始めよっか

 ブロイドワン帝国・帝都ブロイドワン



 迷うことなく転移の魔道具の整備をするメイドの様子を見つめ、魔女マリスアンはその時を待つ。

 長くは無かったがそれなりに苦労はさせられた。だからこその復讐だ。


「この場所に生きた人間が居ないのか?」

「あら? ここは帝国の帝都よ。人は居るわ」

「はんっ! オーガの鼻を見くびるな」


 どうやら暇を持て余しているらしいオーガが魔女に絡んできた。


 大きくて筋肉だけの存在など殺すのは簡単だが、もしそれをすることであの夫婦が逃げ出したら厄介だ。

 だから今は殺しを我慢し、魔女は相手に気怠そうな視線を向ける。


「オーガだって人を餌にするのでしょう? それと同じよ」

「はんっ! お前みたいな悪食と一緒にするな。少なくともアタシは美食家だ。何でもかんでも食らう訳じゃない」

「そう。オーガも今では立派な飼い犬なのね」

「あん? お前」


 敵地のど真ん中で苛立つオーガに、魔道具の準備を終えたメイドが顔を向けた。


「トリスシア様?」

「……チッ! 分かったよ」


 名を呼んだだけの警告でオーガは素直にいら立ちを我慢する。

 渋々と歩き出しメイドの傍へと戻って行った。


「マリスアン様」

「何かしら?」

「はい」


 一礼しメイドはその笑みを魔女へと向ける。


「準備は整いました。後はご夫妻の到着を待つばかりです」

「そう」


 軽く爪先で足元を叩き“下”を確認し……魔女は大きく両腕を広げた。


「なら呼んでくださいますか?」

「出来ません」

「なに?」


 毅然とした様子で拒絶するメイドに、魔女は感情が宿っていない目を向けた。


「こちらからご夫妻に連絡を取る魔道具を持って来るのを忘れてしまいました」

「……チッ」


 悪びれた様子もなく語るメイドに魔女はいら立ちを隠さずに舌打ちした。


「ただ事前の打ち合わせで、太陽が一番高い場所に昇ったらこちらに来ることとなっています。それまでどうかお待ちいただければと」


 スカートを摘まんで頭を下げてくるメイドに……魔女はその顔に残忍な笑みを浮かべた。


「そう。なら待ってあげる。でももし来なかったら貴女たちを血祭りにあげてユニバンス王国へ向かい進軍を開始するわ」

「はい。畏まりました」


 拒絶や弁明することなくメイドは受け入れる。

 その様子に増々嫌な顔をして魔女は踵を返した。


「どちらに?」

「出迎えの準備よ」


 スタスタと歩いて行く相手をメイドは静かに見送った。


「トリスシア様」

「何だい?」

「この近くに人は?」


 顔色一つ変えないメイドにオーガは肩を竦めた。


「……生きた人間はアンタぐらいさ、それだってちょっと変な臭いが混ざっているけどね」

「その件はお気になさいませんように。それで人間は?」

「本当に無理を言う娘だね」


 呆れつつオーガは自分の鼻に意識を向ける。


「たぶん2人だ。まだ新しい匂いだから生きていると思う」

「そうですか」

「心当たりがあるのか?」

「はい。1人は兄様の部下だったお方です。こんな小さい女性の人で」


 自分が育ったことをちょっとだけ自慢したいのか、メイドは手の位置の高さを自分の膝程で示した。


「居たな。豆粒みたいな小さいのが」


 オーガはそれをあっさりと認めて受け流す。


「あともうお1人は分かりませんが、可能性だけでしたら」

「何だよ?」

「はい。たぶん私たちが居た場所から運び出された魔道具の鍵を持つフグラルブ王国の関係者かと」


 可能性としたらそれしか無い。


「あ~。何か小さかった時のお前が言っていたな? 腹の中に鍵がどうたらとか」

「はい。あくまで可能性ですが……リグお姉様と同じように生き残った人が居るのかもしれませんね」


 呟きメイドは深く考えだす。


 自分の師匠であればこの事実を隠す。

 隠してあの魔女が魔道具を解放するのを黙って見るはずだ。


 だが自分は“ドラグナイト”の名を継ぐ1人だ。


 当主である兄は全力で弱者と家族を救うことに命を懸ける。

 姉は弱者と家族を救うためなら自分がどれほど傷つこうが構わない。

 そんな2人の兄と姉の妹がどうしたら見殺しだなんてことが出来るだろう。


