また死ぬには早いぞ~!
「何でこの死体は動くんだぞ~! 魔法と魔力の無駄遣いだぞ~!」
「そっち~! 何かぐちゃぐちゃな左手でぐちゃぐちゃな首を絞めようとしてる~!」
「落ち着いてアイルローゼ~! また死ぬには早いぞ~!」
「にゃあ~! ぐちょってした! 掴んだ肩がぐちょってした~!」
「左足が半ばかもげたぞ~!」
絶叫しながらレニーラとシュシュが自殺しようとする死体を必死に引き留める。
そんな風にしか見えない状況をゴロゴロしながらリグは眺めていた。
「アイルの場合、舌を噛むかも」
「大丈夫だよリグ! 噛めるほど顎は治ってないから!」
「髪の毛~! 自分の髪の毛で何をする気だぞ~!」
「うわ~! 旦那君は馬鹿なのか~!」
自分の独り遊びを見られて自殺した魔女が、新たなる秘密を晒されると知れば死を選ぶのは当たり前だ。当たり前なのだ。それなのに外に居る彼は考え無しに行動した。
結果がこれだ。
「行って一発旦那君を締め上げて来る~」
「逃げるなレニーラ~」
「だってどこを掴んでもぐちょって~!」
必死に自殺を止めようとする2人を眺め、リグはまた口を開いた。
「シュシュの魔法で封じれば?」
「ホリーから魔力の無駄遣いを禁じられているんだぞ~!」
「そうなんだ」
動転してて忘れていたわけじゃないと知り、リグは『よいしょ』と立ち上がる。
バルンと大きく揺れた胸を手で押さえ、トコトコと暴れる腐乱死体の傍に跪いた。
「ここをこう」
おもむろにアイルローゼの胴体に手を差し込んだリグにより、魔女の体がビクッと跳ねて動きを止めた。
「ついでにこことここを切断する」
腕や足の付け根に手の平を這わせ、グズグズな皮膚の内側に指を潜り込ませる。
あれほど暴れていた死体が糸の切れたマリオネットのようにだらりと脱力して動かなくなった。
「舌を噛まれると厄介だけどね。ついでに顎も外しておく? ねえ?」
「……リグが怖い」
「だぞ~」
離れて抱き合い震える2人に対し、リグは深いため息を吐きだした。
「これぐらい医者なら簡単だよ?」
「絶対に嘘。そんなお医者さん見たことない」
「だぞ~」
「ボクの父さんならこれぐらいするんだけどね」
言いながら魔女の背後に回り、リグは彼女のグズグズな頭部を掴む。
「視神経はまだ無理か。耳もまだこんな状態なのに音は拾えるんだ。人体って凄いな」
「お~い。リグさん」
「なに?」
「あまり分解しない方が良いのでは?」
「平気だよ」
レニーラの問いにリグは薄く笑うと、持っていた頭部を元の位置に戻す。
「ボクは医者だ。人体を治すも壊すも難しくない。ただ治した時に相手が生き返るのかは保証できないけどね」
言いながら魔女の髪を掴んで治療道具にする。
縫って縛って固定してと、魔眼の中では髪の毛は重宝する医療道具なのだ。
「あれを鼻歌交じりで遊べるリグってば凄いね」
「だぞ~」
生々しい音が響きだしたので、2人は視線を背けて歌姫の元へと逃げ出す。
話にも加わらず沈黙していた歌姫は、どこか面白くなさそうな表情で拗ねていた。
「セシリーン。何で拗ねてるの?」
「……耳をすませば聞こえるわ」
「何が?」
「ふんっ」
頬を膨らませて拗ねる歌姫に、レニーラとシュシュは顔を見合ってから大人しく耳を澄ませた。
ぐちゃぐちゃと響く生々しい音とは別に外から声が聞こえ来る。彼の声だ。
どうやら傍に居た殺人鬼も怒らせてしまったらしい。
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
「……ですから、アイルローゼの足からお尻のラインが余りにも素晴らしいのです。あれは芸術です。生きる美なのです。怒らず聞いてねホリー」
「へぇ~」
「分かってる分かっていますともお姉ちゃん。君の胸は素晴らしいって僕は知ってます。ですがアイルローゼの足だって負けていないのです。ノイエがお姉ちゃんの胸を枕にするように僕もあの足を枕にしたい。頬ずりをして撫でまわしたい。それを強く思わせるほどにあの足は素晴らしい」
