお願いします」

「……分かった。そうしよう」


 手を伸ばして唸るファシーを撫でる僕に、お兄様が心底呆れるようにため息を吐いた。




~あとがき~


 忘れた頃にやって来る謎の騎士さんw

 前回も登場して…ファシーを見て逃げてたな。猫嫌いか?


 猫帽子を装備したアルグスタは魔女を連れて恒例の議場に。

 馬鹿はここを鬼門にしているが、ここに参加する人が一番不幸な気がしますw




(C) 2021 甲斐八雲

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