終わってからどうしよう……
「うっわ~。ローロムってば大胆だね~」
「……」
一瞬戻って来た相手の企みを知ったレニーラは大きく頷き感心する。
ただこの程度のことなら傍に居るホリーが気づかない訳がない。
視線をこっそり向けると、彼女は渋い表情を浮かべていた。
「あれって何か問題あるの? あるの?」
「……」
「ねえったら~。それともローロムに罰を与えれば良いの? 揉んだら良いの? 胸と尻のどっち?」
「……あん?」
「難しそうな顔をしていたから聞いただけだよ~!」
ワラッと動いた髪の毛に反応し、レニーラは天性のバネで相手との距離を置く。
一瞬で髪の届かない距離に逃れた舞姫に対し、ホリーは軽く肩を竦めた。
「知らないのよ」
「何を?」
「ノイエのあの魔法でどれだけ収納できるのかを」
「あ~」
納得だ。だからホリーは全てを収納するという選択を選ばなかったのだ。
もしノイエのあの異世界召喚と言う異世界収納が底なしだったら……帝都中の魔道具が『保護』されるだろう。
「でもあの魔法ってアイルローゼが教えたんでしょ?」
「ええ。ただしあんな使い方は想定していなかった」
「だよね。うん」
実際にノイエがあの魔法で荷物を運ぶようになってからアイルローゼが色々と調査はした。
万全ではない状態での簡易的な物だったので詳しくは判明していない。つまりどれほど納められるかは誰にも分からないのだ。入れているノイエですら。
「昔っからノイエは変に横着することがあったしね」
「貴女たちが際限なく甘やかすからでしょう?」
「だって~。甘えて来るノイエが可愛いんだよ? 逆らえないでしょう?」
『お姉ちゃん』や『朱色の人』などと呼び、両手を広げて抱き着いてこようとする幼いノイエの愛らしさは犯罪級だった。
そのまま抱えて持ち逃げして隠れてこっそりと飼って居たくなるほどだった。
レニーラがそれを実行しなかったのは、終始ノイエの周りには自分同様に彼女を見守る存在が居たからだ。
隙あらば持ち逃げしようとした者がどれ程いたことか。
実際に実行して半殺しに遭ったエウリンカの姿を見てから、そんな馬鹿なことをする者の数は極端に減りはしたが。
「話が逸れた。で、あれをどうするの?」
「……ノイエの可能性を信じるしかないわね」
「つまりノイエ任せか」
不可能を何となくで可能にしてしまうのがノイエだ。
無茶が通らずあっさりと諦めて放り出すのもノイエだ。
後者の選択をホリーは怖れているのだろう。
「でも大丈夫だよ」
「その根拠は?」
「だってノイエは私たちの中でも有数な頑固娘だしね」
故にノイエを操る最終的な方法がある。
誰かが外に出て彼に頼めば良いのだ。ノイエがカチンと来る言葉で張り合うようなことを。
「旦那君の言葉にならノイエはどんな不可能も可能にするよ」
「そうね」
ただしそれをホリーは計算していた。
計算した上で却下したのだ。
《余りノイエに無理させると帰還の魔力量が足らなくなる可能性があるのよ。その問題があるから“帝都の宝石”は絶対に手に入れたい》
問題はその宝石にどれほどの魔力が残っているかだ。
仮に魔力が空だったら全員の撤収が難しい。それを察して使う魔法に配慮している魔女の気配りが有難い。それでも足らない可能性があるのだ。
《誰か魔力を大量に……》
ハッと気づいてホリーは目を見開いた。
「レニーラ!」
「ほい?」
「大至急ファシーを抱えて来て! 傷つけないで!」
「了解だよ~」
急ぎ魔眼の中枢を飛び出したレニーラは、数歩歩いて急停止した。
廊下を這うようにして進んで来る存在を見つけたのだ。
「なっは~! 猫が向こうから来てたよ~」
駆け寄り抱き上げる。
「なぁ~」
「うっわ~。凄い色だね……」
顔色が緑色の猫がか細く鳴く。
ただ余りにもな顔色にレニーラは抱きかかえた猫から反射的に顔を遠ざけた。
「でも運が良かったよ。ホリー。すぐそこに居た~」
猫を抱えてレニーラはまた中枢へと飛び込んだ。
ブロイドワン帝国・帝都帝宮内
三面の口が唱える魔法語をアイルローゼは耳を傾け口を開いた。
