アイルローゼは可愛いのよ
「あら? もう隠れないの?」
「煩いわよ。歌姫」
魔眼の中枢から出ずにグローディアは壁に背を預けてノイエの視界へと目を向けていた。
今更傍観を気取っても笑いの種でしかない。それに自分の知らない所で笑い話にされるのも面白くない……と自身に色々と言い訳をし、グローディアは盗み見を止めた。
何より外の敵は興味を覚える。本当に色々とおかしい敵だからだ。
心臓をノイエの拳が貫いているのにまだ動く。人であるならばあり得ない。
「リグ」
「……なに?」
通路で膝を抱えているリグが顔だけを中枢の中に向けて来る。
「人が死なないのよ。理由は?」
「ん」
拗ねていたリグが興味を持ったのか中枢の中へとやって来た。
食い入るようにノイエの視界を見つめ……彼女が兜を引き剥がす様子に目を輝かせる。
「グローディア?」
「ごめんなさい。ちょっと席を外すわ」
口元を押さえグローディアは慌てて中枢の外へと向かう。
セシリーンも顔色を悪くして震えていた。
人の生皮を剥ぐ音など聞くことはそうない。一生忘れられそうにない。
外野が静かになる中で……リグはそれを見つけた。
鎧を着こむ者たちの体に張り巡らされている植物の根をだ。
「魔法はボクの専門外だよ。だからそろそろ目を覚まして欲しいんだ。アイル」
「……まだ胃が、回復してなくて、良かったわ」
深く息を吐いて半壊している魔女が目を開いた。
「あれはあの魔女の魔法よ。魔法を変質させて人と植物を混ぜた。植物は水と日の光があれば育つ……人の体という植木鉢と養分があればさぞ元気に育つでしょうね」
フッと息を吐いてアイルローゼは静かに目を閉じる。
「死なずに起きて」
「……それが医者の言葉なの?」
「勝手に死んだアイルが悪い」
「……」
何も言い返すことが出来ず、魔女はまだ半壊している顔を顰めた。
ただリグとしてもずっと胸の内に抱えている物がある。重くてトゲトゲとしている嫌な感じのする感情だ。チクチクと胸の内側から刺さり本当に不快になる。
無意識にリグは腕を組んで自分の胸を支えるようにする。僅かだが痛みが和らいだ気がする。
でもそれでは解決にはならないと分かっている。分かっている。
「……ごめんアイル」
「えっ?」
突然の言葉にアイルローゼはその目をリグへと向けた。
「ボクは彼のことが好きだ」
「……」
その頬を赤くしリグは言葉を続ける。
「こんな傷だらけのボクを受け入れてくれた奇特な人だ。可愛いと言ってくれるし、ギュッと抱いてもくれるし、キスもしてくれるし、」
「自慢かしら? リグ?」
「……」
怒気しか孕んでいない言葉にリグは自分の口が滑ったのに気づいた。
別に喧嘩を売る気は無かった。ただつい滑っただけだ。
「アイルだって望めば出来る」
カウンターで飛んできた言葉に今度はアイルローゼが真っ赤になる。
文字通り治りきっていない傷から血を吹いて真っ赤に染まった。
「彼はアイルのことも好きだしね」
「……そう言われると最低な男よね」
「そうだね。最低だ」
ノイエという最高の妻が居て、その姉たちに次から次へと手を付ける……元王子であり大物貴族である彼からすればある意味で間違っていない。
誠実などと言う存在からかけ離れた行いだが、それを望む女性は多く存在する。
平民の出であれば貴族の当主に見初められて妾にでもなれれば今までの人生が一変するほどの生活が得られるのだ。その選択に後悔しないのであれば最良だろう。
「でも彼は優しいよ」
リグは知っている。彼の優しさを。
「ボクらが我が儘を言っても彼は笑顔で受け入れてくれる。ボクが医者を続けたいと言えばきっと王都に診療所を作ってくれる。もしかしたら義父さんの所を増改築してくれるかもしれない」
何より彼は絶対に『女性なのだから屋敷に居て……』等とは言い出さない。ノイエが『楽しそう』だからと言う理由でドラゴン退治を許可し続けている人だ。
むしろ働きやすい様にあんなに仕事を嫌っているのに率先して協力し手配までする。
