そっちの人は誰?

「んふ~」


 満足気に戻って来たホリーと入れ替わるようにアイラーンが準備をする。


 普段の不機嫌な歩き方を忘れたホリーの足取りはとても軽い。

 けれど彼女は自分の立ち位置を忘れていない。自分は彼の軍師であり参謀であり知恵袋であり……彼が必要としている部分を補うことが役目なのだと。


「魔力量は?」

「もう半分も無いわ」


 ホリーの問いにアイラーンは少しだけ鯖を読んだ。実際はもう3割程度しか残っていない。

 ただ相手の眼力をアイラーンは軽んじていた。ホリーのそんな噓など通じない。


「なら残り3割ってところかしらね?」

「……」


 何も答えず床に存在している椅子の様な突起にアイラーンは腰を下ろした。


「魔力が尽きるまで貴女は暴れなさい。命令よ」

「分かったわ」


 会話を終えてアイラーンがまた外へと出る。


 一度深呼吸をし、ホリーは頭の中を入れ替えた。


「セシリーン。レニーラは?」

「現在深部を探索中よ」

「具合は?」

「ダメね。動けるほど回復した大魔法を使える人は居ないみたい」


 耳を澄まして魔眼の深部に居るレニーラの様子を伺っていたセシリーンはそう告げた。


「そう。ならファシーは?」

「無理」


 通路側から顔を出したリグが答える。


「まだ体内に神経系の毒が残っている。半身が動かず何より舌が回らない。魔法語を扱えない」

「ちっ」


 隠すことなく舌打ちをし、ホリーは頭を掻いた。


 自身も秘密にしていた魔法を使った。ただあれは人の肉体程度なら斬ることが出来るが、ゴーレムと呼ばれる類の魔道具の装甲を破ることはできない。

 あくまで対人魔法の域なのだ。


「そうなるとアイルローゼの回復待ちになるけれど……」


 視線を向けた先には術式の魔女が座っている。

 まだ完全に回復していない体を丸めて……何故か頬を真っ赤にして悶えていた。


「そこの発情した魔女」

「だ、れが……よ」


 ホリーの声に顔を上げ、苦し気な声を発するほど回復しているがそれまでだ。

 何より足は動かせるが左腕などはボロボロの状態だ。この状態でノイエの体を動かしたらどんな不具合が出るか分かった物ではない。


「何か方法は無いの?」

「……無いわ、よ」


 まだ半壊している顔の上の表情を正し、魔女は口を開く。


「ゴーレムの装甲が相手だと……腐海しかない」


 けれどあれは高い集中力を必要とする魔法だ。今の状況では発動することすら怪しい。


「打つ手が、ないわ」


 息を吐いて魔女は気絶した。

 今が一番辛い状態だ。全身が痛み覚醒と気絶を繰り返す最悪な時なのだ。


 その辛さを知るホリーは何も言わず、視線をノイエの視界へと向ける。

 アイラーンの魔法はゴーレムの装甲を溶かしている。このままなら数を多く減らすことが出来るはずだ。


 問題は予備戦力だ。敵にはまだ多くの魔道具があるはずだ。


「セシリーン」

「なに?」

「敵から変な音がしたら直ぐに教えて」

「分かったわ」


 頷く歌姫にホリーはまた頭を掻いた。


「撤退を最優先にした方が良さそうね」


 今回は純粋に時間が足らなかった。

 最悪は宝玉でローロムを外に出し、彼を抱えて逃走すれば良い。ノイエなら追って来ることもできる。


 問題は何人か居る彼に近しい者たちの存在だ。

 それを見殺しにすれば……アルグスタは絶対に許さない。そうすればノイエも許さない。


「最悪は私が嫌われれば良いだけの話だけれども」


 失うぐらいならそっちの方が遥かにましだ。

 ホリーはそう自分の中で決め、外の様子を見つめていた。




 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



「頑張ったよ。旦那ちゃん!」

「偉いぞシュシュ! キスしてあげる」

「あむっ」


 若干相手の口から胃液の味がした気がしたのは錯覚だ。そんな日もある。


「ん~!」


 ポカポカとシュシュが胸を叩いて来たから解放すると、若干涙目で相手が僕を睨んできた。


「突然はダメだぞ!」

「嬉しかっただけです」


 だってシュシュはホリーと違って無茶な要求をしてこないからね。それこそ、


「これが終わったら温泉にでも行ってシュシュとのんびりした時間を過ごしたいな」

「……うん。今回はそれで良いぞ」


 顔を真っ赤にしてシュシュが恥ずかしそうにモジモジとする。

 といった感じでシュシュもチョロインの1人である。で、要求は過度ではない。


 一度辺りを見渡し僕は息を吐く。


 ホリーがノイエの体を使い人形を大処分してくれたおかげで、シュシュが改めて封印魔法によるドーム型の壁を作り出してくれて、僕らはその中に身を潜めた。


 ポーラはドームの上に居る。その上にはロボとリスが居るが、確認しようとして顔を上げると不思議なことにポーラの足と下着が見えるためそう何度も確認はできない。

 子供の頃なら特に何とも思わなかったのに、体が大人になるとつい見てしまうのは何故だろう? 男の本能のなせる業か?


