お肉の油が焦げた所が美味しい

 旧フグラルブ王国領・王都廃墟



「ごめんなさい」

「……」

「ごめんなさい」


 焚火に向かい謝り続けるノイエの圧が凄い。もし仮にノイエの目の前にユーリカが居ると言うのなら、彼女は焚火の上に追い詰められていることだろう。


「ねえリグ」

「ん?」

「ユーリカは見える?」

「怖いことを言わないで欲しい。ボクの目は普通だから」

「僕の目もね」


 つまり様子を伺っている僕らにはユーリカの姿は何も見えない。

 けれどどうしてだろう……その様子が生々しく見える気がするのは?


「少しユーリカに同情する」

「その心は?」

「ノイエに謝られるということは、あの姉たちを怒らせるのと同義。絶対に後で制裁が加えられるはず」

「それを理解しているだろうから、今頃ユーリカは必死に『怒ってないから。もう謝らないで』とノイエに言ってるんだろうね」

「うん。それも泣きながら懇願するからノイエが謝り続ける」

「……ユーリカって馬鹿なの?」

「馬鹿ではないよ。ただノイエが彼女を馬鹿にする」


 名言だな。そして身に詰まる重い言葉だ。


「ノイエ」

「はい。アルグスタ様」


 必死に謝っていた彼女が振り返る。

 反応はいつも通りだが……どうも流暢なノイエの声に違和感を覚える。


「寂しいからギュッてして」

「は~い」


 ユーリカのことを忘れノイエが飛びついて来る。リグを巻き込まないのが凄いが、僕の関節に気を配ってください。その関節はそっちに曲げちゃダメ!


「ギュッ」

「ぎゅう……」


 正座したままで背後に倒れ込む格好は、色んな場所が容赦なく伸びます。


「ノイエ。枕が硬くなった」

「ごめんなさい。リグお姉ちゃん」


 リグの注意でノイエが僕の体を元に戻して背後からギュッと抱き着いて来る。

 太ももをリグが枕にしているからの配慮だろう。


「で、ノイエ」

「はい」

「ゆっくりでいいから説明できる?」

「何を?」

「地下室から出てからかな」


 地下室を出て行くまではノイエは普通だった。普通と言うかいつも通りだった。

 だからその後が重要だ。たぶんあのタコ踊りをする悪魔が犯人だろう。決まっている。あれは笑いながら他人を不幸にする存在だ。



 ドッカーン!



 爆音が轟き、地上から天空へ向かい火球が昇って行った。

 間違いなく犯人はあの悪魔だろう。花火の類ならもう少し奇麗に打ち上げろと言いたい。


「アルグスタ様。あれは何?」

「気にしたら負けだ」

「分かった」


 この辺はノイエだな。若干『それで良いの?』的な視線を向けて来るリグはまだ常識人なのだろう。

 君も頑張ってユニバンス人にならないとダメだ。奇行に動揺するなんてユニバンス人ならあり得ない行為だ。


「ノイエ。地下室を出てからここに?」

「はい。妹のポーラと一緒に」


 ポーラ。君のお姉さんがちゃんと名前を呼んでいるよ。


「ノイエから見てポーラはどんな子?」

「可愛い妹。でもお姉ちゃんは大変だから私はずっと妹で良い」

「頑張りなさい。そんな甘えは許しません」

「むぅ」


 拗ねながらもノイエが背後から抱き着いたままだ。

 いつもと同じなのに口調が違うだけで別人のようだ。


「で、そのポーラとここに?」

「はい。一緒に来たら中の人に変わった」


 その認識をノイエは持っているのね。


「変わってから会話したの?」

「した」

「何を?」

「……いっぱい話をした」

「ノイエさん?」

「さん付けは嫌」

「なら会話の内容を」

「パンを食べた」


 遮るようにノイエがそう告げると、僕の背から離れて……戻って来た。


「2人の分も焼いた」

「焦げてるね」


 2切れのパンは見事に焦げている。


「大丈夫。お焦げが美味しい」

「何のご飯料理だ?」

「お肉の油が焦げた所が美味しい」

「そっちか」


 本当にブレない女ですね。そんなに肉が好きなのか?


 受け取ったパンを自分の口に運ぶ。見事に焦げている。

 リグさんや。2切れと言うことはもう片方は君の物だ。妹の手料理だ。食らえ!


「むぐっ」


 逃げ出そうとしたリグを捕らえてその口に押し込んだ。

 物凄く恨めしそうな目で見られたが僕も同じ物を食べているのだ。姉ならば我慢して食べろ。


「ところでノイエは何でそんなにお肉が好きなの?」

「……約束したから」

「はい?」

「カミューと約束した」


 また背中に抱き着いたノイエが甘えて来る。


「野菜を食べて我慢をしたら、後は毎日お肉を食べて良いってカミューが言った」


 諸悪の根源はあの暴力魔だったか! 今度会ったら……誰を用心棒にしよう? 互角に戦えるのはカミーラぐらいか?


