魔女は嘘吐かない

『でも残念賞~! 三大魔女は存在して居たし、私は不老不死ではありません。あっ不老だけどね。不死じゃないんだな~これが!』


 妙に口調が砕けている魔女にホリーは軽く頭を掻いた。


「それをどう信じろと?」


『ホントウダヨ? 魔女は嘘吐かない』


「魔女なんて存在自体が嘘の塊でしょう」


『酷い。外の胸無し魔女が泣くわよ!』


「胸が無いのは事実でしょう。ええ。あれと王女の胸は無いのよ!」


 たぷんと自身の大きな胸を揺らすホリーに、魔眼中央のこの部屋に駆け込んできたグローディアが……両の膝を落とし、何故か泣きながら床を叩きだした。


『……王女様が泣いているわよ?』


「胸の無い人の苦労なんて私は知らないから。正直に言って、無い人以上に大きい方が苦労がたくさんあるのよ。それを無い者たちは知るべきだわ!」


 はっきりと言い捨てるホリーに、魔眼中の胸の無い女子たちが涙した。

 刻印の魔女の力によって2人の会話は魔眼の中に響いているのだ。


『私もある方だけど……そんな酷いことを無い人たちには言えない』


「ふん。無い物ねだりが一番恥ずかしい行為よ」


 魔眼中の胸の無い者たちがホリーに対し殺意を抱いた。


「そんな些細な話はどうでも良いの」


『小さな胸だけに?』


「話の腰を折らないで欲しいわね」


『はいはい。それで?』


「百歩譲って貴女が本物の魔女だとする。するとその魔女は何処に居るのかしら?」


『え~。右目に居るでしょ? 暮らしているから。毎日元気に……最近の趣味はあのエロ旦那の発射の回数を数えることかな? 舞姫相手の16回が最高記録っぽいけど』


 キッと睨んできたホリーに対し、レニーラは入り口を塞ぐグローディアを飛び越えそのまま逃げだした。


『1回の液量だと、あのふわふわちゃんだね。数回分を一度で搾る天才かな?』


 キッと睨んできたホリーに対し、シュシュは入り口を塞ぐグローディアの背中に封印魔法を施し、それを踏み台にして逃げ出した。


『殺人鬼ちゃんは相手を怖がらせて委縮させるからダメだと思う。具体的にはもう少し肉欲を押さえて甘える感じでやってみたら色々と記録更新するかも?』


「だったら今すぐ外に出して! 全部の記録を塗り替えるわ!」


『そういう噛みつこうとする姿勢が良くないのよ。だから彼に怖がられる』


「……」


 床に膝を着いてホリーは崩れ落ちた。


 何となく彼に怖がられているかもと思っていたが、そんな理由だったとは思いもしなかった。

 てっきり自分が殺人鬼で人を殺しているから……それが違うとは。何より求めすぎるのが悪いだなんて思いもしなかった。


『最近大掃除してて過去に作った冗談の斜め上を行った魔道具を発見したから、後でそれを殺人鬼ちゃんに進呈してあげる』


「……本当に?」


『ええ。何だかんだで貴女と云う存在はこの魔眼の中で貴重だから……特別よ?』


「だったらアルグちゃんとの子供をっ!」


 最も望む希望をホリーは叫んでいた。


『あ~。宿すのは別に良いんだけどね~。ただ出産するまでの問題が……』


「「はい?」」


 ホリーと自身の体が妊娠中だと言われているセシリーンがほぼ同時に口を開く。


『だから本体は常に時が止まっている状態なのよ。つまり妊娠しても出産までの成長が……頑張るよ? 刻印の魔女さんは頑張るからね? 信じてずっと待てて欲しいかな?』


 何故か言い訳がましく聞こえてくる声に、ホリーは思案し頭を掻いた。


「私たちは何処まで貴女の掌の上で踊っていれば良いの?」


『意外と踊ってくれなくて困っているのだけどね。正直言って今日の質問だけでも私の肝が冷えてるわよ』


「そう。なら質問」


『まだするの?』


「仮に貴女が刻印の魔女と仮定する」


『本物なんだけど~』


「で、どうして貴女は姿を現してこの大陸の王たちを説得しないの?」


『……』


 空気が変わるのをホリーは肌で感じた。


「三大魔女は偉大な存在よ。その1人が“敵”を打つと命じれば王たちは動く。全てでは無いけどある程度動けば他も追随する」


 仲間外れを避ける心理が働くからだ。

 何より刻印の魔女からの“ご褒美”は破格のはずだから。


『ドラゴンが居るから大軍は動かせないでしょう?』


「ええ。そうね」


 もっともらしい相手の返事にホリーは自分の考えが正しいと理解した。


「仮に大軍が動かし敵を打つはずが……」


 スッとホリーは小さく笑う。


「その大軍が貴女の首を狙うかもしれない。その可能性は如何ほど?」


『……あはは~』