「へぇ~」
「お姉ちゃんの胸を枕にするのはノイエの楽しみだしね。それに僕は枕にするぐらいなら味わい尽くしたい派ですから! 髪の毛をワラワラさせないで! その部分は勘違いしないでよね! それに先生のあの足にハイヒールの靴を履かせて踏まれたい願望が僕にはあります。だって奇麗な足だからです」
「へぇ~」
「だからって勘違いしないでよね! ホリーの胸にこう挟まれて窒息する感じも好きなんだからね! ただ僕が言いたいことは素晴らしい足が存在していれば愛でたいと思うもの! お気に入りの絵画を部屋に飾って毎日見るようなそんな感じなのです。僕はあの足とホリーの胸なら毎日だって見たいのです!」
「へぇ~」
「嘘じゃないんだからね! それにホリーの胸はいずれ子供たちが独占しちゃうじゃないですか! つまり今が絶好の機会なのです。そして先生の足だって何が起こるか分かりません。僕は美しいものを美しいうちに見ていたいのです」
「へぇ~」
「……だから生で見れないから魔道具に収めた物で良いから見せろと言うことです。それが嫌ならアイルローゼ先生が魔眼から出て来て直接僕の目の前でその足を見せろと言いたい。自殺している暇があるならその足を磨き上げて見せに来て欲しいのです」
「……で、何が言いたいの?」
冷え切ったホリーの声に彼は十分すぎるほどの間を取った。
「先生の生足をスリスリしてから踏まれてみたい?」
「ただの変態よね」
「ポーラの声で事実を言うな!」
「八つ当たりありがとうございます!」
バシッと大きな音が響いて彼の妹は沈黙した。
「宣言しよう! 僕はアイルローゼ先生以上の素晴らしい足を知らないと! だからあの足は毎日でも見れるものであると! あれは……素晴らしいものだ!」
外から響いて来る宣言に、意識を向けていたレニーラとシュシュの瞳が死んでいた。
あそこまで開き直ってアイルローゼの足を褒める彼もどうかと思うが、あそこまで言わせてしまう魔女の足にも嫉妬したのだ。
憎い。アイルローゼの足が憎い。
「アイル。興奮しすぎて溢れる血液が邪魔。ちょっと心臓止めて」
治療しているリグから恐ろしい内容の声が……興奮している?
ギラっとその目を輝かせ、レニーラとシュシュはセシリーンを見た。
歌姫は『何も言うな』とばかりに鷹揚に頷いた。
これでもかと全身の神経を研ぎ澄ませてセシリーンは魔女に耳を傾ける。
『そんなに……良いんだ……私の足が……別にスリスリされるぐらいなら……膝枕もしてあげても良いかな……』
初心な少女の様な呟きを捕らえた。
声ではない。想いが音となり漏れ出ているのだ。
たぶんホムンクルスという人工的な肉体による何かしらの弊害なのかもしれない。それを研究解明するはずの人物がそんな可愛らしいことを言っているのだ。
『でも独りのあれは……馬鹿弟子が強く望むのなら……ダメダメ。そんな簡単にしたら飽きられるから……私みたいな魔法しかない女なんて……』
「どう? セシリーン? 何か聞こえた?」
レニーラの声に耳を澄ませていた歌姫は、ゆっくりと顔を上げた。
『ひぃ』っと何故か舞姫が悲鳴を上げたが気にしない。
「今度足を見せに出るって言ってるわ」
「「……」」
ギロッとレニーラとシュシュもアイルローゼを見た。
良く分からないがあれほどの高評価を得ていた魔女をすんなり外に出すのは面白くない。
面白くないのだ。
「何か邪魔したくなった」
「だぞ~」
「気が合うわね。舞姫」
クツクツと笑い3人は一致団結してアイルローゼの邪魔をすることを誓い合うの。
その姿を見たリグは、呆れながらも魔女の治療を再開した。
~あとがき~
(C) 2021 甲斐八雲
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