最悪一緒にあっちで蹲ろう

 ブロイドワン帝国・帝都ブロイドワン帝宮内



「お~。とうとうやって来たか~」


 帝宮内を食料捜索していた時に発見した望遠鏡を覗き込み、小柄な人物は木の上でそれを見つめる。

 筒状の伸ばして使うこの道具は、魔道具らしいが普通に使えるから問題は無い。

 本当によく見える。帰国したらこれで男性の風呂を覗いて物色するのも悪くない。


「オーガを呼び寄せていることにもビックリだけど……あの夫婦は何でもありなのかね? チビッ子メイドも大人になってるし、ってメイドが増えた! 何よあれ? どう報告しろって言うのよあの馬鹿たちは」


 呆れ果てながらも望遠鏡を動かし周りの様子を確認する。


 帝宮の建物には、あの化け物が優雅にたたずみ笑っていた。

 まるでこうなることを予想していたかのような……たぶんこうなると思っていたのだろう。


「さてと。化け物共の大乱闘に私の様な可愛い存在が混ざるのは気の毒なことだと思うんだけどね~」


 筒状の望遠鏡を縮めて腰に下げている袋の中に押し込む。

 干し肉を取りだし口に咥えながら……ミシュは枝の上に立ち上がった。


「この数日間の話し相手を殺害するのは気が引けるんだよね~」


 ただ気が引けるだけで出来る出来ないで聞かれれば『出来る』だ。

 腰に差している短剣を引き抜いて、ミシュは枝の上から地面へと降りた。


「まあ道具として使われるぐらいならば、人として殺してあげるのが優しさかな?」


 体を前に倒し彼女は一気に走り出した。




「食べた」

「食べたね~」

「はい」


 もう手持ちの食料の大半を吐き出した。

 後は現地で手に入れるしか無いが、この帝都には人がほとんど居ないらしい。


「……パンとか手に入らないか?」

「何の~心配~だぞ~?」

「終わった後の食糧問題?」

「材料が~あれば~料理を~するぞ~」

「シュシュが?」

「その目は~何だぞ~」


 心外だと言わんばかりにシュシュが動きを止めて腰に手を当てた。


「私だってスープぐらいは作れるんだから!」

「スープかよ! それだったら僕でも作れるわっ!」

「何よ! 魔法使いは魔法を使えれば良いのよ!」

「だけじゃダメでしょう!」

「ならノイエにも同じことが言えるの!」

「ノイエは……」


 視線を向ければ食後のノイエは一時停止状態だ。

 実は満腹で眠くなったとかじゃないよね?


「兄様。お姉様。私が作りますから」


 場の空気を察してポーラがそう言ってくる。


「これを見ろ。これがメイドとしての正しい姿です!」

「……後で剥いて姉に逆らった愚かさを叩きこむ」

「ひぃ~」


 結構本気でマジギレしたシュシュの睨みにポーラが震えた。


「さてと。シュシュが駄メイドだと判明したところで」

「酷くない?」


 酷くないです。


「敵も無能じゃなければそろそろ動くよね?」

「ん~。もう~動いて~いると~思うぞ~」


 フワフワしだしたシュシュが余計なフラグを。


「となると……もう1個の宝玉はどうする?」

「ホリーが~言うには~温存だぞ~」


 まあそれが正解か。


「そんな訳でニクよ」

「キィ?」


 宝玉を背中と尻尾を上手に使って背負っているリスが首を傾げる。


「お前はそのままそこの使えない球体にでも乗ってなさい」

「キィ」


『なんでやねん』


 ロボが正しいツッコミを入れた気がします。

 そんなロボの上にはリスのニクが鎮座している。気のせいか『自分の方が格上だ』と言っている風にも見える。やはり気のせいだろう。


「では……ノイエさん」

「はい」

「今日は出来るだけ全力で」


 僕の言葉にノイエが首を傾げる。

 もう忘れたの?


「ノイエ」

「お姉ちゃん」


 スッとノイエの横に立ったシュシュが妹の背に手を当てた。


「旦那君は私が守るから全力を出しても良いのよ」

「……守ってくれる?」

「ええ。お姉ちゃんに任せなさい」

「はい」


 トンっとシュシュがノイエの背を押すと……彼女はゆっくりと歩き出す。

 ただ傍から見てもその気配が違うのが良く分かる。


 歩きながら色を変えていく。ノイエの色から水色へと。


「アイラーンに変わったらノイエは実力を発揮できないのでは?」

「それは~違うん~だぞ~」

「そうなの?」


 フワフワとしながらシュシュが揺れる。


「ノイエは~自分の~持ってる~物を~全力で~手渡す~習性が~あるん~だぞ~」


 何となく分かるけど?