 楽しそうに魔女は笑い、そして軽く咳払いをした。


『人の正義はその人の物よ。私にどれほどの正義があっても、それを間違いだと糾弾する人は必ず現れる。そうでしょう?』


「ええ」


『でも私が見る限り貴女たちは私に近しい正義を持っている。簡単に言えば家族を裏切らない』


「そうね。少なくとも私たちは、ノイエと彼と私の家族は見捨てない」


『貴女の場合はそれ以外を切り捨てる傾向があるから厄介なのよ』


 愛情が偏り過ぎの殺人鬼に魔女は小さくため息を吐く。


『始祖の馬鹿は自分の家族ごと見殺しにしようとした。私はそれが許せなかった』


「それでずっと喧嘩を?」


『ええ。結構長くやりあっている。でもそろそろ限界なのよ』


「不老であって不死では無いから?」


『正解。私にはもう魔眼にした目玉の2つしか肉体は残っていない。普段見せている体は過去の私を模して作った物……それだって名を変え姿を変えてで定かではないけれど』


 相手が大ではなく小を求める理由をホリーは理解した。

 刻印の魔女は暗殺に近い形を望んでいるのだ。ただその理由が分からない。


「そこまでして“逃げる”必要があるの? 相手は貴女と同じ『魔女』でしょう?」


『違うわよ』


 はっきりと魔女は断言した。


『魔女と呼べる存在は“始祖”と“召喚”の2人だけ。私はまがい物よ』


「それほどの力を持っていて?」


『ええ。だって私は生まれ持っての“魔女”じゃない』


「……」


 思考したホリーは理解した。本当にふざけた話だ。


「そんな相手に私たちは勝てるの?」


『2人を同時に相手にすれば確実に負ける。けど……召喚は今、この世界に居ない』


「居ない?」


『ええ。私が張り巡らせた罠にはまって案の定暴走した。だからすぐに姿を現すことは無い。相手をするのは始祖だけよ』


「それで勝てるの?」


『勝つのよ。勝たなければこの世界は消え失せる。簡単なことでしょう?』


「そうね」


 軽く頷いてホリーは足を動かす。元居た場所に戻ることにしたのだ。


「ねえ? 刻印の」


『何かしら?』


「貴女はどうして……この世界のために戦うの?」


 その問いへの返事はしばらくかかった。

 ホリーがまた中枢の隅に座り膝を抱えて待機し終えたぐらいで、ようやく帰って来た。


『きっと私も馬鹿なのよ。家族を切り捨てられない愚か者ね』


 何となくそんな気がしていたホリーはクスリと笑った。


「悪くないと思うわ。少なくともアルグちゃんとノイエは手を貸すでしょうね」


『つまり貴女たち協力してくれると言うことね?』


「分からないわよ。まあ私は手伝うことになるでしょうけど」


『あら嬉しい。だったら貴女にご褒美よ』


 不意にホリーの前にそれが姿を現した。

 フードを被ったローブ姿の女性が座っているホリーの頭を片手で掴んだのだ。


「ご褒美はこの左目の知識と彼を満足させる魔道具とその使い方よ」

「なっ!」


 掴まれた手から膨大な知識を流し込まれ……ホリーはその頭部を軽く弾けさせ、血液やらを撒き散らして倒れた。


「やっぱり無理があったか……まあ頑張ったね。ご褒美よ」


 全壊した頭部を晒すホリーの死体に対し、魔女は彼女の胸の谷間に筒状の魔道具を押し込んだ。


「それとそこの王女様」

「……何よ」


 体を起こし警戒しているグローディアに魔女は取り出した筒状の物を投げ渡した。


「何よ?」

「勢いで約束した魔法よ。何だったっけ? 精強だか強精だかの魔法よ」


 掴んでいた物を指先で摘まんでグローディアはとにかくそれを自分から遠ざける。


「貴女が従弟を嫌うのは知っているけど、それを勝手に処分したら何人かに命を狙われると思うわよ? 具体的にはそこから顔を覗かせている2人に?」

「ひぃっ!」


 獲物を見つけた目で自分を見つめている2人に気づき、グローディアは本気の悲鳴を上げた。


「まあ今回のご褒美はここまで。それじゃあ」


 足元から姿を消しだし……そして魔女は消え失せた。




~あとがき~


 結果として刻印さんの勝ちなのか? 最後は物理だったけどw


『ギリギリを~攻めた結果が色々と、問題溢れて作者死にそう~』川柳調でお読みください。


 勘の良い読者様はこのヒントで『あ~』と頷くと同時に首を傾げるかも。

 だから結局…魔眼の中の人たちって何なの? とか。本体は? とかね。


 刻印さん、論点ずらしの天才だから~




(C) 2021 甲斐八雲

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