舐め尽くしてやるからな~!

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



 肝が太いのか、マイペースなのか、ただ鈍感のなのか……本当に動じない兄にポーラは何とも言えない視線を向けていた。

 と言っても長々と見てもいられない。相手は足並みをそろえて迫って来る。その数は約500といった所か。


 あの鎧は魔法を弾く。

 このまま接敵すればその鎧の効果で足場としている光の壁が消失するかもしれない。少なくとも無事では済まない。


《師……》


 呼びかけた声を心の中で止める。

 今回の彼女は本当に辛い立場に居る。本来ならそんな苦労をする必要など無いし、するはずのない人なのに……師である刻印の魔女は弟子の我が儘を聞いてくれた。


《私が師匠から頂いた魔法を使ってもあの敵の足止めしかできない》


 師匠である相手に告げる訳でもなく、ポーラは自分の胸の内で呟く。

 ゆっくりとドームの上に立ち、クルリと握る棒を回した。


 魔法が使えないのなら別の方法で敵を駆逐すれば良いだけだ。その方法は?


「簡単でしたね」


 口元を緩ませポーラは大きく息を吸う。


「戻りなさいトリスシア様っ! 今すぐにっ!」


 凛と響いた声は広く伝わった。




「あん?」


 反射的に足を止め、金棒はちゃんと振り抜き人形を纏めて吹き飛ばした。


 巨人を殴りに向かったが、あれは堅いだけで面白みに欠ける。

 決して壊せなかったから別の物に八つ当たりをしていたわけではない。


 けれど……呼ばれた。あの生意気なメイドにだ。


 口調は丁寧だけど命令形だ。ふざけきっている。

 小さな姿の頃の方がまだ可愛げがあった。育った姿は見てて嫌気を覚える。

 自分が守れなかった存在によく似ている。


 白い髪と赤い瞳が嫌になるほど心を震わせる。


「アタシは自分好きにするって言っただろうが……」


 そうちゃんと告げた。

 告げて自分の怒りのままに今回は暴れると決めて動いた。


 だから戻らない。戻らない。


 ジワリと足の裏が石畳を掴む。

 自分の意志とは違い体が自然と反転を望む。


「あぁっ! 全く!」


 怒りで金棒を振るい迫って来た巨人に纏めて何体かぶつけて進行を阻んだ。


「あの小娘~! これが終わったら絶対に泣かせる! 泣かしてやる!」


 ついでに『その涙を舐めて味わってやる』と決めてオーガは全身の筋肉を膨らませ、全力で金棒を振り回し突進をする。


「お前の顔を舐め尽くしてやるからな~!」




 困り果てて上を見たら何故かポーラが青い顔をして震えながらしゃがんでいた。

 寒気でも感じているのかいそいそと両腕を擦っている。


 それほどヤバいのか? ポーラも絶望を感じる事態なのか? これは間違いなく大ピンチなのか?


「はい誰か! 何か意見をどうぞ!」


 僕の視線はノイエの顔を見ながら動かないけどね。


「意見をどうぞ!」

「なに?」

「どうぞ!」

「……」


 何故ノイエさんは目を閉じるのでしょうか?

 今はそんな時じゃありませんからね。察してよホリーお姉ちゃん!


 目を閉じようとするノイエの瞼を無理矢理開いて彼女の目を見る。


 そろそろ出てこようか? ホリーさん?