単純な魔法を3つ並べ、それを時差で放つことで大魔法とする。
普通ならタイミングが難しく複数の魔法使いでは実行しない方法だ。逆に術式では一般的に用いられる方法でもある。
だからこそアイルローゼは胸の内でクスリと笑う。
相手の程度が知れたからだ。
これで“魔女”を名乗ろうなど、歴代の魔女たちに対する冒とくに等しい行為だ。
自分は望み魔女の地位を得たわけでは無いが、それでも過去の魔女たちに対する尊敬の念は持っている。一番尊敬していた刻印の魔女に対する気持ちは……若干薄れているが、それでも彼女の偉業には敬意を払っている。偉業にだけは。
《本当に悪い冗談よね》
ただ口を3つに増やし唱える魔法ぐらいで“魔女”を倒せると思っている存在が腹立たしい。
アイルローゼは淡々と口を動かし1つの魔法を唱え続ける。
大した魔法ではない。真面目に学んでいれば誰もが知る魔法だ。使えるかは別だが。
この魔法には優れた点が1つだけある。
詠唱に癖はあるがとにかく短い。そして使用する魔力が少ない。
始祖の魔女が好んで使っていたと言われる魔法だ。
「
力強い言葉による命令で放たれた魔法は光の矢となり自称魔女の顔の1つを狙い撃つ。
直撃を受けた三面の顔の1つで光が弾け、詠唱していた自称魔女の顔が焼け爛れる。
「それで……もしかしてこんな簡単な方法で貴女の最強は封じれるの?」
薄く笑い、胸の前で腕を組んだアイルローゼは相手を睨む。
いくら巨大となって自分を見下ろしていても相手が弱いのだから怖くもない。
虚勢を張っている分だけ醜くて弱々しく見せるだけだ。
「もう少し足掻いて見せなさいよ。そうじゃ無いのなら私が貴女の遥か上を行く存在であると見せつけるわよ?」
「「煩いっ!」」
残った口で化け物が吠えた。
「ならば見せてやる」
「私の本気を」
「私の全力を」
「私の力を」
「「見せてやる!」」
それぞれの口を動かし絶叫した化け物がまた変化する。
様子を見ていたアイルローゼは、そっと自分の口を押えて吐き気を堪えた。
強くなるのは別に構わない。だがそうグチャグチャと色々な物をかき混ぜないで欲しい。
口を増やすだけなら……一瞬思い浮かべた自分の想像に対しアイルローゼは首を振る。
それはそれで気持ちが悪い。
だからって上半身の至る場所に顔を生やすのはどうかとも思う。
そこまで増やして……偽装に使うのかと納得する。
まあそうしたいのであればそうすれば良い。
変化している状態で『無意味だから』と伝えてやる方が無意味だろう。
相手は少なくとも変化することで自分が勝てると信じているのだ。
《それに時間も稼がないといけないし……》
帝都を飛び回っているローロムの進捗状況も気にはなるが確認する方法がない。
《刻印の魔女の言う消滅魔法の方は確認のしようが無い》
せめてもの救いは氷漬けになっているお菓子の巨人がまだ動いていないことだ。
余程強力な氷系の魔法なのだろう。祝福を使うことで魔法の工程を短縮し、短縮した分だけ威力の方に重きを置いているのかもしれない。
それはそれで後で調査と解明と研究が必要だ。また新しい魔法が作り出せるかもしれない。
「その前に雑魚ともう少しだけ遊んであげないと」
本当に厄介だ。弱い存在の相手など面倒なだけだ。
「あの馬鹿弟子。私が弱い者いじめをしているとか思っていないでしょうね?」
もし思っているのなら後で説明する必要がある。
こんな戦い方は不本意だ。本来なら面倒だから一撃で始末する相手だ。
「終わってからどうしよう……」
戦い以上に厄介なことを思い出し、アイルローゼは無意識に太ももを擦り合わせてモジモジしだした。
~あとがき~
前回刻印さんの嘘に気づいたホリーはファシーを求めます。
ファシーってば魔力量だけなら上位クラスなので。
マリスアンってば…どんどん人間辞めてくな~。
なのに残念臭しかしないのは何故でしょうか?
(C) 2021 甲斐八雲
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