「アイルが望めば小さな魔法学校だって作ってくれる」
「……王都の魔法学院と喧嘩になるわ」
「それでも彼は作るよ。優しくて馬鹿だから」
「そうね」
認めるしかない。リグの言葉が正しいアイルローゼも分かっている。
「アイルがそんな彼に惹かれたのは分かる気がする。アイルはずっと強かったから……強い魔女だったから、だからどんなに傷ついてボロボロでもそれを演じてた」
それが魔女……術式の魔女と呼ばれるアイルローゼの正体だ。
強くもなくただ優れているだけの存在。優しすぎるほどに優しくて、どんな苦労も自分から背負い込むお人好しで不器用過ぎる人間だ。
「ボクはアイルにずっと甘えていた。“お姉ちゃん”だと思って……ごめん。ちょっと“お母さん”と思っていた」
「リグ?」
ほぼ同年代の相手の言葉にアイルローゼも半眼になる。
少なくとも“姉”で留めて欲しかった。“母”まで行くと正直心の奥底から何かが来る。
「だってアイルが優しいから。だからついね」
「嬉しくないわよ」
「ごめん」
素直に謝りリグは言葉を続ける。
「だからボクはアイルに甘えたかった。まだまだ甘えていたかった。でもアイルは彼に惹かれて……ボクは嫉妬と対抗心が目覚めてしまった。アイルを奪われたくないという気持ちと、アイルに負けたくないって気持ちかな?」
「そうなのね」
穏やかな声を出してアイルローゼは目を閉じる。
「まだ死なないで」
「……本当に医者なの?」
「今はただの女だよ」
酷い我が儘にアイルローゼは下唇を軽く噛んでどうにか意識を繋げた。
「でも今はそんな気持ちもだいぶ薄れたかな。大人になったしね」
「……」
胸を張ってプルンと大きなものを動かす相手にアイルローゼは軽く殺意を覚える。
まあ確かに自分は色々と負けている。そしてまだ“処女”のままだ。
「今は早くアイルに頑張って欲しいと心の底から思っている」
「……こればかりはちょっとね」
自然と相手から視線を外した。
自分の気持ちはもう理解している。間違いなく彼のことが『好き』なのだと分かっている。
恋愛なんて無縁だと思っていた自分が、こうも胸の内に雑念としか思えない感情を抱え込んで悶々としている。苦しいほどにだ。
だからってそう簡単に割り切れない。
「どうして?アイルなら告白直後に押し倒されるよ?」
「……」
相手の言葉にアイルローゼは回復している部分の指を動かし、ギュッと手を握った。
「正直に言うわね」
「うん」
「……怖いの」
「はい?」
カタカタと震える口をどうにか制してアイルローゼは、経験者であるリグに真っ直ぐな目を向けた。
「あんな大きいのがちゃんと入るかどうか不安で怖いのよ!」
「……アイル?」
また顔やら何やら真っ赤に染めてアイルローゼが言葉を続ける。
「だっておかしいでしょう? なんでみんな喜んであんなことをしてるのよ! どう見ても串刺し刑でしょ! カミーラの串を突っ込まれるような物でしょ!」
「お~い」
「嫌なの! 怖いの! 痛かったら泣いちゃいそうで……そんな姿を弟子に見せたくないのよ!」
アイルローゼ……魂の叫びだった。
「戻りたいんだけど」
「今入るのは……流石にね」
中枢の入り口でグローディアとローロムは壁に寄りかかり話が終わるのを待っていた。
真面目で真剣な空気だったから入室を差し控えたのだが。
「魔女って意外と可愛らしい性格なんだね」
「知らなかったの?」
呆れ果てた様子でグローディアはため息を吐いた。
「アイルローゼは可愛いのよ」
「納得だ」
~あとがき~
ようやくの仲直りのはずが…先生? かなり脱線していますよ?
外で待ってるグローディアとローロムは良いとして、実は部屋の中で沈黙してちょこんと座っているセシリーンの存在を忘れてはいけない。
歌姫さんってば本当に肝が太いw
(C) 2021 甲斐八雲
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