「落ち着きなさい」

「放して」

「貴女が出る時じゃないの」

「でも怪我人が」


 魔眼の中枢で、ホリーは周りが全く見えていないリグを必死に引き留めていた。


 強引に持ち上げて暴れる相手を締め上げる。

 腕に相手の胸が引っかかり落ちることは無いが暴れるのが面倒臭い。ちょっとかなり面倒臭い。


「もう黙りなさい」

「ぐむっ」


 スルスルと髪の毛を動かしホリーは抱えているリグの首を絞めた。


「落ち着いて話を聞きなさい」

「ぐぐぐ」

「まだ貴女の出番じゃないの。それに私の邪魔をしないで。分かった?」

「……」


 全身の力が抜けた相手をホリーは放り投げる。

 床にぶつかった衝撃で完全に落ちていたリグが目覚めて大きく息を吸う。それから何度も咳き込む。


「全く私の邪魔をしないで欲しいわね」

「あの~ホリー?」

「何かしら?」


 歌姫に呼ばれホリーは視線を向ける。

 常に床に座っているセシリーンは何処か困った様子で口を開く。


「リグは自分の従姉が怪我している姿を見て我を失っただけだと思うの」

「そんなつまらない理由をこの場所に持って来ないで欲しいわ」

「……」


 無慈悲に拒絶されセシリーンも言葉が続かない。


「今の時点で重要なのは優先順位よ」


 冷たく言い放ちながらホリーはまた立ち上がろうとしているリグの胸を踏んで、相手を床に押し付ける。

 若干足の裏に触れる自己主張の激しい存在に踏みにくさを覚えるが、それは何となく体重をかけることで誤魔化した。


「貴女の従姉の命は順位が低いのよ。そのことを忘れないで欲しいわね」

「……」


 胸を踏まれ言葉を出せないリグは、その目に涙をためてホリーを睨む。

 今一度ギュッと相手を踏んでホリーは少しだけ前屈みになった。


「それに怪我なら後で貴女が治せば良い。あの従姉と言う人は傍にアルグちゃんが居るから大丈夫よ」

「……」

「事実でしょう? アルグちゃんが貴女の従姉を、家族を見捨てると思うの? あり得ないわよ。それが理解できるのなら大人しく外で待ってなさい」

「……分かった」


 渋々納得したリグは、相手の足の裏から逃れ立ち上がる。

 パンパンと胸に残る足跡を払い……未練がましく出て行った。


「ホリー」

「煩い」

「進んで嫌われ役を買わなくても、あの人は貴女を見限ったりしないわよ」

「黙りなさい」


 厳しい目を歌姫に向け、視線で相手を黙らせる。


 フッと息を吐きホリーは視線を外へと向け直す。

 身内に足を引っ張られていたせいで考えが全くまとまっていない。


《身内?》


 自分の気持ちに苦笑しホリーはその目を、彼の目を見つめながら視線の隅で確実にリグの従姉を捕らえているノイエの視界を確認した。


《本当に面倒ね。これで全員を逃がす方法を考えないと行けなくなった》


 最悪はノイエの移動速度が落ちるが、彼女に抱えて貰い逃げるしかない。

 ローロムには確実に彼を抱え逃げて貰うしかない。


 残すのは彼の想いが少ない人間だ。

 オーガとあの小さな騎士は見捨てるしかない。


 何よりあのオーガを連れて逃げることはできない。最悪はシュシュの魔法が尽きるまでは身を隠すことが出来る。

 それで休息をとって貰い、最後は自力で逃げて貰うしかない。それしか手の打ちようがない。


「策というには最低ね」


 逃げの手ばかり考えるのは気分が沈む。


「良し」


 パンパンと両手で自分の顔を叩いて気持ちを入れ替える。


 どうも最初から負け戦を想定していたせいか、思考がそればかりに走ってしまう。


「セシリーン。共和国の兵たちは?」

「……後方から攻撃を受けているわ」

「本当に?」

「ええ」


 クスリと笑いセシリーンは目を閉じている自分の顔を上げた。


「オーガさんが1人で奮戦しているわ」

「……そう」


 苦々しい気分に襲われホリーは苦笑する。

 自分が早々に見捨てた相手が彼を救おうとしているのだ。本当に情けない。


「セシリーン」

「何かしら?」


 だからこそホリーは気持ちを入れ替える。


「大魔法を使えなくても良い。誰か私たちに協力してくれそうな魔法使いは近くに居るかしら?」

「難しいわね。でも1人だけ居るわよ」

「誰?」


 クスリと笑いセシリーンは自身の指を動かす。


「そっちの壁越しにこっちの様子を伺っている王女様かしら?」

「あれは寂しがり屋の面倒臭い人物だから余り関わりたくないのよね。友達とか周りに思われたら最悪でしょう?」

「ええ。ちょっとだけその言葉に頷けるかもしれないわね」


 毒舌を吐く2人に対し……傍観を決め込んでいたグローディアが全身を震わせた。

『我慢よ。我慢』と自分に言い聞かせ、グローディアは拳を握って我慢を続ける。


「まあお願いしたら手を貸してくれるかしら? あの従姉様は何だかんだでアルグちゃんが無事に生き残ることを望んでいるしね」

「そうなの?」

「ええ。だってアルグちゃんが死んだら唯一の遊び相手が居なくなるでしょう?」


 ブチっと何かが頭の中で切れる音をグローディアは聞いた。


「あんな馬鹿が遊び相手って聞き捨てならないんだけど!」


 我慢できずに飛び出したグローディアはあっさりと傍観の姿勢を捨てることとなった。




~あとがき~


 物理的攻撃力ならオーガさん以上の存在はこの場所に居ません。

 そんな訳で前線に飛び出していた彼女を呼び戻し…結果としてオーガさんは共和国の後方を襲撃する形になりました。


 ボッチだったグローディアの遊び相手…たとかにアルグスタってそんな立ち位置にも見えるな。

 ただ2人が本気でイラっとして殴り合いをじさない関係であるだけでw




(C) 2021 甲斐八雲

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