どうしたら死ぬの?

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内地下室



 階段を静かに降りてやって来た場所は、帝宮内で最も厳重な警備が敷かれていた場所だ。

 この場を守っていた兵たちも全て人形の材料にしてしまったので、現在は無人だ。けれど地下に作られた部屋の壁は厚く、地上へと続く専用の通路には何枚もの鋼鉄の扉が配置されている。


 歩いてここに来るのですら幾重もの扉を越えて歩き続けなければいけない。

 何故ならばこの場所にはある国から接収した魔道具が置かれている。

 帝国の魔法使いが何年もかけてようやくその謎を解き明かした魔道具だ。


 動かなかったのは“鍵”が無かったから。

 でもその鍵をようやく手に入れた。


 クツクツと笑い魔女はまず地上への通路を解放する。

 壁から突き出している鋼鉄製の棒を上から下へ動かすだけで鋼鉄の扉が開かれて行く。

 開かれた通路を伝い外の空気が流れ込んで来た。


 それを確認した魔女はまたクツクツと笑い、手にしている物を握りしめた。

 バリンッと球体状のガラス繊維が砕け、中身が姿を現す。

 それは成人男性の親指程度の大きさだ。黒くて円柱状である。


「本当にこれが?」


 良く分からないが魔女はそれを握りそっと魔力を込める。すると自身の脳裏にピリピリと何とも言えない痺れが走った。

 一瞬罠を疑ったが……痺れは直ぐに収まり代わりに脳裏に映像が浮かぶ。


《これは異世界の物かしら?》


 自分の脳裏に浮かんだ物を魔女は理解できない。

 けれど1つだけはっきりと分かる物があった。映像の中で一か所だけ明滅している場所がある。

 文字は読めない。だが直感で魔女はそれだと思った。


《どうすれば……そう言うことね》


 鍵を握る手を動かしたら映像の中に白い矢印が浮かび上り移動した。

 その矢印を明滅を繰り返す場所へと向け、魔女は自身の魔力を鍵へと流した。


『命令を受諾しました』


 地下室の中央で鎮座している魔道具から異世界の言葉が響いた。


 ずっと置かれていた魔道具はゆっくりと動きだし……自らの手足を動かし、通路を這うようにして外へ向かう。


「これで良いわ」


 クスクスと笑い魔女も魔道具を追うように歩き出す。

 後は全ての魔道具を起動して……そして命じるだけだ。

『この帝都周辺に居る生物を皆殺しにしろ』と。


 笑みを浮かべ魔女は歩く。


 その命令で全ての刃が地上に居る馬鹿者たちに襲い掛かるはずだ。




 ××・××



『受信』


 その音にずっと待機状態だったモノが動き出す。

 どうやら命令を受諾し“あれ”が動き出していた。


『設定』


“あれ”が動き出せばすることは決まっている。

 その為に作られた存在であり、そして動き出したモノもまた同じなのだ。


『確認』


 選択肢は1つだけだ。


『……を実行します』




 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



「さあノイエ! 君の凄さを見せてくれ!」

「だぞ~!」


 僕らの声援を受けたノイエが軽い足取りで歩いて行く。本当に散歩感覚だ。


「これ?」


 振り返りノイエが確認して来る。


「やっちゃって!」

「だぞ~」

「はい」


 軽く右腕を引いてノイエが拳を繰り出した。

 ゴワァ~ンと除夜の鐘を彷彿させるいい音が響いた。


「痛い」


 結果としてノイエが拳を痛めた。


「シュシュの嘘つき~。全くの嘘やん」

「何でだぞ~」

「や~い。嘘つき~」

「ぞ~」


 確定だ。今度温泉に連れて行ったら物凄く恥ずかしい衣装を着せてやる。


 だがシュシュは諦めなかった。

 わなわなと震えてから、何かに気づいたように顔を上げたる


「分かったぞ! ノイエ~」

「なに?」

「今魔力を使わずに殴ったでしょう?」

「殴れって言った」


 若干非難がましくノイエのアホ毛が揺れる。

 言葉足らずなシュシュがいけないんだと僕は思います。


「魔力を使って殴って良いんだぞ~」

「はい」


 軽く腕を振ってノイエがまた拳を握る。

 あれほどの音を発して無事な拳が本気で怖い。


「やっちゃえだぞ~!」

「はい」


 放たれは拳が……はい?


