また魔女を自殺させたいの?
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
「ポララッシュ……本当に疲れたんだ。もう眠いんだ」
「だらしのないお兄様ね」
「無理だから。絶対に無理だから」
万全の状態で僕はホリーを迎え撃った。そのはずだった。
だが僕は相手を見誤っていた。人間は津波には勝てない。と言うかあれは火砕流だった。
圧倒的な暴力であっという間に搾り尽くされた。
「んふ~」
離れた場所で鼻歌を奏で機嫌良さそうにホリーが温泉を楽しんでいる。
どうしてだ? どうして僕はホリーに勝てない。
「何故だっ!」
「たぶん坊やだからじゃないの?」
「まぐれがホームランだよ!」
「あったり~」
フワフワとポーラの姿をした賢者がタコ踊りをする。
「と言うか服を着ろ。せめて下着を穿け」
「馬鹿なの? 温泉で衣服の着用なんて私が認めないわ! それは温泉に対する冒とくよ!」
全裸のポーラがビシッと指をさしてきた。
だからせめて体を隠せ。胸を隠せ。タオルならそこにあるだろう。
「それで馬鹿な兄よ」
「何よ?」
今の僕は温泉で疲労回復に努めている最中だ。
明日の朝には帝都に乗り込んで、あの魔女を全力でぶん殴ると決めたのだ。
「あの狂った殺人鬼の作戦だと火力不足らしいけど?」
「……それか」
「どうする気なの?」
「どうしようかね」
ホリーの作戦だと帝都に移動次第、ノイエはアイラーンに変わる。
2個の宝玉はシュシュと……でネタが切れた。
アイルローゼ先生の回復は半ばらしい。間に合わない。
ファシーは声と言うか音を発する程度に回復しているらしいが、まだ体を動かすことが出来ないらしい。神経系の猛毒が原因だ。
残りの大魔法使いも居るには居るが、大半はまだ死体らしい。
ノイエの魔眼の中がカオスすぎるのが悪いのだと思います。
「ホリーお姉ちゃ~ん」
「何々アルグちゃん? もう3回は逝きたい?」
「1回食らったら本当に逝くわ。そうじゃ無くて先生の代わりって誰か居ないの?」
「……今回ばかりは難しいわね。最悪はレニーラを出して貴方の護衛ね」
「それはそれで勿体なくない?」
シュシュが居れば防御は問題無い。
「カミーラもまだ?」
「ええ。ファシーより症状は軽いけれど、まだ全身麻痺で苦しんでいるわ」
ほっこりとしながらホリーが答える。
あの狂暴なホリーですら温泉に入ると借りてきた猫のようになるらしい。ファシーを入れたらどうなるのか興味がわく。帝国から戻ったら実験してみよう。
「誰か居ないの?」
「一応脱出用にローロムを押さえてあるわ」
「ろーろむ?」
少し時間をください。
ノイエの中に居るっぽい人はすべて頭の中に入っているのですが、思い出すのに時間が掛かるのです。思い出しました。
「遠殺だっけ? 遠くの人を殺す系?」
「いいえ。遠い場所から殺すのよ」
「……意味が分かりません」
遠い場所って何さ? テレポーテーション的な瞬間移動ですか?
教えてお姉ちゃん。
「異世界産の飛行魔法よ。それで相手を抱えて上空まで飛んで、ポイっと」
「……」
自由落下からの正面衝突ですか?
何それ? 殺人の方法としては結構残酷じゃありませんか?