 ただドームの上に立つポーラは、休憩しているだけだ。呼吸が落ち着いたらドームの上から飛び降りて敵をなぎ倒しに行く。

 いつからこの世は〇〇無双なゲームになってしまったのだろうか?


「あ~。旦那さん」

「何でしょう?」


 僕が自然とポーラの太ももを見上げていたら、シュシュが声をかけて来た。


「そろそろアイラーンの快進撃が終わりそうだぞ?」


 マジで?


 慌てて視線を降ろして確認すると、確かにアイラーンが振るっていた血の刃が半分ほどの大きさにまで減少していた。


「血液不足かな?」

「そうかも」


 大問題だ。アイラーンの動きが止まったら……って、おい!


 ゴーレムの残骸が宙に浮いて、アイラーンが攻撃しようとしていた巨人に放り投げられた。

 グシャッとしてから色々な物をぶちまけた。モザイク加工が必要な大惨事だ。


「邪魔くさいんだよっ! この雑兵共がっ!」


 大絶叫の主はオーガさんだ。

 彼女は僕が一方的に送り付けた金棒を振り回して人形たちを駆逐している。


 凄いな。人形の頭部がピンポン玉のように次から次へと飛んでいくよ。


 ブンブンと金棒を振り回し……返り血なのか、全身を血肉で濡らしたオーガさんが真っすぐこっちにやって来る。

 ポーラがフォローに回って2人して凄い勢いで人形たちを薙ぎ払った。


「おう馬鹿王子」

「もう王子ではない!」

「馬鹿を否定しろ。この馬鹿者がっ」


 何故か出迎えたオーガさんに叱られた。


「お届け物だよ」

「毎度どうも」


 そう言って彼女は肩に担いだ……血肉でべっとりの2人をこっちに投げてよこす。が、僕らの間にはシュシュ作の封印魔法の壁が。

 ドンッ! ガツッ! と2人分の打撃音が響いて、仲良く壁を伝い2人は石畳の上へと滑り落ちて行った。


「……後は任せたよ」


 自分の悪行を見て見ぬ振りをしてオーガさんがまた戦線に戻る。

 ただ今の行動にご立腹らしいポーラが棒を振り回してオーガさんの後を追うようにして走って行った。

 何気にあの2人仲が良いな。と言うかオーガさんはポーラに逆らえない感じか?


「シュシュ~?」

「魔力の無駄遣いだぞ~」


 フワフワしている暇がないので、シュシュの喋りに間延びがない。聞きやすくって良いんだけどね。

 急いで壁の一部を消し、石畳の上に転がっている2人を回収する。


「ドロドロだぞ~」

「拭くしかないな」


 シュシュが壁の修理を始めたので、僕は荷物の中からタオルを取りだす。

 まずはこっちの小さいのからかな。知ってる顔だからぞんざいに扱えるしね。


「くたばれミシュや!」


 全力で相手の顔面にタオルを叩きこむ。

 そのまま放置しておくと……慌てて手を動かしたミシュが顔の上に乗るタオルを退かした。


「腕! 両腕を怪我してて痺れてるの!」

「どうせ男風呂でも覗こうとしたんだろう?」

「こんな場所で誰がする!」


 キャンキャン吠えるミシュは、どうやら両腕だけがダメそうだ。

 動いているから骨折とかはしていないと思っておこう。


「で、ミシュよ」

「何さ?」

「そっちの人は誰?」


 もう1人の人物が謎なんです。


「はいはい。彼女の名前はリグ。リグ・イーツン・フーラー」

「はい?」


 今何と?


 僕の声と視線を無視して売れ残りが言葉を続ける。


「何でもフグラルブ王国の王女様の従姉らしい」

「はい?」


 何ですと?




~あとがき~


 アイラーンの血を武器にして振り回す…ぶっちゃけとある漫画がモデルです。

 作者的にはアニメ版が好きです。主人公が叫んでいるところとか好きです。はい。


 ようやく主だった人物たちが一カ所に集まりました。

 ですがピンチは続いています。相手の攻撃は物量戦ですから。


 で、主人公の前にリグが来ました。本物のリグです。胸は薄いです。はい




(C) 2021 甲斐八雲

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