欲望で頭の中がエロエロっす~!

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



「……それで自称通りすがりの魔法使いがこの私に何か用かしら?」

「ええ。用と言うほどのことでは無いのだけれど」


 枝だか瘤だか分からない胸を張る矮小な存在にアイルローゼは胸の内で笑う。

 子供の頃からこの手の類はたくさん見て来た。


『この様な餓鬼よりも私の方が優れている。餓鬼が使える魔法など大したことは無い! 魔法使いの力量が低い地方では、ちょっと高度な魔法を使えたぐらい直ぐに“天才”と祭り上げる。哀れだな餓鬼よ。お前はまだ本物の魔法使いを知らない!』と。


 住む場所を変える度、師と呼ぶ人が変わる度……何処に行っても姿を現す馬鹿な人間にそっくりだ。

 本当に実力のある人間は周りのことなど気にしない。

『天才児』などと聞いてわざわざ出向き高圧的に接するのは、自分の実力の無さを公言しているだけだ。


「元共和国のお抱え魔法使いがどれほどの実力なのか見たいと思ったのよ。何でも国家元首に尻を振って得た名ばかりの地位だと噂話に聞いてたから」

「……言わせておけば」


 愚者を演じるアイルローゼにマリスアンは牙を剥く。

 文字通りの牙だ。その牙ですら木製であるが……ここまで人間を辞めている人物に、人間らしい外見を求めることが間違いだと悟る。


 大きく両腕を広げ自称魔女は声高らかに言葉を紡ぐ。


「私は魔女になり得たのよ! 共和国では認められていた! 皆が魔女に相応しい言っていた! ただ周りの国々が認めなかった! 『功績が無い』など……私が持つ魔法がどれほどの人を殺めたか! 共和国で私以上の大規模魔法を使える者は居なかった! 私を否定していた国々にも私以上の魔法を使える者は居なかった! それなのにいつもいつもいつもいつも……『功績が無い』の一点張りだ!」


 目を剥き感情的に言葉を発する相手をアイルローゼはただ黙って見つめる。

 傍に居るオーガなどはもう露骨に欠伸をして面倒臭さを前面に押し出している。アイルローゼとてオーガの気持ちは痛いほど分かる。


「後どれほど殺せば良い! この大陸に住まう人間を半分も殺せば認めるのか? 私を魔女として認めない国々を亡ぼせば認めるのか!」

「……ここまで馬鹿だと会話する気も失せるわね」

「ふざけるなっ!」


 感情的に嚙みついて来る相手にアイルローゼは静かに頭を振った。


「魔女として認められるのは……確かに功績ね。それは別に特別優れている必要もない」


“魔女”であるアイルローゼは小さく鼻で笑う。


「近年だとその地位を得たのが術式の魔女ね。あれなんてユニバンスで引きこもって延々とプレートを刻み続けていただけの存在よ」

「ええ。そうよ。よく聞く嫌な名前だったわ」

「……」


 頑張った。アイルローゼは最近習得した『我慢』で色々と踏みとどまった。


「どうしてあれが魔女なのよ? ただプレートに術を刻んでいただけでしょう!」

「ええそうよ。けれど彼女は他の魔法使いとは違った。彼女はただ人々が暮らしで使えるプレートを作ろうとしていた。生活の助けになる物を……問題は飽きやすい性格で一つ作ると満足してしまうから数多く世に出回らなかったけれど」


 アイルローゼとしては内心で反省している。


 あの頃は戦時中であり武器を作ることを強く望まれていた。

 生活必需品を作ったのは活動資金を得るための譲渡や売却が目的だ。

 そんなことの為に作っていたせいか気乗りがしなかった。一つ作れば十分だと複数作ろうとは思わなかった。


 飽きやすい性格と言って誤魔化してくれた弟子には今でも感謝している。

 直接会ってその言葉を伝えることはもう出来ないけれど。


「それに術式の魔女は大規模魔法も使えた。そんな物は上位の魔法使いになれば普通に使える。自慢するほどのことじゃない」

「何ですって?」


 殺気を撒き散らす相手にアイルローゼはただただ努めて冷静に言葉を選ぶ。


「貴女は他国の魔法使いたちから、木剣を貰ってそれを喜び振り回していただけの子供にしか見えなかったのよ。そんな子供に誰が魔女の称号なんて与えるのかしら? 少なくとも子供の独り遊びを止めて成長してから物事を言いなさい」