「本来は物資や人、情報の移動や輸送で重宝されていたと聞いたわ」
「あ~。空飛ぶドラゴンは?」
「一度振り切ったと自慢していたわよ」
何処のスピード狂ですか? ドラゴンを振り切るってノイエ以外に出来る人が居るんだ。
「ただその後魔力が尽きて食べられそうになったとも言ってたわ」
「聞きたくない話だな」
やはりノイエが一番か。
幸せそうな顔をしてホリーが胸を磨いている。もう磨く必要は無いと思います。
それ以上何に備えているのですか? 僕への備えは必要ありません。もう全面的に降伏します。
「で、最悪その人が僕を抱えて?」
「全力逃走ね。シュシュたちは魔力が尽きるまで残れば消えるはずだから問題は無いわ」
「宝玉は?」
「後で回収する方法を考えるわ。何よりあと5日もあればアイルローゼが完全回復する。固定砲台と化したあの魔女の大魔法は厄介よ? 腐海だけの女じゃないと知ることになるわ」
「何よそれ?」
「聞きたい?」
キラッと目を光らせたホリーが一瞬で間合いを詰めて来た。
「別に聞く気は」
「聞きたいのね? そうよね?」
「……」
手を伸ばしてきたホリーに人質を握られた。文字通り物理的に握られた。
我が息子が人質として捕まってしまった。もう逃げられない。
「聞きたいかも?」
「なら教えてあげる。これはグローディアから聞いた取って置きなんだけれどもね……魔女は腐海以外にも数多くの大魔法を習得しているの。魔力が足らずに発動できなかったから死蔵され、唯一扱える腐海だけを使っていたけれどもね。『天鳴』『崩落』『煉獄』が使えるらしいわ」
「……どんな魔法?」
「私も見たことは無いので分からないわ」
そうですか。ちゃんと話を聞いたから人質を解放していただけませんか?
「煉獄は炎の魔法よ。対象を焼く尽くすまで燃え続けるわ」
プカプカと浮かんだポーラがやって来た。
姿はポーラだが中身は太古の魔女だ。と言うか大魔法の製作者か?
「崩落は地割れを起こして対象を地の底へ落とすし、天鳴は雷撃の魔法よ。ただし広範囲なだけで」
小さな島を2つ晒してポーラが通過していきました。だが逃がさんよ。
足を捕まえて引っ張り、相手の背中を掬うように固定する。
「いやん。お兄様のスケベ」
「もう見慣れた妹の裸などに興奮などしないわ」
「うわ~。その言葉にその妹が大打撃なんだけど?」
「妹に興奮する兄では無いのです」
「まさかの追い打ち?」
驚愕する賢者が目を剥いた。
「で、今告げた3つの魔法……誰が作ったのさ?」
「私たちね。そんな時代もありました」
「納得した」
キャッチ&リリースと言うことで確保していたポーラをそのまま流す。
で、ホリーさん。そろそろその手を離してくれませんか? ねえ?
「それらの大魔法を使って後日お礼参りすると?」
「それしか無いわよ。何よりあの魔女が帝都にどんな魔道具が存在しているか白状しないのだから」
キッとホリーが睨むと賢者はそのまま潜行して行った。器用な奴だな。
「何よりアルグちゃんにもノイエにも無理はさせられないわ」
「そっか~」
でもね。
「出来たら使いたくない方法なんだけどね」
「……本当にアルグちゃんったら」
人質を解放しホリーが抱き着いて来る。
谷間に挟まれさあ大変。顔面が幸せになりました。
「そんなにあの魔女を戦わせたくないの?」
「僕は人が嫌がることを強要したくないだけです」
強要される人生なんて辛いだけです。だったらみんなで幸せに生きましょうよ。
「先生が嫌がるなら」
「ちょっと待ってて」
「はい?」
一瞬ホリーがノイエに変わった。
僕を抱きしめている彼女の目が肉食獣な感じに……落ち着けノイエ。
「ただいま」
「お帰り」
「あら? キスして欲しいの?」
迫るノイエからホリーに変わったら結果は同じでした。
たっぷりとキスされて解放される。
「アイルローゼは今回だけって言ってたわ」
「会話できるの?」
そうか。回復半ばと言っていたね。
「ええ。まだ色々とドロドロしているけど」
「おおう」
聞きたくない事実です。
「何か悪いことしたかな~」
「良いのよ。あれが自殺して迷惑をかけたんだから」
「それは仕方ないでしょ」
人は時と場合によって死にたくなるのです。
「あっ忘れてた。けんじゃ~」
「……何よ?」
潜水からの浮上を決めたよ。ってずっと潜ってたの?
「先生のローアングルコレクションは?」
じとっとした視線がこっちを見た。
「アンタ……また魔女を自殺させたいの?」
「あっ」
~あとがき~
アイルローゼは1人で4つの大規模攻撃魔法を習得している天才です。
内3つは魔力が足らずに放てませんが、ノイエの体を借りれば撃てます。
で、魔女のトラウマを刺激した主人公…先生のリアクションは?
(C) 2021 甲斐八雲
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