ただの逆恨みだ!
ブロイドワン帝国・帝都帝宮内
射し込んで来る日差しに彼はその目を細めようとした。
動かぬ瞼がそれを制する。
自分が何をしたいのかも、もう思い出せない。
覚えているのはただ1つ……憎むべき敵だ。
足を動かし、勝手に動き……彼は前進を開始した。
違う。彼らだ。
共和国が誇る最精鋭を引き連れて彼は先陣を切って歩む。
勝手に動く足を止められずに進む。
視界にはそれが見える。恨むべき敵だ。
あの小娘は色を変え巨人を相手に奮闘している。
あの憎き王子は光の壁の中に居て優雅に座っている。
あの2人のせいで自分の人生は根底から狂わされたのだ。
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない……。
胸の奥底から溢れてくる感情に、彼は大きく口を開いて咆哮した。
人の声ではなく、獣の声のようにだ。
あれは何でしょうね?
ずらりと並んだ鎧姿の一団がこっちに向かい突き進んで来る。
通行の妨げになる人形を文字通り蹴り飛ばして強引にだ。
「はい質問!」
「何だぞ~?」
シュタッと手を上げる僕にシュシュが首を傾げた。
「あの鎧の一団は何でしょうか?」
「知らないぞ~」
ですよね~。
「あ~。何か胸の紋章に覚えがある」
「ほほう。ミシュ君。馬鹿な君が知ったような口を?」
「本気でその喧嘩を買うぞこの糞上司!」
「ハリセン」
「たぶん共和国の近衛兵的な存在だと思います!」
五体投地でミシュがそんなことを言って来た。
傍迷惑な。またあの国か?
「僕が共和国に対して何をしたと……どうしてそこの2人は僕にそんな目を向けるのかと問いたい」
「旦那様。流石にちょっとその言葉はって思うぞ~」
「そうよね。あれほど酷いことをしておいて……」
ジトっとした感じの目に流石の僕も狼狽える。
「何を言う? あれは売られた喧嘩を買っただけだよ? 具体的に言うと、ノイエを泣かせた共和国の馬鹿どもが悪い。共和国は悪。悪とは亡ぼすためにある!」
拳を握り僕はそう告げた。
一片の迷いも無い。何故ならば間違ったことはしていないからだ!
「だがあれは違う。ただの逆恨みだ! 喧嘩を売って負けた奴らが性懲りもなく復讐して来る。これを逆恨みの見本と言わずして何を逆恨みと言うのだろうか? ミシュがいまだに『私はまだ結婚できる』とか言うほどに見苦しいことだ!」
「出来るから! この戦いが終わったら、私は結婚できるから!」
「ああ。マツバさんという狂った存在が居たな」
このミシュがドストライクの変態が居ましたね。
「もう彼は君の実家に挨拶を済ませているはずだから、次にユニバンスに来る時は結婚できるはずだね」
「くたばれこの糞上司が~!」
何故か泣きながら飛び掛かって来たミシュの腕を掴んで沈黙させた。
またつまらぬ腕を掴んでしまったよ。
芋虫のように転がり悶える馬鹿を放置して……どうしようか思案する。ノープランだ。
「ほれ見なさい。ウチのできる妹様が突撃して行ったよ」
僕が考えていると、メイド姿のポーラが横合いから鎧の一団に突撃を開始した。
流石ユニバンスのメイドだ。汚い物を見ると掃除がしたくなるらしい。
しばらく眺めていると……箒を掴んだポーラが上昇してこっちに逃げて来た。
「兄様」
「ほい?」
ドーム上に着地したポーラを僕は見上げる。
片膝を着いた姿勢の彼女の下着がくっきりと見えるね。
「あれは倒せません」
「何故に?」
「動く鎧です」
「はい?」
そのフレーズは嫌な予感しかしないのですが?