「トリスシア様」

「何だ?」

「お願いがあります」


 スッと顔を上げ、メイドは自分の隣に立つ巨躯の女性を見上げた。


「囚われている魔道具の鍵となる女性を救ってください」


 真っ直ぐな目を向けて来るメイドにオーガは牙を剥いた。


「はんっ! どうしてアタシがそんな面倒なことを? ふざけるな!」


 腰を折りオーガは顔を近づけて上から相手を威圧する。


「アタシはこの場所に復讐しに来たんだ。そんなアタシの復讐の邪魔をするな」

「……そうですか」


 ならば仕方ないと言いたげにメイドは肩を竦めた。


「その女性を救いだし邪魔をされればあの魔女はきっと怒り狂うほどショックを受けると思ったのですが、貴女がそんなに考え無しで暴れたいだけだと言うのでしたらお好きにどうぞ」

「……」

「暴れたいだけなのでしょう?」


 再度の問いかけに……トリスシアは豪快なため息を吐きだした。


「分かったよ。ただし本当にあの魔女が怒り狂うんだな?」

「間違いなく」

「だったらその話に乗ってやるよ」


 ニカッと笑いオーガはその分厚い胸板を全力で叩いた。


「それから好きに暴れても構わないだろうな?」

「はい」


 クスッと笑いメイドも笑みを浮かべる。


「その時は私が責任を持って貴女が楽しめる敵を準備しましょう」

「はんっ! それは楽しみだね」


 大いに笑い……オーガはノソノソと歩き出した。


「ならアタシは好きに動くよ」

「畏まりました」


 恭しく一礼しながらメイドはオーガの背に指でコイン状の物体を飛ばし張り付ける。

 これで準備は整ったはずだ。


 メイドの背後で……置かれている魔道具が光り出した。

 光は天へと伸びあがりそして地へと降りる。

 集った明かりは形を作って実体を与えた。




「あ~。疲れた」

「ご飯」

「兄様。姉様。お待ちしていました」


 僕らを出迎えたポーラは、恭しく頭を下げてから急いでエプロンの裏から食事を取りだす。

 受け取ったノイエは静かに速く特大サンドイッチを口に運んだ。


 ただ触角の様な髪の毛に2つの宝玉を縦に並べてバランスを取っているのが本当に凄いと思う。

 半ば呆れた感じでポーラも感心している。あの表情はきっとそのはずだ。


「それで兄様」

「なに?」


 緑色の球体を頭上に掲げるニクを掲げ持ち、僕も『んっ』と唸りながら背を伸ばす。

 ポキポキと良い音がした。


「この場所で生きている人は私たちを除いて2人のみだそうです」

「マジか? あのオーガさんの鼻は凄いな」


 ただしその鼻は人間のみに対しての高性能らしい。


「セシリーン。念のために確認して。生き残りは本当に2人だけか……もし事実だったらその結果をシュシュに伝えて出て来て貰って」


 黙々と食事を摂るノイエは何も答えない。代わりにしばらくしたら彼女の頭上に存在していた宝玉の1つが地面に向かい落ちて……煙が生じて人型となった。


「あは~。何か~遠くで~こっちを~見ている~のと~、あっちの~ベランダに~1人~居るって~言ってるぞ~」

「これもこれで凄いよな」


 もうセシリーンの耳には呆れるしかない。

 ニクを頭の上に乗せてシュシュを見る。


「で、遠くはミシュとしてベランダの人は誰よ?」

「分から~ないぞ~」


 フワフワと揺れるメイド服姿のシュシュに対して、ポーラが口を開いた。


「トリスシア様に救助を依頼したので大丈夫だと思います」

「なの? だったらたぶん大丈夫かな」


 あのオーガさんはノイエと戦える稀有な存在だ。

 しかしノイエが本気を出せずに居たという事実を僕は知りましたが。


「じゃあ……始めよっか」


 掛け声は軽く、僕らは帝都攻略を宣言した。




~あとがき~


 ブラフを展開したポーラに誘導されて魔女は一時離席。

 その隙に帝都に来ちゃうのがアルグスタクオリティーなのです。


 早速人命優先を考えちゃうのがこの人たちなんでしょうね。

 自分たちの防御が手薄になっても戦力を割いちゃうとか…ホリーが怒り出しそうですね




(C) 2021 甲斐八雲

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