 聞き分けの無い子供を諭すように。




「何か話が脱線しているぞ~」

「だね~」


 先生が出て来たので僕らは撤収準備を進めていた。

 あの人が本気なら逃げる準備が最優先だ。下手をしたら帝都が全部腐る。


「子供のひとり遊びって、旦那様に自分のひとり遊びを見られて自殺したくせにだぞ~」

「言ってあげるな」


 また自殺でもされたら目も当てられない。


 何よりナイスだよシュシュ君。

 この一件が片付いたら先生にはもう色々と責任を取って貰う。

 あれだあれ。ひとり遊びの一件なんて頭の中から消え去るくらいの物凄いことをしてやる。


 にょほ~! 欲望で頭の中がエロエロっす~!


「それにあんなことをするアイルローゼは、らしくないんだぞ~」

「……そうなの?」


 危ない危ない。もう少しで紳士である僕がエロバーサーカーに変化してしまうところだった。

 だがきっとノイエだってお姉ちゃんと一緒に仲良くしたいはずだ。仲良くする分にはノイエはこっちの味方に付く。つまり2人がかりで……むふふ~。


「何て顔をしてるんだぞ?」


 冷めた表情でシュシュが僕を見ていた。

 大丈夫です。別途でシュシュにも今までに味わったことのない……一度落ち着け。全てが終わってから考えよう。


「ごほん。続きを」

「……うん。だって~自称している魔女なんて滑稽な生き物……普段のアイルローゼならそのまま放置して、相手が恥を上塗りし続けるさまを観察しているはずだぞ~」


 シュシュが言うには、あそこまでアイルローゼが相手を貶すことは今までに無かったらしい。

 貶すと言うより先生が生徒を諭しているような感じだ。

 格下だと思っているアイルローゼに諭されるのは精神的に来るな。うん。酷い嫌がらせだ。


「あれはあれで残酷だね。気持ちは分かるが」


 僕が見るにあれは、滑り続けて転がり落ちていくお笑い芸人の末路を眺めている感じだ。

 決して嫌いではない。本人にその気があればどん底から這い上がってくれば良いのだ。


 荷物を纏めて……売れ残り2人の輸送が面倒臭いので、近くに転がっていた槍らしき物に括りつけて運べるようにした。

 映画とかで見る未開の部族に捕まった冒険者のようだ。このまま焚火の上に置いて丸焼きにされる運命だろう。2人ともお肉が少なくて美味しくなさそうだけど。特に胸が。


 生温かな目を荷物に向けたら2人してこっちに対し口を開いた。


「これは酷くない?」

「人としての何かが踏みにじられているような気がするのですがっ!」

「煩い売れ残り。黙って荷物になっておけ」

「「はうっ!」」


 精神的なダメージを受けて売れ残りがぐったりした。

 まあシュシュがこそっと2人の怪我している部分を棒で叩く姿が見えたから主な原因はそれだ。


「で、ノイエは?」

「優雅に横たわってるぞ~」

「もぐぐ」


 ウチのお嫁さんはいまだグッタリだ。

 ここまで無抵抗で疲労困憊なノイエは初めて見る。


「ん~。旦那さ~ん」

「なに?」

「何となくノイエがあの力を使わない理由が分かったぞ~」


 あの力とは超攻撃的なあれですよね?


「たぶん僕も同じ答えだと思う」


 シュシュと顔を見合わせ、そっとノイエを見る。


「疲れるから」

「疲れるからだぞ~」

「もぐぐ」


『正解』と言いたげにノイエが咥えているパンが動いた。

 本当にノイエったら……これはいわゆる祝福の悪影響か? 疲れ知らずのノイエさんは疲れることが大嫌いだと?

 まあ頑張って本気を見せてくれたし、何より横たわっている姿が可愛い。


 問題はここまでノイエがヘロヘロだと……どうやって撤収するかだな?


「どうやって撤収しようかね?」

「ホリー任せだぞ~」


 シュシュの返事はいつも通りだ。




~あとがき~


 主人公プレゼンツのお仕置きは後にして…アイルローゼは自称魔女で遊びます。

 今回のオーダーがこれなのだから仕方ない。自分がされたことをそのままそっくりするだけです。


 そう考えるとアイルローゼって本当に色々と苦労して来たんだな~




(C) 2021 甲斐八雲

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