「ねえリグ」

「なに?」

「カミューに勝てる人っている?」

「……そんな希望は捨てた方が良いよ」

「カミーラなら?」

「……壮絶な殺し合いになるだろうね」


 想像を絶する凶悪な戦いになりそうな気がした。

 ただその時点でその頂上決戦は行われない。何故ならばノイエが絶対に止めに入るだろう。


「ねえ」

「ほい?」

「話が脱線し過ぎてる気がするよ」


 リグの冷めたツッコミにその事実を思い出した。


「ホリー辺りが怒るからちゃんと聞いた方が良い」

「さあノイエ!」

「はい」

「僕の質問にちゃんと答えてね!」


 ホリーの怒りは怖いのです。とても怖いのです。怒りが全て愛情に変換し僕の身を襲うのです。


「それでポーラは?」

「ロボを連れてあっちに行った」


 ノイエが指さした方角は先ほど火球が打ち上がった場所だ。

 犯人はあの悪魔か? ロボは無事か?


「それからノイエはここで何を?」

「パンを食べてました」

「それで?」

「周りから声が」

「……」

「いつもと違ってみんなが言う。『もうこの場所を離れたい』って。だからノーフェお姉ちゃんに教わった力を使った。レニーラお姉ちゃんの踊りと一緒に」


 ここか。ここが僕の頭を悩ませる何かか。


「周りの声って?」

「いつも聞こえる。みんなの声」

「……みんなの声?」

「はい。ずっと聞こえる。子供の頃から聞こえる。周りからの声がワンワンと聞こえて凄く煩かった。でも聞かないのは悪いから一生懸命聞いて……毎日本当に疲れる」


 だからか? ノイエが毎日黙々と大量の食事を摂る理由はそれか?


「でも今日はとても静か。今まで生きて来た中で一番静か。こんな静かなのは嬉しい」


 ギュッとノイエが僕を抱きしめて来る。


「アルグスタ様の声が聞こえる。ちゃんと聞こえる。リグお姉ちゃんの声も聞こえる」

「そっか」


 ノイエが凄く嬉しそうだ。


「うん。グローディアお姉ちゃんとセシリーンお姉ちゃんがゲロゲロしてる」


 何をしているあの2人は? どうして吐いたりするかな? 名前を呼ばれて大喜びだろう?


「アイルローゼお姉ちゃんがべちょんべちょんとしてる」

「……ノイエ」

「はい」

「ちょっと中のことを語るの止めようか?」


 何故か不思議と僕もゲロゲロとしそうになって来たよ。

 ただ平然としているリグが若干羨ましい。


「今日はみんなの声が良く聞こえて凄く嬉しい」

「そっか」

「はい」


 今度はノイエが僕の頬にキスして来る。本当に嬉しそうだ。

 ただそろそろ落ち着こうか? リグさんが若干お怒りだ。

 こんな時はリグの尻でも撫でておこう。ここで胸に行くと絶対に怒るからな。


「んっ……もう君は」

「リグはお尻もプリッとしてるね」

「褒めてるの?」

「手放しで」

「なら良い」


 気持ちリグが僕の手に自分のお尻を押し付けて来た。


「ねえノイエ?」

「なに。お姉ちゃん?」

「いつも周りの声が聞こえるって言ってたよね?」

「はい」

「それは生きている人の声? それとも死者?」

「……両方」

「うわっ」


 眉間に皺を寄せリグが嫌そうな表情を浮かべた。

 詳しく説明するが良い。このお尻の感触に掛けて!


「強いよ……だからノイエは周りの声を拾っているんだよ」

「それは分かる」


 僕はそこまで馬鹿じゃない。


「ノイエの言葉が正しいのなら、生者と死者の両方を分け隔てなくね」

「それってつまり?」

「うん。たぶんノイエは山の上に連れて行っても何かしらの言葉に阻害されるかもしれない。でもさっき踊ってユーリカ以外は払ったで良いのかな? それっぽいことをしたからね」


 だからスムーズに会話が出来るんだ。ようやく理解した!




~あとがき~


 ノイエは常に周りからの騒音を聞き続けてきました。

 それは物心ついた時からの通常で、煩いことが常なのです。

 生者の心の声を、死者の嘆きを…ぶっちゃけよく精神が壊れなかったと思います。

 まあそれが『聖女』としての彼女の能力の一端とも言えますが。


 打ち上げられたロボは…何してるんですかね?




(C) 2021 甲斐八雲

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