「その昔三大魔女の1人、刻印の魔女が作った魔道具です。中身の燃料……人の生命力を動力として動き回り対象を攻撃する醜悪な兵器です」
「で、勝てない理由は?」
「はい。あれには対魔法防御の加工が施されていて、私の棒による打撃を分散吸収してしまいます。魔法も大魔法でも打ち込まない限り効きません」
「了解しました」
良く分かりました。
それとポーラさん。もう少しちゃんとした下着を穿きなさい。
そんな紐のような物……今の大人バージョンならありですね。似合っていますよ。全く。
「つまり物理で駆逐しろと?」
「はい」
「了解です」
納得した。
「助けて~! ノイエ~!」
魔力が尽きたアイラーンが床の上に倒れ込む。
もう完全に出涸らしだ。魔力が切れて気絶寸前……気絶した。
「ちっ! もう少し粘りなさいよ!」
今にも蹴り飛ばしそうなホリーの様子に、中枢を伺っていたリグが慌てて飛び込み彼女の足を制した。
「頑張った人を蹴るのはダメ」
「……そうね」
相手の言葉に間違いはない。
素直に従い伸びているアイラーンの看護をリグに任せる。
姉から本来の自分に戻ったノイエは、巨人を蹴り飛ばすことで対応を始める。
ただし打撃のみでは相手に通じない。流石のノイエも攻撃に困りだした。
それをノイエの視界で見つめるホリーは頭を掻いた。
「リグ。アイラーンを外に」
「分かった」
「代わりにローロムを連れて来て」
「……分かった」
逃走要員のローロムを呼ぶということはそう言うことだ。
リグはアイラーンの足を掴んで引きずって行くと、座って待機していたローロムを呼んだ。
急いで中枢に戻って来る途中でリグはその声を聴いた。
『助けて~! ノイエ~!』の声をだ。
「……なに?」
「ノイエさん?」
「邪魔」
光の壁に顔を押し付けたノイエが、ペシペシとアホ毛を動かし邪魔な物体を叩く。
「シュシュ?」
「あまり魔力の無駄遣いをしたくないんだぞ~」
言いながらもシュシュは頭上の一部分の魔法を消した。
人ひとり分の隙間に気づいたノイエは、飛び跳ねそこから入って来る。
「……誰?」
「リグのお姉さん」
「……」
リリアンナさんに気付いたノイエは、僕の声に首を傾げる。
「小さいのに大きい人のお姉ちゃん」
「っ!」
アホ毛が奇麗な『!』を作り出した。
「小さい」
「あの~?」
リリアンナさんの傍らに跪いたノイエが、彼女の胸を叩いた。
気持ちは分かる。リグを知る僕らとしてはそこが薄いのは納得がいかない。
「お姉ちゃんのお姉ちゃん?」
「お姉……」
困った様子でこっちを見るなって。
「ノイエはリグにお世話になって彼女を義姉のように慕っているんです」
「……リグの」
理解しリリアンナさんがノイエに微笑みかける。
「私はリグの従姉……で、リリアンナと言います」
「はい」
「……」
フリフリとアホ毛を揺らすノイエは嬉しそうだ。
だが彼女のことを全く知らないリリアンナさんが、また救いを求めるような目を向けて来た。
「ウチのお嫁さんは大陸でも有数なドラゴンスレイヤーです。ちょっと色々と普通の人とは違うけれど、そのおかげで僕に毎日楽しみを提供してくれる素晴らしい人です」
「……」
何故にそんな目で僕を見つめるの? ここは僕のお嫁さんの紹介を受けて感涙する場面でしょう? もう少し詳しくノイエの良さを語るべきか? 僕の説明が足りませんでしたか?
「良く分かりました。では僕とノイエの出会いから語ることとしましょうか?」
「ごめんなさい。その説明は後で良いので……どうしてそのような御仁がリグの妹となって」
「その説明をする場合は、やはり3日程度かけて事細かに」
「ひぃぃ~」
何故か悲鳴を上げてリリアンナさんが半泣き状態に。解せぬ。
どうしてだ? ノイエの苦労話を、涙無くしては聞けない物語をたった3日という時間で聞けるのだぞ? 感涙して正座しながら聞けと言いたい。
「お~い。旦那さ~ん」
「何よ? シュシュもノイエと僕の出会いを聞きたいの?」
「知ってるから聞きたくないぞ」
それでも聞きたくなる話だと思うぞ?
「共和国の兵がそこまで来ているけど無視してて良いのかだぞ?」
「あっ」
忘れてた。
~あとがき~
ついぞ共和国軍の精鋭が動き出しました。
魔改造されているっぽい人たちは燃料となって動く鎧を着て迫ってきます。
アイラーンの魔力が切れ、ノイエは元に戻ります。
そろそろ本格的にヤバいっすね~
(C) 2021 甲斐八雲
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