「だから~ノイエが~本気なら~その~上限は~消えるん~だぞ~」


 なるほど。


「と~ホリーが~予想を~して~たぞ~」


 予想かよ! まあノイエがその気なら問題無いけどさ。


 僕らから離れて静かに立ち尽くすアイラーンは何かを待つようにたたずむ。

 トントンと爪先で地面を叩いているように見えるけど……何故かシュシュとポーラが僕から離れる。離れたというのは語弊がある。後退した2人は慌てて僕に手を伸ばして腕を掴んで引っ張ってくれた。


「何ごと?」

「兄様。あれは危険です」

「はい?」


 ポーラの表情が優れない。


「アイラーンの魔法は始末に負えないからね」

「はい?」


 体験者っぽいシュシュの顔色も悪い。と言うか説明を求む。


「隠れてないで出てきなさいよ」


 それはノイエの声だけど……ゾクッと背筋が凍るような冷たさを含んでいた。


 改めて目を向けると、彼女の両手から赤い雫がこぼれ落ちている。たぶん血液か?

 ただ不思議なことに地面を覆うように敷かれている石畳に落ちる雫がジュウジュウと泡立っている。沸騰しているようにも見えるけど、硫酸が何かを溶かしているようにも見えた。


「出て来ないの? だったら引きずり出してあげる!」

「あ~。ほいさっ」


 慌てたシュシュが両手を振るって光る壁を僕らの眼前に作り出した。

 封印魔法を使った壁だ。落ち着いて考えると中々にシュシュもチートキャラだな。


 光の壁が出来たと同時にたたずんでいたノイエがしゃがんで地面に両手を触れさせる。

 バンッと地面を両手で叩き、叩き続け……しゃがんだ反動を使って膝を伸ばしその場から飛びのいた。


 意味が分からん。そんなに凶悪な物には、


 ズンッ!


 地面が震えてアイラーンが触れた部分が陥没した。

 その衝撃で石畳が捲れ上がり光の壁に当たって……地面の中から何かが這い出して来る。


「うわっ」


 見た瞬間、それを理解した瞬間……吐き気が込み上がって来た。


 人と植物を混ぜたような感じの生き物だ。人型の木製人形と言っても良いのかもしれないが、はっきり言うと肌に木目が浮かぶその様子に吐き気しか覚えない。


「人じゃないのね」


 石畳の上に着地し相手を確認したアイラーンが、スッと動き出す。


 木製人形に近づいて相手の顔に自分の掌を押し付けては離れる。

 子供の頃に遊んだ影鬼のように、アイラーンはただ相手に触れていく。けれど彼女の両手は自分の血で濡れている。人形たちにスタンプのような手形が残って行った。


「あ~。最悪だぞ~」


 一度魔法を解いたシュシュがまたいつでも発動できるように身構えている。

 ポーラも何処からか銀色の棒を取りだし構えていた。


「最悪って?」

「紅手だぞ~」


 それはアイラーンの悪名と言うか二つ名ですよね?

 意味は知らんが見てて分かる。あの両手がそれなんでしょう?


「旦那ちゃん」

「はい?」


 何故かシュシュが僕の肩に手を置いた。


「吐くことは恥じゃ無いからね」

「えっ?」


 何を言ってますか?

 だがシュシュはとても穏やかな笑みを浮かべていた。


「最悪一緒にあっちで蹲ろう」

「何を?」


 スッとシュシュが指を動かす。

 釣られて視線を動かせば、アイラーンが動きを止めた佇んでいた。


 彼女の周りには赤い手形を押された木製人形が並び、ゆっくりと歩いて迫っている。


「流石ノイエの魔力量ね」


 静かに口を動かし彼女は両手を動かす。


「これほど使っても全然底が見えない」


 パンと血で濡れた両手を胸の前で合わせた。


 ボッ。ボッ。ボッ……と赤い手形が人の手のように動き、木製人形の肉体を掴んで消滅する。

 残ったのは握り潰されて内部を晒した元人間の……僕はシュシュと一緒に移動して蹲った。




~あとがき~


 やって来た問題夫婦を確認したミシュは行動を開始する。


 で、アイラーンはやる気満々です。最初から全力です。

 彼女の魔法は『紅手』と呼ばれていますがそれは正式名ではありません。

 正式名は解説役の刻印さんが働いてくれれば語られるでしょう。


 顔に押された手形はそれを握り潰すように動きます。

 ぎゅっと握って握り潰して消滅します。その結果握られ失った部分を晒す存在が…




(C) 2021 甲斐八雲

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