「シュシュさんや?」

「……事故だぞ~」


 どうやらシュシュもこれは想定していなかったっぽい。

 僕らは色んな意味でノイエの打撃力を勘違いしていた。


 穴だ。ぽっかりとした穴だ。それが鎧の中央、ノイエが殴った場所に生じている。

 つまりノイエの拳が貫通したのだ。


「何であれでまだ動くかな?」

「知らないぞ~」


 貫通は事故だとしても、問題は穴を開けた鎧がまだ動いていることだ。


「兄様」

「おう。ポーラ。解説宜しく」


 ドームの上で休憩に徹していたポーラがようやく再始動したらしい。

 軽いお菓子と水分まで摂って万全な状態だと思いたい。


「中身がたぶん違うのだと思います」

「はい?」

「だから中身の人間に対し、たぶんあの魔女によって色々と手が加えられていて」


 まさかの人間辞めちゃった系な人たちを放り込んでいるの? どんな乾電池?


 共和国の鎧共は、全員フルフェイスの鉄仮面をしているので本当に中身が人間かは分からない。

 それを確認しておいた方が良い気がする。


「ノイエ~」

「はい」

「その鎧の兜を取ってみて」

「はい」


 軽い足取りで接近し、鎧側の攻撃を見もしないで回避してノイエが一体の鎧の兜に手をかける。

 メリメリメリメリ……と大変生々しい音が辺りに響き渡った。


 僕らドームの傍に居る全員が口元を押さえる。

 動じないのはノイエとポーラぐらいか。


「……無いわ~」

「……惨すぎます」


 ミシュとリリアンナさんの非難染みた視線が僕を貫く。


「旦那君。こんな裏切りは酷いぞ」


 口元に手を当てたシュシュが今にも吐きそうだ。


 だが言いたい。誰が兜を取ったら中身の人の顔の皮膚まで一緒に取れると思う?


「アルグ様」

「なに?」

「次」

「……」


 皮膚ごと取った兜を手に動じないノイエが問いかけて来る。

 今だけ彼女のあの精神が羨ましいです。


「どうしたらあれって倒せるの?」


 この中でちゃんとした魔法使いに問うてみる。

 もう僕の頭脳は脳死寸前だよ。


「……死んだらかな? そう思うぞ?」

「で、どうしたら死ぬの?」

「こっちが教えて欲しいぞ~」


 ついにシュシュが泣きだ。

 裏切るな。僕ももう泣きたい。


 兜が取れても足を止めない鎧がこっちに迫る。


 恐怖だ。生々しい恐怖映像だ。

 死なない恐怖よりもホラーフェイスの方が遥かに怖い。


「ノイエ!」

「はい」

「その兜を戻してあげなさい」

「はい」


 手にしていた兜をノイエが相手に戻す。

 上からグイっと強引に押し込んだら、何か兜の隙間から色々な物が溢れ出した。


 それでも足を止めない理由を説明して欲しい。


「僕は本当にあの魔女の性格の悪さを理解しました!」


 叫ぶことで僕は吐き気を誤魔化す。


 あの魔女は今日この場所で絶対に倒す。

 そうしないとまたこんな醜悪な攻撃をされたら僕の精神が持たない。


「今日がお前の命日じゃ~! あの糞魔女が~!」


 僕の声に誰一人として異論を唱えなかった。




「ようやく見つけた。メルク?」


 返事は無い。どうやら彼女もまた死んでいるらしい。


「セシリーン。メルクを見つけたけどやっぱりダメだった」


『分かったわ。メルクが最後だったから……もう戻って良いわ』


「ほ~い」


 魔眼の中枢に居る歌姫との会話を終える。

 大魔法が使える人物はこれで全滅だ。


 転がって痙攣している死体の髪を掴んで持ち上げて確認していた彼女……レニーラは、自分がやって来た通路を振り返り思い出す。

『暴風のメルク』と呼ばれる人物の顔を見て偶然それを思い出したのだ


「何でミャンが居ないんだろう?」


 思い返すと最近あの同性愛者の姿を全く見ていない。

 一時期仲良くなっていたメルクと一緒に居た頃は良く死角に隠れて愛し合って居たっぽいけれど、別れてからは隠れるようなことはしなかったはずだ。それなのに最近見かけない。


「誰か他の子と仲良くなったのかな?」


 ただメルク以外でミャンと仲良くする人物などこの魔眼の中には居ない。

 メルクとて寂しさからの気の迷いでミャンと付き合いだしたと聞いたことがある。


「まっ良いか」


 ただ楽天家のレニーラはあまり気にしない。

 そういう性格だからだ。




~あとがき~


 魔女マリスアンはフグラルブ王国の地に隠されていたラスボスを起動しました。それは地上に向かい進撃を開始します。その正体はまだ内緒w


 で、何やらその起動を確認した物体もまた動き出しました。こっちは簡単かな?


 魔眼の中ではレニーラが大魔法を使える人を捜索中です。

 メルクはたぶん名前しか出ないかな? 登場予定は現時点で無いです




(C) 2021 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る